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1-2.女性騎手

「アンビ、なんか元気ないぞー!」

 オレが将来への不安から落ち込んでいると、元気な女性の声がした。

 ちなみにオレの名前のビーアンビシャスは長いので周りからアンビと呼ばれている。なんか可愛らしい愛称だよな。

 声をかけてきたのは、オレの主戦騎手である斎藤ジュン。競馬界では少ない女性騎手で、まだデビューして3年目のはずだ。

 人間の記憶を取り戻してあらためて見てみると、そこそこ可愛い顔立ちをしているようだ。馬としての意識では人間の美醜とかまったく気にもしなかったからな。

 ただ、だからといって、すでに馬としての意識が強すぎて、ジュンが可愛かろうが、そうでなかろうがどうでもいい感じだ。


 それにしても今日は日曜日。厩舎の関係者はほとんどここにはいない。何故なら競馬開催日だからな。皆、競馬場に行っているわけだ。

 それなのにジュンは厩舎にいる。つまり、今日のレースで乗る馬が1頭もいないわけだ。

 ジュンのお手馬はオレを含めて5頭しかいない。すべてが所属している藤森厩舎の馬だ。もちろん藤森厩舎に所属している馬はもっといるんだが、他の馬はすべて他の騎手に取られてしまっているのが現状だ。

 ジュンも下手なわけではないのだが、まだまだ経験不足。そして圧倒的に実績が不足してる。

 経験にしろ実績にしろ、いい馬に乗ることでいくらでもついてくるはずなんだけど。経験不足・実績不足の騎手に高い馬を乗せたい馬主がいるわけもなく……

 難しい問題だよな。別に誰が悪いわけでもないし。

 ジュンのような実績の少ない若手騎手のために見習騎手制度があって負担重量が少なくなるっていう少し有利になったりするんだけど、その程度の利点より実績の方を重視するんだよな。

 オレの馬主はあまり細かい注文を出す人でないらしく、調教師にほとんどおまかせ状態となってるから、厩舎に所属しているジュンをオレに乗せているわけだ。


 オレとしては鞍上はジュンで満足している。

 ジュンはなんていうか誰か乗ってるって感じがしないんだよな。馬は本来、走るのが好きだ。だけど、別に人を乗せて走るのが好きってわけじゃない。自由に走りたいんだよ。

 人を乗せるとどうしてもジャマだ。まっすぐ走る分には騎手とかの体重程度ならさほど気にはならないんだが、コーナーとかでどうしても気になるんだ。コーナーで鞍上の騎手が遠心力で外側に引っ張られるのが走る上でジャマにしかならない。だが、このジュンは何故かそれをほとんど感じさせないんだ。体重移動が上手いのだろうか?

 ジュンなら乗せていても自由に走れる。そのあたりがオレが気に入ってる理由だ。


 ジュンはなんでもいいから馬とよく会話しろって調教師から言われてるらしく、とにかくヒマさえあればよく厩舎に来る。オレのところだけじゃなくすべてのお手馬のところに行ってるはずだから、相当な時間を馬との会話に費やしてるわけだ。

 だけど、これはいいことだと思うぞ。実際のところ、馬は人間の言ってることをそれなりには理解している。これは前世の記憶を取り戻したオレだけの話ってわけじゃない。前世の記憶を取り戻す前にジュンや他の人から聞いたいろいろなことをオレは覚えているし、他の馬と話をしたときも皆そう言ってるからな。


 悪口を言われればちゃんとわかるし、ジュンのように明るく話をしてくれれば、こちらとしても嬉しいわけだ。まぁジュンの場合は毎回、果物や角砂糖などの嗜好品をオヤツに持ってきてくれるから、他のどの馬からも好かれているわけだが。


「昨日、先生が言ってたんだけどさ。

 アンビ、最近すごく強くなってきてるって。

 来週のレースで勝てたら、思い切って神戸新聞杯使ってみたいって」

 

 ジュンの言う先生っていうのは藤森調教師のことだ。

 それにしても神戸新聞杯ってのは聞き捨てならない話だな。

 神戸新聞杯は菊花賞のトライアルレースで3着までに入れれば、菊花賞への優先出走権がもらえるんだ。

 おっと、さすがに菊花賞ってのは知ってるよな。3歳クラシック3冠の最後のレースで3000メートルの長距離戦。オレのような長距離血統馬には垂涎の的ってわけだ。


 長距離レースとはいえ、3歳クラシック3冠の1つを取れば晩成じゃないとギリギリ言える……よね、多分。

 そうだ、肉になりたくなければ、実力でなんとかすればいいじゃないか。

 今ならまだ遅くないかもしれない!

 菊花賞を取れば人気種牡馬として生きていけるかもしれない!

 なんだか、燃えてきたぞ!


「あれ?

 アンビったらなんか急に元気になってきたんじゃない?」


 わかる?

 オレの心に火をつけてくれたんだぜ!


「やる気になったのかな?

 アンビ、きっと本気になったら、もっともっとすごいって思ってるんだけどね」

 ジュンがイタズラっぽい口調でオレにウインクして見せた。

 オレは思わずギクッとしてしまった。

 実のところ、前世の記憶に目覚めるまでのオレはずいぶん手を抜いていた。

 5着までに入れば周りは喜んでくれるってことを知ってたから、その程度の成績が残せればいいやって感じの走りしかしてなかったのだ。

 本気を出せば勝てるレースだっていくらでもあったと思う。


 だって、本気を出せば疲れるし、怪我をするリスクもある。怪我をしてそのまま殺処分にされた馬のことも見知っていたからな。

 そして引退後の運命なんて馬たちに話すような関係者はいない。誰もが知っていても口には出さないタブーだから。


 だが、オレは知ってしまった。オレたちの悲しい運命を。

 だからオレは未来を勝ち取るために全力を尽くそう。

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