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自作小説倶楽部 第21冊/2020年下半期(第121-126集)  作者: 自作小説倶楽部
第121集(2020年7月)/ 季節:自然・事象(折り返し、盛夏、台風)&フリー: 自然・事象(風見鶏、蜃気楼、夢、殺人・死体)
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04 らてぃあ 著  台風・死体(自然・事象) 『幻の怪人』

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「教会にて」

「天体の位置もバッチリ。今夜こそ宇宙の使者が現れるに違いないわ」


いつでもどこでもハイテンションの天文部部長の鏡子さんの背後で僕はため息をついた。


一応、僕たちが所属する部活動は「天文学部」なのだが、もともとそうなのか、現部長の仕業なのか宇宙人とのコンタクトが最終目標になっている。当然一緒に入部した同級生たちは次々と幽霊部員になり、今夜僕を呼び出したはずの顧問の桑原先生が「友人と飲みに行く約束なんだ」と欠席したことで鏡子さんと僕の二人きりの活動になった。高校生の男女が夜に二人きり、というのに鏡子さんは気にする様子もない。僕としても傲慢不遜の権化のような彼女とアヤマチを犯せば一生奴隷確定なので少しくらい顔かたちが整っていようと手を出すつもりは毛頭ない。


問題は場所にあった。


鏡子さんの指示でテントを張ったのは郊外のさらに周辺、人家も無い道の脇の薮の中、いや、以前は人家があったのだろう。手前に先日の台風でできたと思しき沼地があり、さらに下方にほとんど崩れたレンガ造りの廃墟があった。ほとんど屋根が崩れ、どれくらいの高さがあったのかわからない。青い瓦が広範囲に散らばっていることからそこそこ高い建物だったようだ。こんな場所でテントを張っているのを地元住民に目撃されれば十中八九通報されるだろう。警官が来て、2人とも補導、その後のことは考えたくもない。


「鏡子さん、ここはきっと蚊がすごいですよ」


何とか今夜の活動をあきらめさせるべく言葉を選ぶ。


「大丈夫。防虫剤も殺虫剤も1ダースあるわ。豪華松花堂弁当も用意させたし」


天よ。なんだってこんな女に金と暇が与えられているんだ。高性能望遠鏡だけでなくいろいろなことが妬ましい。


精神を落ち着かせるためにもやむなく弁当をもらい、食べながら今回の活動の動機を聞くことにした。


「どうして、こんな場所で宇宙人とコンタクトが取れると思うんですか」


「この記事よ」


鏡子さんがタブレットを取り出して記事を表示させる。


〈怪奇、宙に浮かぶ怪人〉


「映画の小道具?」


「失礼な。私の大伯父に当たる人が発行していた新聞よ。80年前のことみたい。戦況の悪化でやむなく廃刊になったそう」


どういう一族、いや、絶対、100%戦争のせいじゃない。どこから突っ込んでいいのかわからず記事に目を落とす。


80年前の7月30日の早朝、牛乳配達中の勤労少年、山田某君が村はずれの教会の塔の前に恐ろしい顔をした怪人が浮いているのを目撃して腰を抜かしたという内容だ。くだらないことこの上ない。


「山田少年の目撃現場が今まさに私たちがいる場所よ」


「あの廃墟が元教会ですか」


「当時すでに外国人神父は帰国していて元信者が管理していたそうよ」


「陰気な場所ですね」


「数年前、肝試しで中に入った人間が白骨死体を発見したんだって」


「今すぐ帰りましょう」


「アハハハ、いい歳して幽霊なんて信じてるの?」


「鏡子さんにだけは言われたくありません。誰なんでしょうその死体は?」


「実は80年前に行方不明事件も起こっている。行方不明になった男は婦女子から金銭を巻き上げて生活するいかがわしい人間だったので敵も多く、事件は迷宮入りした」


「その死体が教会に? 管理人が犯人じゃないんですか」


「管理人は熱心なキリスト教徒の没落華族の兄と妹だった。兄はかなり疑われたが、私の大伯父が擁護して釈放されたらしい。これがその記事」


タブレットに別の記事が表示される。男は元々卑しい軽業師で、詐欺師で女衒とひどい書かれ方をしている。対して容疑者の兄は地元住民に愛された好青年だとある。実際、男が悪人だったとしても草葉の陰でさぞかし悔しがっただろう。


そして僕の目は男が行方不明になった日付に釘付けになった。7月29日だ。


「鏡子さんの大伯父さんは管理人兄妹と親しかったんですか?」


「さあ、早死にしたらしいから詳しい人生はわからない。でもこの地の出身だから顔くらいは知っていたかもね」


「怪人とか怪物とかを扱う記事はほかにありますか?」


「残っている記事しか見てないけど、他は農家の子牛が生まれたとか、子猫譲りますとか、ほのぼの系の記事が多いね。事件らしい事件はこれだけかな。真相不明なのに過激な内容だよね」


「わざとそうしたのでは?」


親しくしていた兄妹の妹が悪い男につけ込まれたとしたら、そして、友人である兄は妹のために行動を起こしたとしたら、


80年前に塔があった場所を見つめる。狭い階段を上がると時を告げるための鐘が吊られている。下の強固な扉を閉じられれば抜け出すことは容易ではない。


「鏡子さん。大伯父さんは偶発的に起こった事件を隠ぺいするためにそんな記事をでっち上げたんですよ」


「そんなことをする理由は何よ」


「管理人の妹、兄が好青年なら妹も若かったと思います。彼女がジゴロの毒牙に掛かったとしたら、信心深い兄は鉄拳ではなく男を教会の塔に閉じ込めて懺悔を要求したんです。ところが男は元軽業師だったために高い塔から脱出を図り、転落した」


「山田少年は浮遊しているところしか見ていないわ」


「ロープのようなもので下りようとして転落しかけて、宙吊りになった時の恐怖の表情を見て腰を抜かした。でも、大切な商品である牛乳があった。自転車か徒歩だったのかわかりませんが、落とさないようにすぐにかばった。いつまでも怪人を注視していられないから落ちた瞬間は見なかった」


「むう。じゃあ、どうして男を死なせた兄は出頭しなかったのよ」


「男に騙されるような世間知らずの妹を一人にはしておけませんよ。人ひとり死なせたことを妹に知られたくなかった。妹はまだ不実な男に恋していたのかもしれませんね。そしてさらなる隠ぺい工作がその記事ですよ」


少年が見たのは怪人であり、人ではない。だから空を飛んで消えた。誰もその行方を探さない。


大伯父さんをそこまでさせたのは果たして友情だけが動機だっただろうか? すべては僕の想像だ。でも80年前に生きていた人たちの幸福を少しだけ祈らずにはいられなかった。


          了

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