01 奄美剣星 著 呪い 『ヒスカラ王国の晩鐘 第6話』
*あらすじ
勇者とは、超戦士である大帝を討ち果たすことができる王国唯一の超戦士のことをさす。二五年前、王都防衛戦で帝国のユンリイ大帝と刺し違えた指揮官ボルハイム卿がそうだ。やがて二人の超戦士がそれぞれ復活。暫定的な講和条約が破綻しようとしていた。そして、大陸九割を版図とする連合種族帝国が、最後に残った人類王国ヒスカラを併呑しょうとする間際、15歳の女王は自らを依代に勇者転生を決断した。
挿図/Ⓒ奄美剣星「オフィーリアとデルフィー」
挿図/Ⓒ奄美剣星「ノスト大陸概略地図」
第6話 呪い(災厄)
王国の勇者ボルハイムの原体は、先の大戦で彼が大帝と刺し違えたことで失われた。その後、彼は帝国側道士たちによって依代を与えられ、ノスト帝国辺境都市モアの診療所医師テオとして蘇生。やがてテオは妻を娶り子供をもうけた。
勇者ボルハイムの魂魄を宿したオフィーリア女王は、自らヒスカラ王国軍飛空艇艦隊に搭乗し帝国本土を威力偵察。その際、大帝の依代になろうとしていたジェイを帝都皇宮で、奪取しようと目論んだ。
だが、大帝の姉フィルファ内親王の通力は強力で阻まれ、オフィーリア女王がジェイを奪取する寸前、大帝はジェイを依代に復活した。大帝の依代ジェイ奪取作戦失敗したのだった。
オフィーリア女王を乗せた天翔ける「波乗り板」・エアロフィンは、影武者レディー・デルフィーが操縦する、二人乗りタイプノシシリー型Ⅱ型戦闘機に回収された。やがて、そのシシリーⅡ型戦闘機は空母型飛空艇ガイアに回収された。
ガイアは巡洋艦型飛空艇二隻を従える飛空艇艦隊の旗艦だ。この旗艦は、万が一にもヒスカラ王国王都が陥落した場合、政府機能を代行するだけの通信機器諸々の施設を備える、空飛ぶ宮殿「御座船」でもあった。
地上にある王宮のようにはいかないが、やや手狭ながらも、ガイアに設けられた女王専用貴賓室には、執務室と寝室の二間と、化粧室・浴室が備わっていた。今回のジェイ奪取作戦は、帝国奥深くに航行し、ジェイを奪取する危険な任務だった。
ジェイの位置情報は、彼が国境紛争で捕らえられて王国の捕虜収容所に収監されていたとき、太腿に小型発信機を埋め込んでいたことから、どこにいるかは艦隊旗艦ガイアの通信機能をもってすれば容易に追跡できた。また帝国領内には買収した密偵がおり、そちらからも有益な情報が入手できた。ゆえにオフィーリアにはジェイ奪取作戦成功の自信があったのだ。
眼鏡をかけた女王顧問官レディー・デルフィー中佐は、部屋に入って来るなり、突っ伏し泣いていた女王の寝台に腰を降ろすと、あどけない依代の顔を、自分の膝に乗せて髪を撫でてやった。
――アンジェロ護国卿や王宮道士たちは、依代に転生者の魂魄が入ると、依代自体の魂魄は消滅すると説明する。……だけど、ここにいるオフィーリア女王は、勇者ボルハイムというよりも、十五歳の女の子ではないか? ……それに、大帝の依代になることが決まったジェイを、敵地に自ら乗り込む危険を冒してまで遂行するあたりは、ジェイの父親・帝国辺境都市モアの診療医師テオそのものではないか? ……すると大帝転生後も、ジェイの記憶は僅かに依代に残ることになる。……転生した父と、依代になった子が剣戟を交え? なんて残酷なんだ!
女王は小一時間仮眠を執った。
その間に、護国卿専用の巡洋艦型飛空艇が艦隊に合流。連絡機をつかってアンジェロ卿がガイアに乗り込んできた。
「やあ、ボルハイム卿。いや、オフィーリア女王陛下。――依代ジェイの奪取に失敗した以上は、次の手に移る。……この飛空艇艦隊が王都につき次第、重鎮たちと御前会議を行う」
「そのための口裏合わせだ」
大賢者のアンジェロ護国卿は、もともとは人の形をとっていたのだが、ある時期から灰色猫の身体が気に入って依代としている。
依代をつかった転生は、ヒト族や亜人諸族にはできない芸当だ。
レディー・デルフィーは、帝国の大帝・皇姉内親王、王国の勇者・大賢者というものが、ヒト族あるいは亜人諸族と姿が似てはいるのだが、実は、亜神という上位種族であるという噂を聞いたことがある。
ノート20200928
登場人物
〈ヒスカラ(人類)王国〉
01 オフィーリア・ヒスカラ三世女王……転生を繰り返す王国の英雄ボルハイム卿の依代。ボルハイム卿は25年前の王都防衛戦総司令官となり、帝国のユンリイ大帝と相討ちになった。卿は、その後、帝国辺境の町モアで少年テオを依代に復活、診療医となるも流行り病で没し、女王の身体を依代に、再び王国側に転生した。ヒスカラ暦七〇二〇年春現在15歳。
02 アンジェロ卿……灰色猫の身体を依代に、古の賢者の魂魄を宿す王国護国卿。事実上の王国摂政で国家の最高決定権がある。ボルハイム卿の移し身も彼が執り行ったものだ。巡洋艦型飛空艇パルコを居館代わりに使用している。
十年前に異界工房都市の〈量子衝突〉実験で事故が生じて〈ゲート〉が開き、男女十人からなる異界の学者たちが迷い込んできた。学者たちは、ノスト大陸の随所にある飛行石鉱脈を採掘し、水素やヘリュウムの代わりに、飛行石をつかった飛行船の一種・飛空艇を開発した。
アンジェロ卿は彼らを自らのブレーンにした。ヒューマノイドのレディー・デルフィー、ドン・ファン大尉のロシナンテ戦闘機飛行中隊の戦闘機シシイも、異界学者たちが製作したものだ。
03 レディー・デルフィー(デルフィー・エラツム)……教育・護衛を職掌とする女王顧問官で、年齢、背格好、翡翠色の髪まで似せたヒューマノイドだ。オフィーリア女王の目が大きいのに対し、レディー・デルフィーは切れ長になっているのは、彼女の製作者が女王との差別化を図ったためである。レディーは衣装を女王とそろえ、寝台も同じくしているが「百合」関係はない。さらに伊達眼鏡を愛用する。
04 ドン・ファン・デ・ガウディカ大尉……二五年前連合獣人帝国によって滅ぼされたガウディカ王国国王の息子。大尉の父王は、滅亡直前にヒスカラ王国に亡命してきて客分となり、亡国の国王はヒスカラ王族の娘を妃に迎えて彼が生まれた。つまるところオフェイリアの従兄で幼馴染、そして国は滅んでいるがガウディカ王太子の称号がある。女王より二歳年長のドン・ファンは、「オフィーリアを嫁さんにして、兵を借り、故国を奪還するんだ」というのが口癖。主翼の幅一〇フット後部にエンジンを取り付けたシシイ型プロペラ戦闘機の愛機に「ロシナンテ」と名付け、同名の飛行中隊20機の指揮官に収まっている。
〈連合種族帝国〉
01 ユンリイ大帝……一代でノスト大陸9割を征服し大帝国を築き上げた英雄。あまたの種族を従えていた。25年前の王都攻略戦で、ボルハイム卿の奇襲を受け相討ちになるも、帝国臣民に復活を待望されている。比類なき名君。
02 フィルファ内親王……大帝が不在となった帝国を預かる摂政皇姉にして大賢者。王国の勇者ボルハイム卿に対するアンジェロ卿のようなもの。黄金の髪、青い瞳、透けた背の翅が特徴的な有翅種族女性。火の粉が降りかかれば払うが、弟と違って戦いを好まず、戦禍で荒れた土地の迅速な復興など内治に功績がある。
03 テオ・バルカ……帝国の版図に収まった辺境都市モアで診療所を開いていた猫象種族。帝国側道士によってボルハイム卿の魂魄が移し身されるとき10歳の少年だった。すでに両親はなく、看護師の姉ピアに愛情深く育てられた。本来は大帝復活のための依代であったが、大帝の遺言により、ボルハイム卿が王国側で復活しないようにするための措置で、テオはボルハイム卿の依代となった。町から出ることを許されず、事実上の軟禁状態にあった。その後25年後、流行り病で没し、共同墓地に葬られた。猫象種族の妻を娶り、二男三女をもうけた。
04 ジェイ・バルカ……テオの息子・猫象種族。両親を流行り病で亡くし、弟妹たちとともに伯母ピアに育てられる。少年兵で従軍し戦地で上等兵となるも、王国軍の捕虜になる。捕虜交換で帰国後、士官学校入学の名目で帝都に召喚され、ユンリイ大帝転生に際し、依代となる。戦友ガンツ上等兵。




