03 紅之蘭 著 風見鶏(自然事象)『ガリア戦記 13』
【あらすじ】
出世に出遅れたローマ共和国キャリア官僚カエサルは、人妻にモテるということ以外さして取り柄がなかった。おまけに派手好きで家は破産寸前。だがそんな彼も四十を超えたところで転機を迎え、イベリア半島西部にある属州総督に抜擢された。財を得て帰国したカエサルは、実力者のポンペイオスやクラッススと組んで三頭政治を開始し、元老院派に対抗した。
挿図/Ⓒ 奄美剣星 「元老院のキケロ」
第13話 風見鶏
国王を追放して共和制になったローマは、奴隷を除くと、パトリキ(名門貴族)、ノビレス(騎士・新興貴族)、ノウス・ホモ(上級平民)、ブレブス(中・下級平民)の階層で構成されていた。
後世、哲学者として名を馳せるマルクス・トゥッリウス・キケロは、地方都市アルピヌムの出身で、祖先に顕職者を持たない「ノウス・ホモ」としては異例の出世を遂げた人だ。
キケロという家名は「ひよこ豆」という意味で、無名の家名だった。このためキケロが若いころ、彼の才能を知る友人が、「キケロという家名を大っぴらに名乗るのをさけたほうが良いのでは?」と助言すると、「私は、私の才覚で、キケロ家をスキピオ家やカトゥルス家以上に、名をなさしめてみせる」と豪語し実行した。
スキピオ家は彼のハンニバル戦争においてローマの危機を救った英雄の家系。他方、カトゥルスは、恋愛詩を得意とする詩人ガイウス・ウァレリウス・カトゥルスを輩出した知識人家系だった。
キケロは、ノウス・ホモ(上級平民)出自で、弁護士として活躍、執政官・属州総督を歴任し、元老院議員に出馬、財を得てローマ市にあった名門クラスス家の大邸宅が競売にかけられると、落札購入して優雅に暮らした。
キケロは、どちらかというと騎士・新興貴族階層を地盤とした政治家で、彼らの立場を代弁する政治的な立場にあった。
順風満帆なキケロの生涯にかげりがさしだしたのは、紀元前六三年、のカティリナ事件だ。
市民に対して借金帳消しを公約に、執政官出馬を目論んだ将軍ルキウス・セルギウス・カティリナとその一党は、債権者側である元老院議員たちの妨害を受けたことに憤激し、部下三千名とともに反乱を起こす。
この際、キケロは、反乱者たちに裁判手続きを経ずして死刑判決を下した。これをもって、カティリナ一党は玉砕した。
カティリナ事件の際、キケロの護衛役をしていた人物に、プブリウス・クロディウス・プルケルという人物がいる。パトリキ(名門貴族)の出自で美男子だった。
カエサルは四度結婚しているのだが、一番目の妻とは死別し、二番目の妻と離婚している。二番目の妻をポンペイアというのだが、その離婚理由は、彼女の不貞だった。
スキャンダルはカティリナ事件のあった紀元前六二年に起こった。
最高神祇官だったカエサル公邸で、彼の母親が取り仕切る、男子禁制の女祭りの際、愛人プルケルが女装し公邸に侵入、ポンペイアと情交を結ぼうとするも発覚し逮捕され、「神への冒瀆」として元老院議員キケロらに告発され裁判が行われた。
カエサルは妻の不貞を否定しつつも、「高官である自分の妻としては不貞を人にささやかれるだけでも不適格だ」と言って離婚した。ところがなんと間男の青年には寛容で、クロディウスのアリバイまで証言した。哲人政治家キケロは、カエサルの偽証を見破り、アリバイ崩しを計ったが、結局のところ失敗し、クロディウスは平民への降格という処分で一見落着した。
恩を感じた間男の青年クロディウスはカエサルに忠誠を誓うと同時に、死刑求刑を求めたキケロに対し復讐を誓った。カエサル派に属するクロディウスは、平民降格を逆手にとって、貴族には職務に就けない護民官の地位に就いた。
当時、カエサル、クラスス、ポンペイウスによる三頭政治体制化にあった共和制ローマは、元老院派と対立していた。このため領袖カエサルの後押しもあって、クロディウスは、めでたく大臣ポストの一つ護民官に就けたのだ。
ここで護民官クロウディウスは、キケロに対する昔年の恨みを果たすべく行動にでた。
「うってつけの口実がある。キケロは、カティリナ事件の際にローマ市民を裁判なしで処刑した」
身の危険を感じたキケロは逃走した。その間にキケロは国外追放処分となり、彼の邸宅財産は国庫に没収され競売にかけられてしまった。逃亡しながらキケロは、使者に手紙を持たせて、かなりの数のローマの有力者たちに配った。宛先人には、政敵であるカエサルの名もあった。
その後、護民官クロウディウスは政敵に暗殺され、キケロは帰国。三頭政治には深入りせず、隠棲して学術研究にいそしんだ。さらにカエサルが暗殺されると、カエサルの遺言により養子に指名されたオクタビアヌスを担いで、第二次三頭政治の立役者となったが、結局、ポンペイウスによって暗殺された。
哲学者としてキケロは多数の名著を執筆していたため、キケロに心酔していた初代ローマ皇帝オクタビアヌスは、彼の思想体系を帝国の国是に組み入れ、後世に大きな影響を与えることになる。
冬季宿営の時期、南仏・北伊など三つの属州総督であったカエサルは、任地の政務と巡察とを精力的に行い、紀元前五七年の記録『ガリア戦記』第一巻の筆を置く。そして年が改まり、第二巻の筆をとった。
つづく
【登場人物】
カエサル……後にローマの独裁官となる男。平民派として民衆に支持される。
クラッスス……カエサルの盟友。資産家。騎士階級に支持される。
ポンペイウス……カエサルの盟友。軍人に支持される。
ユリア……カエサルの愛娘。ポンペイウスに嫁ぐ。
オクタビアヌス……カエサルの姪アティアの長子で姉にはオクタビアがいる。
ブルータス……カエサルの腹心
ウェルとイミリケ……ガリア人アルウェルニ族王子と一門出自の養育係。