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「あ、いや、あの、家だとゆっくり読めないんだよ。妹達が騒がしくてさ」
俺は咄嗟に言い訳をしつつ、椅子を引いて彼女から少し離れた。あ、これだと近付かれるのが嫌みたいなリアクションじゃないか。嫌な思いさせるかな?と思ったが、彼女は俺の動きを気にすることなく、背を伸ばして聞いてきた。
「そっか。ちなみに、何読んでるの?」
「ああ、これは経済学の本だよ」
えらく食いついてくるなぁ、と思いつつ、他の話題も振れないダメ男な俺は本の中身を説明した。そして、しまったと思った。今読んでいるのは、経済の色んな出来事を面白可笑しく解説している本で、実は前世から知っている著者の本だ。切り口が斬新で、とても面白い本だが、それなりに前提知識が必要な本で、少なくとも中学生が気軽に読むような本ではない。
俺は、内心でダラダラ冷や汗を流しながら、会話を打ち切ろうとした。
「あ、そろそろ挨拶活動の時間じゃない?行くんでしょ、木山さん」
わざとらしく時計の方を見て、そう告げる俺に対し、彼女は少し驚いたような顔を見せた。
「え?…そうだけど、よく知ってるね」
言外に、何故お前が知っている、的なニュアンスを感じ、俺は焦った。完全に、俺のミスだ。彼女が俺のことを名前くらいしか知らないように、俺はこの時点では、彼女のことを何も知らないはずなのだ。
やっちまった。俺は彼女から目を逸らしながら、必死に言い訳を考えた。
「えーっと、そうそう、木山さん生徒会だろ。生徒会で朝早く来るって言ったら、行事の準備か挨拶活動かな、と思ってさ」
「へぇ、そっかぁ」
彼女は何だか腑に落ちない雰囲気ではあったが、時間も来たようで、挨拶活動のために教室を出て行った。また独りになった俺は、止らない動悸を抑えるのに必死だった。
初めての朝は、色々と反省点の多いものになってしまった。
不定期連載です(苦笑)
もうちょっと時間が取れるはずだったんだけどなぁ。