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自作小説倶楽部 第21冊/2020年下半期(第121-126集)  作者: 自作小説倶楽部
第122集(2020年8月)/季節:風習(精霊流し、迎え火送り火、大文字焼き)&フリー: 概念(魔法、黄泉、仏)
6/28

01 奄美剣星  魔法 『ヒスカラ王国の晩鐘 第5話』

あらすじ


勇者とは、超戦士である大帝を討ち果たすことができる王国唯一の超戦士のことをさす。二五年前、王都防衛戦で帝国のユンリイ大帝と刺し違えた指揮官ボルハイム卿がそうだ。やがて二人の超戦士がそれぞれ復活。暫定的な講和条約が破綻しようとしていた。そして、大陸九割を版図とする連合種族帝国が、最後に残った人類王国ヒスカラを併呑しょうとする間際、一五歳の女王は自らを依代に勇者転生を決断した。


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「フィルファ内親王」

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「ノスト大陸概略地図」


     第5話 魔法


 直径が人の丈を超える三つの動輪を並べた蒸気機関車が、相対式ホームに入線した。機関車は二両連結で、ニ〇両からなる貨物車両を牽引していた。列車は銃撃戦にも耐えられるように、分厚い鉄板で覆った装甲列車仕様になっている。

 大人たちが配給煙草を吸ったので空気が悪い。

 猫象種族の少年兵ジェイが重たい扉を開ける。すると、放棄されて荒れた耕地や廃墟化した都市とかが視界に入った。ジェイは荒涼とした風景に何の感慨もなくぼんやりと眺めた。

 ノスト大陸は東西一万ガロスだ。かつて大陸の半分に相当する西端から五千ガロスまでの広大な領域が、ヒト種族七王国の領土だった。ところが二五年前、ユンリイ大帝による「聖戦」で、西端一千ガロスを国土とするヒスカラ王国を残し、ヒト種族は、亜人十種族からなる連合種族帝国に、六王国・東西四千ガロスの生存圏を割譲した。


 ジェイの故郷モア市は、国境から五百ガロス内部へ入った場所にあり、下車したそこで戦友ガンツ上等兵と別れた。

 出迎えに来たジェイの家族は独身の伯母ピア、それから弟一人と妹三人だ。一家は、両親が存命のころ職場としていた診療所近くに一軒家を買い、住んでいた。


 ジェイの休暇期間は一か月もある。

 彼は、その間、雨漏りがするようになった家の屋根瓦を取り替えたり、壁の外装にペンキを塗ったりして過ごした。

 実のところジェイの預金口座には、一家が一生食べていけるだけの額が、皇姉内親王フィルファから振り込まれていた。だからボロ家のメンテナンスなどしなくとも、新築の家を買ってもよかった。……そうしなかったのは、実家に、家族の思い出が詰まっていたからだ。

 ピアは看護師長で忙しかったので、家事全般を兄弟姉妹が行ったていた。ジェイはまめで、妹たちから台所を占拠すると、南瓜でポタージュを煮たりケーキを焼いたりした。


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星 「SL」

 

 ジェイの休暇が終わり、士官学校入学のため帝都へ向かう列車に乗った。モア駅の相対式ホームに停車中している列車は、装甲仕様ではないところの普通列車だった。

 伯母や弟・妹たちが見送る。

 妹二人はぐずっていたが、すぐ下の弟は彼なりに場をなごまそうとした。

「帰ってきたら、兄ちゃんは少尉殿って呼ばれるんだよね」

 車窓から手を出した猫象種族の士官候補生ジェイの手を、発車まで伯母は手を握って離さない。家族のうちでピアだけは彼の運命を知らされていた。


 ――テオのときと同じだ。違う人の記憶と入れ替わってしまう。……でもね、ジェイ、あんたは私の可愛い甥っ子だよ。それは変わらないんだ。


 汽笛が鳴り、列車がホームを出た。

 モア市を出ると沿線の風景は、国境地帯のような廃墟よりも、再建された都市・村落・田園が目に入るようになる。列車はモアから一週間かけて、さらに四千ガロス内陸に入った。


 入り江に長大な堤を築き、低湿地に風車を設け、水路に排水する。そうすることで帝都のある低地地方は広大な耕作地に変わった。昨今は鉄道網が整備されているので、あまり振るわないものの、水路は運河としても用いられている。

 車窓からは、水路の岸辺に横付けされた艀や、合間を抜けて往来するポンポン船が見えた。

 直径が人の丈を超える三つの動輪を並べた蒸気機関車が、鉄筋アームにガラスを貼りつけたホームに入線した。機関車は二両連結で、ニ〇両からなる客座車両を牽引していた。この列車はちょっとした銃撃戦にも耐えられるように、分厚い鉄板で覆った装甲列車だった。

 帰還兵が走行列車から続々と降り立った。

 連合種族帝国の帝都第一駅。

 櫛形ホームは鉄道駅ホームの一形態で、終点駅によく使われるものだが、帝都第一駅のホームの大半もそうなっている。


          *


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「車窓のジェイ」


 一五歳になったばかりの猫象種族士官候補生ジェイ・バルカは、出迎えにきた犬象種族の大尉に伴われ、帝都郊外にある広大な宮殿に入った。建物は本館の左右端から分館がコの字に枝分かれし、南面する薔薇園を囲っていた。薔薇園には白亜の東屋があり、内部には円卓と椅子とが置かれていた。

 大尉が小声でジェイに行った。

「フィルファ内親王殿下は、かのユンリイ大帝の皇姉にあらせられる。大帝不在である現在、実質的な統治を執る摂政殿下だ」

 内親王は有翅種族だった。

 有翅種族は外見上、ヒト族に酷似しているものの、背中にトンボのように透けた翅があることが最大の相違点になっている。

 猫象種族の士官候補生は記憶をたどった。


 ――この人、どこかで会ったことがある。他人の空似か……否……。


 ジェイは、虜囚となっていたヒスカラ王国で、その人そっくりの女性を見たことがあった。青髪が金髪となり、翅さえなければ、捕虜交換のため帰還する間際、自分や仲間たちを見送りにきた王国軍中佐女性そのものではないか。

 薔薇園東屋の椅子に腰かけたフィルファ内親王は、ジェイ・バルカを手招きした。

「ジェイと言ったわね。……貴男は今から転生する弟ユンリイの依代となり、貴男ではなくなる。ご家族への未練はない?」

「自分は、先の紛争で戦死していてもおかしくありませんでした。いろいろな方々に親切にされて生き延び、帰還して家族とも再会でき、もう思い残すことはありません。……殿下、家族の生活を保障して下さり、感謝しております」

 大きく頷いた摂政皇姉は、地面に片膝をつけたジェイに、人の丈ほどもあろう一振りの大剣を手渡した。

「わが弟ユンリイ、預かっていた佩剣バスター・ソードを返しましょう」

 黄金の髪、青い瞳、細面で少し尖った顎の内親王が小首を傾げる。


 刹那――

 ジェイの全身に電流が走ったかのように感じた。

 故郷モア市の両親、伯母、弟・妹たち。国境紛争のとき行動を共にした戦友たち……走馬灯が見えた。

 さらに――

 爆音があった。


          *


 ――さすがは勇者さん、帝国奥深く・帝都まで威力偵察? 大胆ですのね!


 フィルファ内親王が青磁のティーカップを口にして天空の一点を一瞥した。すると、薔薇園中の花の枝が折れて逆茂木となり、ダーツになって、一斉に飛んだ。

 一条の飛行機雲が宮殿上空を横切った。

 王国軍戦闘機シシイⅡ型機。

 最高時速まで出した新型戦闘機シシイⅡ型後部席から、空飛ぶ波乗り板エアロフィンを射出。風の精霊を使って、空を飛ぶのは王国軍中佐にして、女王オフィーリア――二五年前に、ユンリイ大帝と相討ちで果て、帝国臣民の医師テオを経て、女王に転生した王国元帥ボルハイム卿その人だった。

 薔薇のダーツは、エアロフィンが従えた二門からなる機関砲の一斉掃射で木端微塵となった。対して、機関砲の弾丸は、内親王の魔力によって、微妙に弾道が歪められ、紅茶を口にする内親王を避けた形で、次々と地中に消えていく。


 ――来い!


 オフィーリア女王がジェイ少年に叫ぶ。

 エアロフィンが地面に激突する寸前、放物線を描き急上昇。その際、女王は少年をさらって飛び去ろうとしたのが、彼は、彼女の後からついてくる機関砲二門のうちの一門を、バスター・ソードで一刀両断にして返答にした。


 天空でキラリと何かが光る。

 エアロフィンがシシイ機に回収されたのだ。


「姉上、……ボルハイム、否、ボルハイムが転生した女に、逃げられました」

「彼の依代はオフィーリア女王よ。……その件はさておき、復活おめでとう、ユンリイ。そしてさよなら、ジェイ」

 猫耳の少年ジェイの四肢が伸びて、背中に透けた翅が生えてきた。こうして彼は転生したユンリイ大帝の依代となった。


          ノート20200815

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「エアロフィン」


挿絵(By みてみん)



〈ヒスカラ(人類)王国〉


01 オフィーリア・ヒスカラ三世女王……転生を繰り返す王国の英雄ボルハイム卿の依代。ボルハイム卿は二五年前の王都防衛戦総司令官となり、帝国のユンリイ大帝と相討ちになった。卿は、その後、帝国辺境の町モアで少年テオを依代に復活、診療医となるも流行り病で没し、女王の身体を依代に、再び王国側に転生した。ヒスカラ暦七〇二〇年春現在15歳。


02 アンジェロ卿……灰色猫の身体を依代に、古の賢者の魂魄を宿す王国護国卿。事実上の王国摂政で国家の最高決定権がある。ボルハイム卿の移し身も彼が執り行ったものだ。巡洋艦型飛空艇パルコを居館代わりに使用している。

十年前に異界工房都市の〈量子衝突〉実験で事故が生じて〈ゲート〉が開き、男女十人からなる異界の学者たちが迷い込んできた。学者たちは、ノスト大陸の随所にある飛行石鉱脈を採掘し、水素やヘリュウムの代わりに、飛行石をつかった飛行船の一種・飛空艇を開発した。

アンジェロ卿は彼らを自らのブレーンにした。ヒューマノイドのレディー・デルフィー、ドン・ファン大尉のロシナンテ戦闘機飛行中隊の戦闘機シシイも、異界学者たちが製作したものだ。


03 レディー・デルフィー(デルフィー・エラツム)……教育・護衛を職掌とする女王顧問官で、年齢、背格好、翡翠色の髪まで似せたヒューマノイドだ。オフィーリア女王の目が大きいのに対し、レディー・デルフィーは切れ長になっているのは、彼女の製作者が女王との差別化を図ったためである。レディーは衣装を女王とそろえ、寝台も同じくしているが「百合」関係はない。さらに伊達眼鏡を愛用する。


04 ドン・ファン・デ・ガウディカ大尉……二五年前連合獣人帝国によって滅ぼされたガウディカ王国国王の息子。大尉の父王は、滅亡直前にヒスカラ王国に亡命してきて客分となり、亡国の国王はヒスカラ王族の娘を妃に迎えて彼が生まれた。つまるところオフェイリアの従兄で幼馴染、そして国は滅んでいるがガウディカ王太子の称号がある。女王より二歳年長のドン・ファンは、「オフィーリアを嫁さんにして、兵を借り、故国を奪還するんだ」というのが口癖。主翼の幅一〇フット後部にエンジンを取り付けたシシイ型プロペラ戦闘機の愛機に「ロシナンテ」と名付け、同名の飛行中隊二〇機の指揮官に収まっている。


〈連合種族帝国〉


01 ユンリイ大帝……一代でノスト大陸九割を征服し大帝国を築き上げた英雄。あまたの種族を従えていた。二五年前の王都攻略戦で、ボルハイム卿の奇襲を受け相討ちになるも、帝国臣民に復活を待望されている。比類なき名君。


02 フィルファ内親王……大帝が不在となった帝国を預かる摂政皇姉にして大賢者。王国の勇者ボルハイム卿に対するアンジェロ卿のようなもの。黄金の髪、青い瞳、透けた背の翅が特徴的な有翅種族女性。火の粉が降りかかれば払うが、弟と違って戦いを好まず、戦禍で荒れた土地の迅速な復興など内治に功績がある。


03 テオ・バルカ……帝国の版図に収まった辺境都市モアで診療所を開いていた猫象種族。帝国側道士によってボルハイム卿の魂魄が移し身されるとき10歳の少年だった。すでに両親はなく、看護師の姉ピアに愛情深く育てられた。本来は大帝復活のための依代であったが、大帝の遺言により、ボルハイム卿が王国側で復活しないようにするための措置で、テオはボルハイム卿の依代となった。町から出ることを許されず、事実上の軟禁状態にあった。その後二五年後、流行り病で没し、共同墓地に葬られた。猫象種族の妻を娶り、二男三女をもうけた。


04 ジェイ・バルカ……テオの息子・猫象種族。両親を流行り病で亡くし、弟妹たちとともに伯母ピアに育てられる。少年兵で従軍し戦地で上等兵となるも、王国軍の捕虜になる。捕虜交換で帰国後、士官学校入学の名目で帝都に召喚され、ユンリイ大帝転生に際し、依代となる。戦友ガンツ上等兵。

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