1-1.転生
某アニメおよびゲームのおかげで競馬ブーム再来です。
競馬ファンだった血が再び蘇ってきました。
競馬はロマンです。そのロマンあふれる競馬の世界を書いていきたいと思います。
今日も元気だ飼い葉が美味い。
オレが厩舎でモリモリと飼い葉を食べていると不意に猛烈な頭痛に襲われた。その瞬間、膨大な前世の記憶が頭の中に蘇ってきたのだ。
前世のオレはサラリーマンだった。
ごく平凡な生活をしていたのだが、通勤ラッシュの朝、後ろから押されてホームへ落下、その時、最悪のタイミングで電車がやってきたところまでは覚えている。
たぶん、あの後電車に轢かれて死んだんだよな。こうして転生しているのだから……
転生とかマンガや小説でよくあるネタだと思ってたけど本当にあるんだな。
でも、それにしても馬かよ。
勇者でもなく、蜘蛛でもなく、スライムでもなく……
それにここって異世界とかじゃないよな。どう見てもオレの生きてた世界と同じ世界だ。
そうか、あれか。
これは異世界転生じゃなく、輪廻転生って言うやつか。
お釈迦さまの言ってたやつだな。これも本当にあるんだな。
それなら、まぁ馬ってのはマシなほうなのかな?
ミジンコとかに転生してあっという間に死んでしまうより、とりあえず馬って哺乳類だもんな。
ちゃんと知性もありそうだし。
で、何故か前世の記憶を思い出したってわけか。
なんでだろ?
うーん、考えてもわかるわけないよな。
小説とかの異世界転生ものなら神様とかが解説してくれたりもするんだろうけど、実際にはそんなわけもないし。
どうやら異世界転生とかと違って、輪廻転生ってやつは特にチートなスキルとかはないらしい。まぁ前世の人間としての知識を持ってるだけで十分チートか?
でも、別に役に立ちそうな知識とかなさそうな気もするんだが……
なんかすごいことが自分に起こったわけではあるけど、いまさら慌てても仕方ないよな。馬になってもこうして無事に暮らしていられるわけだし。
そう考えると落ち着いてきた。飼い葉の続きを食うとするか。
人間だった頃のイメージからすると飼い葉なんてって思うだろうけど、美味いんだ、これがまた。人間だった頃のイメージでは飼い葉って藁とかをムシャムシャ食べてるイメージだったんだけど、どうやら違ったようだ。総合栄養食って感じだ。
まぁ犬だってドッグフード食べてるご時世だ。馬だって専用の餌があっても不思議はないな。
さて、あらためて自分のことを思い出してみる。
オレの今の名前はビーアンビシャス。
どういう意味だとか考えたこともなかったけど、あらためて考えてみるとこれって、ボーイズ・ビー・アンビシャスから取った名前じゃないか?
少年よ大志を抱けってやつだな。
北大に銅像として立ってるクラーク博士が言った言葉らしい。まぁ前世でも実際に北大行ったことはないし、よく知らない。
この名前をつけたのは馬主のはずだから、もしかして馬主が北大の関係者とかかもしれないけど、詳しいことは知らない。
なかなか洒落た、いい名前じゃないか。
話がそれた。オレは馬と言ってもサラブレッドだ。いわゆる競走馬だな。
産まれて3年と少し。3歳馬ってことになる。
2週間ほど前にレースがあって、そのときは3着。いまのところ8戦していて、たったの2勝。とはいえ、負けた6戦もすべて5着以内には入ってすべて賞金をもらってきてるから、そこそこできる馬と言えるはずなんだよな。
あくまで馬主や調教師から見ての話ではあるけど……
オレの母はオーシャンマリア。これは前世の記憶となるけど、重賞勝ちもある牝馬で、春の天皇賞で2着になったこともある。十分に実績もある名牝と言っていい馬だ。確かオレが初仔だったはずだ。
そして父はそのときの天皇賞馬のヤシログリーン。あのときの春の天皇賞は前世で見た記憶がある。オーシャンマリアとヤシログリーンが競り合ったままゴールし、わずかの差でヤシログリーンが勝ったのだった。とても印象に残るいいレースだった。
その2頭が引退後に結ばれてオレが産まれたわけだ。
なかなかいい話じゃないか、それなりに話題になったのかもしれないけど、そこまでは前世のオレは知らなかった。
これだけ聞けばオレはそこそこの血統の期待馬って気がするかもしれない。
でも、今の競馬界の事情ではなかなかそうは言ってられない。
前世のオレは別に競馬の関係者だったわけではないけど、競馬ゲームとか大好きだったし、ゲームから入って実際の競馬もG1レースの馬券を買う程度には好きだった。ネットで仕入れた知識だが、競馬業界のこともそれなりには知ってる。
オレの両親はどちらも晩成の長距離馬。晩成ってのも長距離馬ってのも今の競馬界であまり歓迎されていないんだ。
今の流行は早熟のスピード馬。短距離やマイルを2歳のときからバンバン走って稼いでくれるような馬が重宝されている。
オレのような3歳になってもぱっとした成績を出せないような馬は重視されていないわけだ。
とはいえ、長距離レースも相変わらず存在しているし、伝統あるレースは中長距離に集まっている。オレのように中長距離が得意で着実に賞金を稼いでくる馬が不要なわけではないんだ。
だから、競走馬であるうちはオレはそこそこ安泰だろう。まぁこれからも安定した成績を残せればという条件付きではあるが。
でも引退した後のことを考えると、そうも言ってられないな。
牝馬ならそこそこの成績でも、引退後は牧場で繁殖という未来が待っているだろう。でも牡馬の場合は繁殖、いわゆる種馬になれるのはごく僅かだ。
ただでさえ、少ない種馬の枠なのに、海外で活躍した名馬たちを輸入して種馬にしたりもするから、国内産の牡馬で種馬となれるなんて年間数頭といったところだろう。
そこそこの成績しか残していない馬が種馬になれるわけなんてない。それでも流行の血統で超良血とかなら別かもしれないけど、オレのような流行の逆を行くような血統は問題外だ。
というのも、今の競走馬生産界は中長距離もファイアグルーム一色、重賞レースに出てくる馬の何割かが父ファイアグルームっていう状況、違う父馬がいたと思ったらファイアグルームの仔が父って言う状況だから笑ってしまう。
そしてファイアグルームの父は言わずとしれたモーニングブルー。モーニングブルーの血を引いていない競走馬なんて今の日本にどのくらいいるのだろうってところだ。そんな状況下で俺の両親は揃いも揃ってファイアグルームどころか、モーニングブルーの血が一滴も入ってないって言うのだからな。ということで、当然俺にもモーニングブルーの血なんて一滴も混じってないわけだ。
どれだけマイナー血統なんだよ。もはや奇跡のレベルだ。地方競馬ならまだしも、中央にそんな馬がどれだけいるのやら。
このままいけばオレの引退後は運が良くてどこかで乗馬用の馬。だが、それも最近はなかなか厳しい狭き門らしい。それなりの人気馬になれば種馬になれなくても、引退後の面倒を見てもらえたりもするらしいが、それも極めて僅かだ。
つまりのところ、このままいけばそれなりの確率でオレの将来は肉……
どう考えても歓迎できる未来図とは言えないな。




