2回目 支援者
「今日の仕事」
「おつかれさん」
軽い口調がヒロキをねぎらう。
「ゴーグルの情報はこちらで精査しておくよ」
「頼む」
言いながら持ち帰った武器を取り出していく。
「これもついでに。
使えるなら使いたい」
「分かった。
でも、必要ならこっちで用意するぞ」
「それはそれで頼む。
けど、他の奴らにも持たせておきたい」
「なるほど────」
ヒロキの言葉に頷くと、
「分かった。
修理出来るならなおしておく」
と頷いた。
不可解な男である。
一体型複合都市の底辺にはにつかわない、こざっぱりした姿。
文字通り底辺が住まうこの界隈では珍しい。
なかなか手に入らない武器などを融通するのもあやしい。
だが、ヒロキにとっては大事な存在だ。
底辺の中でも下っ端。
虫けらや雑草と同等程度の価値しかない。
そんなヒロキをまともに扱う、数少ない存在なのだから。
また、様々な物を提供してくれる。
それだけでも貴重だった。
様々な犯罪が渦巻く場所だ。
地面に落ちた食いかけのおにぎり。
そんなものを巡って殺し合いが起こるのが当たり前の場所である。
それこそ、「気分が悪い」という理由だけで誰かが殺される。
鬱憤をはらすという、ただそれだけの理由で。
そんな中で生きていくのは難しい。
対抗手段がなければ即座に殺される。
その手段を提供してくれたのが、ヒロキの前に立つ男だ。
朽木とそいつは名乗った。
本名なのかは分からない。
それ以上の正体は分からない。
それが目の前にあらわれたのはいつだったか。
その日も食える物がないか探して町を徘徊していた。
たまたまその時出会った朽木が声をかけてきた。
何者だと警戒した。
だが、放り投げてよこしてきた物に目が釘付けになった。
袋に入った何個ものおにぎり。
むき出しではない、包装された未開封品。
「やるよ」
そう言ったのが朽木の最初の言葉だった。
「好きなだけ食え」
何を言ってるのか分からなかった。
だが、真意を推し量るよりも早く体が動いた。
生ゴミでも食いかけでもない飯。
それだけで十分だった。
もどかしく包装を破りながら食いつく。
一つ二つと腹におさめていく。
美味かった。
ヒロキがまともな食い物を味わうのはこれが初めてだ。
飯がこんなに美味いというのを、この時知った。
「まだあるぞ」
全てを食べ終わったヒロキに、朽木はそう言った。
信じられない話だった。
「欲しいか?」
無言で頷く。
言葉は出てこなかった。
感動しすぎてとてもそんな事は出来なかった。
「そうか」
朽木は小さな笑みを浮かべた。
その言葉通り、朽木は他にも多くの食料をもってきた。
それをヒロキに与えた。
「仲間がいるならそいつらの分も持ってこよう」
気づけば、手を合わせて頭を下げていた。
頼む、と言いながら。
朽木は嘘を言わなかった。
一度帰って再びあらわれた時、より多くの食料を持ってきた。
ビニール袋に入った、大量のおにぎり。
それを惜しげも無くヒロキに渡した。
「仲間のところに持って行くといい」
路上で過ごしていたヒロキは、同じ境遇の仲間にそれを持っていった。
誰もが皆喜んでそれを口にした。
次の日も、その次の日も朽木はあらわれた。
その度にヒロキは食料を渡された。
それらがヒロキ達の命をつなげた。
もうゴミあさりをしなくて済むようになった。
しかし、良いことばかりが続くわけではない。
それを見ている者もいる。
そうした者達はヒロキが手にしたものを奪い取っていく。
襲いかかり、殴りつけ、握ったものを強奪する。
決して渡さないとヒロキは踏ん張った。
だが、多勢に無勢。
食料を持ち帰ろうとしたヒロキは、持ってる全てを奪われた。
命以外は。
次の日、朽木は食料と一緒に違った言葉をかけた。
「悔しいか?」
頷いた。
「また奪われるかもしれない。
そうなりたくはないよな?」
頷いた。
「なら、これを」
何かを渡された。
それが拳銃だという事くらいは知っていた。
町ではどこかで誰かが使ってる。
さして珍しいものではない。
「それを使え」
使い方を教わってヒロキは仲間のところへと向かった。
途中、昨日と同じ者達が襲ってきた。
迷わず銃を撃った。
躊躇いなどなかった。
相手は敵だ。
襲ってきた者達は7人。
全員が死んだ。
その死体を見下ろして、ヒロキは爽快感をおぼえた。
昨日は何も出来なかった。
一方的にやられた。
しかし、今日は違う。
返り討ちに出来た。
最高の気分だった。
「そうか、良かったな」
朽木は短くそういった。
無味乾燥で感情が感じられない声。
ヒロキは嬉しかった。
だが、褒められた事も認められたのもこれが初めてだ。
「だが、これからも同じような事は起こる。
飯を持ってれば、誰だって奪いにくる」
それはそうだ。
だから不安になった。
銃を撃ったから弾丸が減っている。
これではどうにもならない。
「だから、俺が武器をやる」
朽木の声にヒロキは見上げた。
それが本当なら、これからも生きていける。
だから、それが嘘でないと信じたかった。
「だから、これからはお前が他の者を守るんだ」
そう言って新しい弾丸を朽木はヒロキに与えた。
<注意>
現実の群馬県、およびその関係する諸々と本作は一切関係はない。