1-10.菊花賞スタート
いよいよ運命の菊花賞。
スギノミサイルはゼッケン1番。そしてオレはゼッケン2番、パドックではスギノミサイルの次を進むことになるし、ゲートも隣だ。
意識せずにいられない相手と隣ってのは否が応でも緊張感を高めてくれやがる。
少し無心でいたかったのだが、そうも言ってられないようだ。
人気状況を見てみると、もちろん1番人気はスギノミサイル、圧倒的だ。
そしてオレが2番人気だと思っていたのだが違ったようだ。オレは3番人気とのこと。
解せぬ……
「なに言ってやがる。2番人気はセントライト記念優勝の俺様に決まってるじゃないか」
そんな声が後ろから聞こえる。ゼッケン3番をつけている2番人気のタカノロイヤルだ。
もともと神戸新聞杯出走予定だったにもかかわらず、スギノミサイルの神戸新聞杯出走のニュースがあると同時にセントライト記念に回避していったともっぱらの評判だ。
ちなみに、皐月賞2着・ダービー2着の輝かしい実績を持っている。つまり、スギノミサイルさえいなかったら2冠馬だったかもしれないわけだ。どちらも3馬身以上離されての2着だから、大きな声では言えないようだが……
この菊花賞でも2着になって3冠レースですべて2着という大記録を残してくれると世間からは期待されているようだ。
実力馬であるとは思うんだが、どうにも驚異に感じないのは何故だろう?
明らかに距離適性が合わずに菊花賞を回避した馬もいるだろうが、タカノロイヤル以外にも同期のクラシックレースを戦ってきた猛者たちが菊花賞の舞台に集まっての最終決戦のはずなんだが、どうにも覇気が感じられない。
オレなんかと違って重賞勝ちのある馬たちがほとんどだと言うのに……
皆が皆、もうスギノミサイルとの格付けはすでについている。そんな感じだ。
スギノミサイルに勝つ気で菊花賞に挑むのはもしかしてオレだけか?
もう雑音に耳を向けるのは止めよう。
オレの目前を悠々と歩くスギノミサイルの落ち着いた様を見ろ。王者の風格ってやつか。
オレもヤツを見習うことにするか。
オレは今日、スギノミサイルを破って新しい王者となる。
闘志はウチに秘めればいい。
騎乗命令があり、オレのもとへジュンが駆け寄ってくる。
「いい感じに気合い入ってるね!」
ジュンはオレの横顔を優しく撫でて、オレにまたがった。
どうやら、ジュンも開き直って落ち着けたようだ。
2-3日前のジュンときたら、
「どうしよう。緊張しちゃって眠れないよー」ってオレのところに泣きついてきてたものだ。知らんがなとも言ってられなかったが、オレにどうこうできることもないしな。それが今見たらいい感じに緊張感が抜けてさっぱりした顔になってる。
ちなみに先日のムチで殴られたところは完全に治ったようだ。あとが残らなくてよかったよ。
オレもジュンもG1初挑戦。
緊張しないはずがない。
しかもどちらも重賞未勝利だしな。
そして、まわりはベテランジョッキーに実績馬。
いまさら、そんなこと言ってたって始まらない。
でも、勝つのはオレたちだ!
無心と言うより、緊張で頭がぼーっとしてるような感じだ。
本馬場入場も返し馬もなんだか無我夢中のうちに終わってしまった。
緊張して変な足取りになってなかったよな?
なんか気づいたらゲートに入ることになってる。
すでに奇数番のスギノミサイルやタカノロイヤルはゲートに入っている。皆なれている感じでスムーズにゲートに入っていく。
今になって急に緊張感も何もなくなってきた感じだ。
オレがゲートで落ち着くと、ジュンが優しく首筋を叩いた。
「頑張ろうね」
ジュンの小さな一言が聞こえる。
そして運命のゲートが開かれた。