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自作小説倶楽部 第21冊/2020年下半期(第121-126集)  作者: 自作小説倶楽部
第122集(2020年8月)/季節:風習(精霊流し、迎え火送り火、大文字焼き)&フリー: 概念(魔法、黄泉、仏)
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02 深海 著  精霊流し(風物詩) 『夏の夜のお茶』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「ご先祖様と一緒」

 今宵の空は晴れやかで、白鳥の十字星がはっきり見えた。

 それでも、空気中の塵は少なくないのだろう。白鳥が遡上している天の河は、輪郭すらおぼろげで、織姫と彦星をへだてているものは何もないようだ。

 縁側で足をぶらぶらさせるシノブは、空から手元のスマートフォンに目を移した。

幼なじみのタクミからラインが来ている。明日こそは部活をさぼるなと、怒り顔のスタンプが貼られていた。


――おまえ、副部長なんだからな。下級生に示しがつかねえって! 明日は来い絶対来い、そんで課題ちゃんと描いて行け!


 中学校の創立記念日は9月末。その日に催される文化祭が来月に迫っている。

 美術部は毎年教室をひとつ借りて、展示会を開く。部員は最低一作、作品を提出しなければならない。


――了解部長


 不愛想な返事を打って、シノブは縁側に寝転がった。


「だから夜空を見てたっつーの」


 インスピレーションを得るためというか、適当に星空でも描こうかと思って、空を見上げていたのだ。しかし絵の具でぽつぽつ細かな星々を描いていくのは、かなりの手間である。


「エアブラシ持ってないし。青空にしよっかなぁ」

「そりゃまた安易な」


 茶の間からずずっと、湯飲み茶わんをすする音がした。

 ちゃぶ台にちょこんと、藍色の浴衣を着た眼鏡青年が正座している。


「あんた、まだいるの?」


 シノブは眉間にしわを寄せて体を起こした。


「盆はとうに、過ぎてんの。しかもこのくそ暑いのに、湯気もうもうのお茶なんて飲むとかもう」

「いやあ、うちのお茶はほんと最高。シノブさんがお上品に喋ったら、もっと最高」

「うっさいわ!」


 家は茶葉を作る農家で、昔ながらの木造建築。眼鏡青年は、かつてここの当主だった。ちゃぶ台の後ろの壁にずらりと並ぶご先祖さまの写真。その、右から五番目の人だ。


「盆が終わったらみんなちゃんと帰ったのに、なんであんただけ残ってんのよ」


 てかなんでうちは、盆になるとご先祖がマジで帰ってくるんだか。わけわかんないったら。

 シノブは頭を掻きながらぼやいてちゃぶ台を横切り、台所の冷蔵庫をがちゃりと開けた。コーラの缶を取り出し、ぷしゅっ。とたんに眼鏡青年が突っ込みを入れてきた。


「いやそれじゃない。夏に飲むのはラムネだろ。ちゃんとたらいに入れて冷やしてるじゃないか」

「ああ、どうやってもビー玉が取れないアレね。って、昭和の夏を押し付けんなって」

「僕、大正の人なんだけど」

「どっちでも同じようなもんでしょ!」


 いやあ全然違うんだなあと、眼鏡青年はうすら寒く笑った。


「昭和の人だって、大正はレトロチックで、なんとも情緒があるという感覚を持っているよ。しかし僕にとっては大正こそが現代だからね。昭和も平成と同じく、SFな未来世界なんだな」

「何言ってるか、ちょっと分かんないわ」

「まあなんというか、ケンイチさんは宇宙人みたいなものだってことさ」

「ますます分かんないわ」 


 ケンイチというのはシノブの祖父のことだ。眼鏡青年には孫にあたる。青年はケンイチが生まれる前に亡くなってしまったのだが、お盆の時には毎年家に戻ってくるので、知らぬ仲どころか大変仲が良い。今年のお盆も共に連日、どんちゃん騒ぎしていた。

 初盆だったから仕方ないわねと、祖母は泣き笑いしていたけれど…。


「たしかにさ、数年闘病して衰えに衰えて死んだくせに、いざお盆ってなったら何なのってぐらい、ぼんれすハムのマッチョなおじさん姿でやって来てさ。全然別人じゃんって、唖然としたけど」 

「だよねえ。あの姿、戦地に行ってた時の、まあつまり、一番体力あった時代の姿なんだよね」


 あんなにぴんぴんしてるなら、ビールぐらい自分で注げっていうの。

 シノブは帰ってきた祖父を思い出して口を尖らせた。

 毎年必ずやって来るお盆の〈来客〉は、壁にかかる白黒の写真の数と同じ。十五人もいる。ご先祖さまをもてなすべく、祖母は毎年てんてこまい。帰省してくる親族の女性組も総動員。シノブも物心ついたときから手伝ってきた。


「やっぱ長男教で育ったやつはだめよね。今年はおばちゃんたち軒並み帰ってこれなくて、ばあちゃんとあたしはてんてこまいだったってのにさ。汗ぷったらしてお客さんの世話してるのに、じいちゃんは全っ然手伝わないで、ご先祖さまと飲めや歌えやの大騒ぎ。そういうとこ、生きてたときから全然変わらないわ」

「まあまあ。ケンイチさんは新盆だったんだから、大目にみてやってよ」

「ふん。みてやるわよ。ちゃんと帰ってきてくれたからね。ほんと、うちの父親とは大違い」

「シノブさん……」



 シノブの両親はこの世にいない。母はシノブが生まれてすぐに亡くなり、父は小学生のころ、海外へ仕事に行って事故死した。

 母は籍を入れる前に鬼籍に入ってしまったので、この家の、「お盆に帰ってくるシステム」に加わることができなかった。それでもたまに、ふらっと会いに来てくれる。しかし父親はついぞ、やって来たことはない。

 家を継がなかったから、ご先祖様の誰かが敷居をまたぐのを阻止しているんだと、眼鏡青年は言う。けれどシノブは、それは嘘だと察している。

 祖母が何度かぽろっとぼやいたことからすると、父親はどうも、新しい恋人を作り、家と子供を捨てて、海外へ移住しようとしたらしい。だからここに戻ってくる気はまったくないのだ。きっと恋人のそばに、べったり憑いているのだろう。

 家に帰ってくる白黒写真の面々。すなわち歴代当主たちは、どの人たちもにこやかでおおらかで優しくて、シノブのことをとてもかわいがってくれる。冷たい目を向けたり、邪険な物言いをする人はひとりもいない。みんな気を使って、シノブの親のことは口に出さないようにしてくれている。とてもありがたい、ご先祖様たちである。


「ところで、あんたはいつ帰るの? 夏休みはとっくに終わってんですけど?」 

「まあまあ。ご飯はともかく、他の家事は手伝ってるんだから、大目にみてやってよ」


 たしかに眼鏡青年は自分で茶を淹れるし、ラムネを冷やしておいてもくれる。たまにスイカ割りしようとか、どこからか竹馬を取り出してきて遊ぼうとか、花火をしようとか、誘ってくる。

 でもそれは常ではなく、気が向いたときだけだ。普段は開かずの部屋に引きこもり、壁一面に積み上げられたかび臭い本を読んでいる――というのが、青年のお決まりのスタイルである。

 毎年いの一番にやって来て、お盆を過ぎても残っていることが多い。長くても一週間ぐらいで先祖代々のお墓に帰るのだが。なぜか今年は、ずっと居る。


「ケンジさんのところもケンゾウさんのところも、今年は帰省してこなくてさびしかったねえ」


 青年は茶色い急須をもちあげて、とぷとぷと香り良いお茶を淹れた。こうばしい匂いがシノブの鼻孔を刺激してくる。


「仕方ないよ、今年はコロナで大変なんだから。ばあちゃんが帰って来るなって言ったからね」

「パソコンのズームでやりとりって、まさにSFだねえ。ハイテク万歳」 


 祖母はその年代では珍しく、現代の機器に明るい。数年に一度ノートパソコンを買い替えて、農作業の合間にソリティアで遊んだり、通販サイトを見ている。そんなわけで祖母は今年の春から、遠方に住む次男と三男家族とズームで時折やりとりするようになった。コロナウィルスの感染予防のために、県外へは極力出ないことを、お互いに決めたのだった。


「今年もお盆は相変わらずじゃわー」


 なんて言いながら、ご先祖さまのどんちゃん騒ぎをパソコンに映して送信した次第である。

 ちなみに、ご先祖さまの御墓にもノートパソコンを持って行ってズームで映し、遠隔墓参りをしてもらったりもした。川辺で行われた町の精霊流しの様子も、しっかり送った。祖母は祖父の名前を書いた赤いぼんぼりをよくよく画面に映して見せてから、そうっと川に流した。


「三番茶の茶摘みは、またぞろバイトさん雇うから、大丈夫だで」


 笑顔で心配ないと伝えたものの。ご先祖さまの世話だけは、バイト任せにはできない。

 祖母とシノブは世間の大多数が盆休みでゆたりと休んでいるときに、想像を絶するほどの、目の回る忙しさというものを体験したのだった。


「そういやミチコさん、今日はずいぶん早く部屋に引っ込んじゃったね」

「ばあちゃんは茶摘みで疲れたのよ。カテキンパワーで大丈夫とか言ってるけど、今日もめちゃくちゃ暑かったもん」

「そろそろ今年の茶摘みも終わりかな。シノブさんもお疲れさまだね。学校行く前に摘むの手伝ってえらいよ」

「あんたもちょっとは手伝ってよね」

「まあまあ、僕は病弱だからね。家事手伝いだけで、大目にみてやってよ」


 眼鏡青年はいつもそんな言い訳をして、農作業はやってくれない。しかし人一倍、お茶は飲む。誇らしげに湯呑を持ち上げながら、うちのが一番だと目を細める。


「それじゃあ僕もそろそろ、部屋に引き上げるかな。シノブさんも夜更かしはしないで早く寝るんだよ。美容に悪いからねえ。タクミさんとラインしてて気づいたら朝になっちゃったとか、ないようにねえ」

「大きなお世話!」


 スマホの電源は切ってしまった。今夜はもう、タクミと話す気はない。


「あいつは、カノジョと話すので忙しいでしょ。こっちにかまけてるひまなんか、ないんだから」

「そうなの?」

「そーなの!」


 急須と湯呑を持って立ち上がり、台所に行きかけた青年の鼻先で、シノブは思い切り、がたつく戸を絞めてやった。

 がたがたびしゃーん。

 ああまるで、稲光が落ちたよう。ひどい音だと思いながら、シノブは肩を怒らせ、二階へ上がった。ふすまを開け、ぼすんと我が身をベッドに投げ込む。


「あーもう。早く帰れ、眼鏡幽霊!」


 寝よう寝よう、もう寝よう。大の字になる。スマホはべちゃっと枕元に置いた。

でも気になって、手が伸びる。

 電源ボタンを押そうとして、止めて。黒い画面をじいっと見つめた。


「……タクミのばか」


 囁いて、スマホを枕元に投げて。シノブはぎゅっと目を閉じた。

 中学三年。今年は大変な年だ。学校は六月に入ってやっと始まった。

 今年の受験、どうなるんだろう。タクミはどこの高校に行くんだろう。

 ああでもまずは。

 何の絵を描いたらいいだろう――




(次月に続く?)

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