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自作小説倶楽部 第21冊/2020年下半期(第121-126集)  作者: 自作小説倶楽部
第121集(2020年7月)/ 季節:自然・事象(折り返し、盛夏、台風)&フリー: 自然・事象(風見鶏、蜃気楼、夢、殺人・死体)
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01 奄美剣星 著  蜃気楼(自然現象) 『ヒスカラ王国の晩鐘 第4話』

     あらすじ


勇者とは、帝国の超戦士である大帝を討ち果たすことができる王国唯一の超戦士のことをさす。二五年前、王都防衛戦で帝国のユンリイ大帝と刺し違えた指揮官ボルハイム卿がそうだ。やがて二人の超戦士がそれぞれ復活。暫定的な講和条約が破綻しようとしていた。そして、大陸九割を版図とする連合種族帝国が、最後に残った人類王国ヒスカラを併呑しょうとする間際、15歳の女王は自らを依代に勇者転生を決断した。


挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「英雄ボルハイム」

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ奄美剣星「ノスト大陸概略地図」



    第4話 蜃気楼


 ヒスカラ王国南海岸地方マンズ州は穀倉地帯だ。捕虜収容所が十二か所あり、帝国兵士の捕虜たちは耕作に従事させられていた。監視をする王国将兵は基本、ヒト族だが、収容所の帝国将兵は亜人だ。亜人は知的生命体だが、外見、特に頭部に、猫のような耳があったり、鹿のような角が生えていたりする点で、差別化は容易だった。そのため、脱獄してもすぐに正体がばれてしまう。射殺されても馬鹿らしいので、彼らは大人しく捕虜交換の時を待った。同州第五捕虜収容所は、州都から五〇ガロス西に行った蜃気楼岬にあった。

 海岸に出っ張った舌状台地の上に設けられた捕虜収容所敷地は長方形で、高さ一〇メのコンクリート塀で囲まれていた。さらに塀に沿って要所ごとに監視塔が設置されていた。

 捕虜収容所の敷地は大きく居住区とグランドに分かれている。居住区のある西側は海に面しており、東側のグランドはゲートがあり、唯一里へと出ることが可能な一本道に連なっている。


「ジェイ、おまえも捕虜交換リストに載っていたんだな。おめでとう」

「ありがとう、ガンツ」

 ジェイもガンツも十五歳の少年兵で、二人は、スコップを担いだ捕虜兵士百名の隊列の中にいた。ジェイは猫象種、ガンツは犬象種だ。


 ヒスカラ王国と連合種族帝国は公的にいうと休戦状態だった。だが、ときとして偶発的な国境紛争は生じる。昨年末・ヒスカラ暦七〇一九年に生じた紛争は王国側が優勢で、帝国側は数万の捕虜をだした。帝国側は、過去十数年の紛争で貯めた王国側捕虜と交換する話を王国側から持ちかけられると、すぐさま飛びついたのだった。


 十名からなる監視兵に伴われた捕虜たちは、岬の収容から朝に出て、東に広がる麦畑で農作業をして夕方に戻る。農閑期は橋や道路の整備や、倉庫・塀の建設作業をした。

 収容所には休憩時間があり、空き時間には、グランドで球技をしたり、図書室で読書を楽しんだりすること、そして食堂でラジオを聴くことが許された。その食堂では、たまに映画も上映される。

 一六ミリ映写機で映画が上映された。映画は、よくあるラブロマンスだったが、娯楽の少ない収容所の捕囚を喜ばせるには十分に足りた。俳優は当然全員ヒト種だったが、戦地から戻って来る兵士を待たずして、ヒロインが病没するシーンでは、様々な種族からなる亜人兵士たちが泣いた。猫象種や犬象種ら少年兵たちも例外ではない。


          *


 盛夏。

 捕虜交換のため復員を許された兵士は、五〇名だった。彼らを送るため、グランドではちょっとした式典があり、残された仲間の捕虜たちを呼び集めて激励した。

 収容所の新人監視兵が、「この式典にどんな意味があるんすかねえ」と先輩兵士に聞くと、先輩兵士は、「見ろよ、次の捕虜交換では俺が帰る番だと言って、肩を叩き合っているだろ。こういう式典をしてやると、連中は希望を持ち、きつい作業も厭わなくなるんだ」と答えた。

「なるほどね、先輩。自分は貧民街の生まれで人を使うなんて及びもつきませんが、飴と鞭って言葉の意味が少しだけ判りましたよ」

 マンズ州第五捕虜収容所には総勢五〇〇名の捕虜がいる。グランドに整列した全員のうちの最前列が捕虜交換対象の復員兵だ。


 その日の壮行式には来賓があった。

 収容所の所長、副所長の横に立っていたのは三人の士官で、女が二人と男一人だ。三人とも若く、女性の軍服には中佐、男性の軍服には大尉の襟章が付いていた。

 捕虜たちの誰もが思った。


 ――女……ヒト種だが、あまたの亜人種族からなる俺たちにとっても、とんでもない美人に見えるぜ。


 来賓の外部士官は、王国空軍オフィーリア中佐、デルフィー中佐、ドン・ファン大尉と名乗った。

 収容所の捕虜たち品定めをしている最中、三人のうちリーダーらしい女性士官・オフィーリア中佐が、復員する捕虜たちに握手して回りながら言った。

「貴君たちの勤勉によって、戦地にとられた農村の若者不足を補い、王国国内に安定した食糧供給ができている。感謝する」

 そのオフィーリア中佐が、復員兵の最後の一人である猫象種の少年兵と握手して、しばらく手を離さなかった。周囲はしばし狼狽した様子だ。中佐はそれを察してか、握った少年兵の手をようやく放して言った。

「リストを読んだよ、ジェイ上等兵か? 伯母上に育てられたそうだね。君のご家族は息災だと聞いている。楽しみだな」

 感慨深そうに、猫象種ジェイの手を取った女性中佐は、どう見つくろっても一五歳前後で、自分や相棒のガンツ同じくらいだった。


 ――この若さで中佐ってことは王侯貴族出自の将校だな。


 復員する捕虜五〇名は、収容所の監視兵二人に引率されて、いつもなら畑に向かう、グランドの東端に延びる高塀で唯一開口しているゲートをくぐる。このとき古参の監視兵が言った。

「おい貴様ら、蜃気楼だ。せっかくだから復員する前に見ておくといい、家族への土産話になる」

 監視兵が指差した先の海上には、確かに蜃気楼が生じていた。

 建物や道路があり、軽便鉄道車や人々が往来していた。恐らくは、沿岸にあるのだろう、少し離れたところにあるどこかの町の風景が、海上のスクリーンに映し出される自然現象だ。その蜃気楼を切り裂くように、後尾にプロペラが付いた、一人乗りのシシイ式戦闘機Ⅰ型と、二人の同式Ⅱ型の二機が、飛行機雲の尾を引いて舞い上がった。……捕虜収容所からそう遠くない場所に空軍基地がある。そこから飛び立ったに違いない。


 第五捕虜収容所の最寄り駅は、急ごしらえの片端式ホームだった。ただ、収穫期にできるだけ多くの貨物車両を停車させるために、二百メルもの長さがあり、捕虜五〇名は横付けされた一番前の貨物列車に乗り込んだ。


          *


 帝国軍捕虜を乗せた王国の貨物列車は国境の検問所前で停車し、フェンス向こうの帝国領にいる貨物列車から同数の王国捕虜が降りてきた。国境線ゲート上で担当士官がリストを交換し合い、それぞれの捕虜たちが故国の土を踏んだ。各収容所から集められたのだろう、その数は同日、一千名に膨らんでいた。総数で三万の捕虜が交換されるとのことだった。

 帝国側の列車が出発するまで間があり、復員兵たちに夕食のパンとスープが配られた。

 戦友のガンツと並んで夕食を頬張っていたジェイ上等兵は、迎えに来た士官の一人に呼び出され、煉瓦造りの国境連絡事務所二階の部屋に通された。

「ジェイ上等兵、貴官は帰国次第、士官候補生となる」

「強制ですか?」

「当然だ」

 士官は鹿象種だ。彼が手にしていた少年兵の履歴書には次のように記されていた。

 

 ジェイ・バルカ上等兵。猫象種、男、一五歳。父親は辺境の属州モアの診療所医師テオ・バルカ。両親を疫病で亡くし、他の二人の弟妹ともに、伯母ピア・バルカに育てらえる。父親テオは、敵に転生させられないように、帝国側で転生させた王国の勇者ボルハイム卿の依代だった。


 ――ユンリイ大帝の転生復活は間近のようだ。ジェイ上等兵はその依代だな。


 鹿象種の士官は、極端に文字数の少ない機密文書から、上層部の意図のおおよそを理解した。そして、ミルクをたっぷり入れたアイス・ココアを少年兵に勧めたのだった。


 疫病で没した少年兵の父親テオ・バルカは、直後、王国の大賢者によってオフィーリア女王を依代に転生している。昨今、帝国アカデミーは、バルカ一族が強力な依代家系である旨のレポートを元老院内閣政府に提出していた。鹿象種の士官の推察は正鵠を射たものだ。


          ノート20200727

挿絵(By みてみん)

挿図/Ⓒ 奄美剣星 「オフィーリア女王と側近」



挿絵(By みてみん)


〈ヒスカラ(人類)王国〉


01 オフィーリア・ヒスカラ三世女王……転生を繰り返す王国の英雄ボルハイム卿の依代。ボルハイム卿は25年前の王都防衛戦総司令官となり、帝国のユンリイ大帝と相討ちになった。卿は、その後、帝国辺境の町モアで少年テオを依代に復活、診療医となるも流行り病で没し、女王の身体を依代に、再び王国側に転生した。ヒスカラ暦七〇二〇年春現在15歳。


02 アンジェロ卿……灰色猫の身体を依代に、古の賢者の魂魄を宿す王国護国卿。事実上の王国摂政で国家の最高決定権がある。ボルハイム卿の移し身も彼が執り行ったものだ。巡洋艦型飛空艇パルコを居館代わりに使用している。

十年前に異界工房都市の〈量子衝突〉実験で事故が生じて〈ゲート〉が開き、男女十人からなる異界の学者たちが迷い込んできた。学者たちは、ノスト大陸の随所にある飛行石鉱脈を採掘し、水素やヘリュウムの代わりに、飛行石をつかった飛行船の一種・飛空艇を開発した。

アンジェロ卿は彼らを自らのブレーンにした。ヒューマノイドのレディー・デルフィー、ドン・ファン大尉のロシナンテ戦闘機飛行中隊の戦闘機シシイも、異界学者たちが製作したものだ。


03 レディー・デルフィー(デルフィー・エラツム)……教育・護衛を職掌とする女王顧問官で、年齢、背格好、翡翠色の髪まで似せたヒューマノイドだ。オフィーリア女王の目が大きいのに対し、レディー・デルフィーは切れ長になっているのは、彼女の製作者が女王との差別化を図ったためである。レディーは衣装を女王とそろえ、寝台も同じくしているが「百合」関係はない。さらに伊達眼鏡を愛用する。


04 ドン・ファン・デ・ガウディカ大尉……二五年前連合獣人帝国によって滅ぼされたガウディカ王国国王の息子。大尉の父王は、滅亡直前にヒスカラ王国に亡命してきて客分となり、亡国の国王はヒスカラ王族の娘を妃に迎えて彼が生まれた。つまるところオフェイリアの従兄で幼馴染、そして国は滅んでいるがガウディカ王太子の称号がある。女王より二歳年長のドン・ファンは、「オフィーリアを嫁さんにして、兵を借り、故国を奪還するんだ」というのが口癖。主翼の幅一〇フット後部にエンジンを取り付けたシシイ型プロペラ戦闘機の愛機に「ロシナンテ」と名付け、同名の飛行中隊20機の指揮官に収まっている。


〈連合種族帝国〉


01 ユンリイ大帝……一代でノスト大陸9割を征服し大帝国を築き上げた英雄。あまたの種族を従えていた。25年前の王都攻略戦で、ボルハイム卿の奇襲を受け相討ちになるも、帝国臣民に復活を待望されている。比類なき名君。


02 テオ・バルカ……帝国の版図に収まった辺境都市モアで診療所を開いていた猫象種族の。帝国側道士によってボルハイム卿の魂魄が移し身されるとき10歳の少年だった。すでに両親はなく、看護師の姉ピアに愛情深く育てられた。本来は大帝復活のための依代であったが、大帝の遺言により、ボルハイム卿が王国側で復活しないようにするための措置で、テオはボルハイム卿の依代となった。町から出ることを許されず、事実上の軟禁状態にあった。その後25年後、流行り病で没し、共同墓地に葬られた。猫象種族の妻を娶り、二男三女をもうけた。


03 ジェイ・バルカ……両親を流行り病で亡くし、弟妹たちとともに伯母ピアに育てられる。少年兵で従軍し戦地で上等兵となるも、王国軍の捕虜になる。

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