5回目 歌
(集まってるな)
人をかきわけていくヒロキは、そう思いながら階段を下りていく。
周りの人間が文句を言い始めるが、銃口を向けて黙らせる。
ついでに、
「関係者だ」
そう言って。
さすがにそれを聞いて誰もが黙る。
ならば仕方ないと。
実際、ヒロキは関係者ではあった。
廃墟と化したライブハウスで行われる催しの。
それは入り口を警備してる連中がヒロキを通した事でも明らかだ。
そのまま中に入り、楽屋へ。
そこには出番を待ってる主役の少女が控えていた。
この底辺では珍しく、こざっぱりとした格好をしている。
定期的に風呂にも入ってるし、着てるものもボロではない。
舞台衣装という程ではないが、ここでは十分綺麗な方だ。
「よう」
声をかける。
相手はにこりと笑顔を浮かべ、
「いらっしゃい」
と迎えた。
「準備は?」
「大丈夫」
「出来るんだな?」
「うん」
「そっか」
安心して息を吐く。
「じゃあ、頑張れ」
「うん」
「周りは俺達がおさえておくから」
「うん」
短い返事。
それを聞くとヒロキは外へと出ていこうとする。
その背中を、
「ねえ、兄ちゃん」
少女が呼び止める。
「やっぱり、忙しい?」
「ああ、そうだな」
やる事はある。
舞台がある時は特に。
「狙ってくる奴がいるから」
それが悩みどころだった。
この近隣では滅多にない娯楽。
それを提供する者だ。
強奪しようとする者だって出てくる。
それなりの評判の歌声の持ち主となればなおさら。
加えて、綺麗な見た目も評判になる美少女とくれば。
「今日はどうか分からないけど。
でも、やってくるかもしれないし」
「そっか」
少し気落ちした調子で少女は頷く。
「じゃあ、仕方ないね」
「ああ、残念だ」
ヒロキも肩を落とす。
少女を強奪しよう。
自分のものにしよう。
そう考えてる連中は多い。
その為、日夜誘拐の危険がある。
だから警備が欠かせない。
演奏中は特にそうだ。
確実にそこにいるのが分かってる。
そこを狙ってくる馬鹿は常にいる。
今までもそうだった。
おそらく今日もやってくるだろう。
それらから彼女を守らなくてはならない。
捕まればどうなるか分からない。
それが幸せにつながるという事はないだろう。
そうでなくても、奪われるつもりはなかった。
彼女の歌はヒロキ達にとっての楽しみだ。
それを失いたくはない。
何より、仲間だ。
小さい時から一緒にいた。
それを奪われるつもりはなかった。
地べたを這いつくばっている頃から一緒だった。
そんな仲間の一人である。
それを失うつもりはなかった。
「じゃあ、行ってくる。
歌、がんばれよ」
「うん」
頷く少女。
その少女に背を向けて外に出る。
「……今日も聞けねえな」
残念ではある。
だが、彼女の安全を守るためには仕方が無い。
歌を聴きに来た者達の安全も含めて。
それでもやはり聞けないのはつらい。
評判になるくらいには上手なようなのだから。
どれくらいになったのか聞いてみたいとは思う。
最初に聞いた時は酷いものだったから特に。
練習の時に歌を聴く事もあるが。
それは断片的なものだったりする。
出来れば最初から最後まで聞いてみたいと思うが。
(そのうちだな)
今はそんな余裕はない。
歌、ただそれだけの為に襲撃をかけてくる。
強奪する。
誘拐をする。
そんな連中を排除せねばならない。
でなければ、安心して聞くことも出来ない。
たかが歌である。
だが、その歌一つでこんな事がおこる。
それがこの一体型複合都市の現実だった。
群馬。
全てがまかなえる自給自足型の都市。
しかし、その恩恵は限られた者達にしか与えられない。
ささやかな娯楽であっても。
<注意>
現実の群馬県、およびその関係する諸々と本作は一切関係はない。




