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黒山羊の悪魔が率いる悪魔の軍勢との戦争に勝利してから五日が経った日の昼。
空は青々と晴れている。
式典を行うには絶好の日和である。
戦争の翌日、悪魔に勝利したことを知った民衆は、三人の『英雄』に会いたいと、皇城に詰めかけた。皇城の門前には、帝国を救った三人の死刑囚の姿を見ようと押し掛けてきた民衆で騒然となったのだ。
帝都の半分を失った戦争の後始末と復興作業に追われる帝国は、民衆の対応にも追われ、てんやわんやとなった。
そして、帝国が取った行動は、死刑囚である三人を正式に公の場に出すということ。
死刑囚であることは既に知られているが、公にバグ、ドロロ、ラプラスの三人に勲章を授与することを決めたのだ。その式典を催し、民衆に彼らの存在を公表することを発表した。
大貴族からは反対の声が上がった。しかし、悪魔の侵攻から帝国を救った『英雄』に勲章の一つでも与えなければ民衆の反感を買う可能性がある。
三人の死刑囚が悪魔を討ち滅ぼした暁には望みを叶える約束をしているが、民衆や騎士達には知らされていない。表向きには何か褒美を与えなくてはいけないのだ。
そして、帝国が選んだ行動は勲章を授与することである。
その式典が今まさに行われようとしている。
皇城の中腹に出ている露台にゼフィール皇帝が姿を見せると、集まっている多くの民衆が歓声を上げる。民衆は顔を仰ぎ、希望に満ちた瞳でゼフィールの姿を見詰める。
輝いた表情を浮かべる民衆にゼフィールは視線を落とし、端から端まで見渡す。詰めかけた民衆の数は数え切れず、門の外にまで溢れている。
三人の死刑囚に対する民衆が抱いている期待の大きさが窺える。
ゼフィールは精一杯に朗らかな表情を浮かべるが、その碧い瞳は真っ暗に沈んでいる。
深く息を吸い込んだ彼は民衆に向けて徐に言葉を発する。
「我々は悪魔の軍勢を遂に討ち倒し、帝国を護ることが出来た! それには多くの民の協力と、騎士団の力があってこそ、成し遂げられた! 感謝する!」
と、声高らかに言った。
それに反応し、民衆からは一層の歓声が上がる。
僅かな間を置いてからゼフィールは言葉を続ける。
「既に皆も知っているだろうが、戦争の勝利に大きく貢献した者が三人いる! 彼らの力無くして勝利を掴むことは出来なかった! 故に、帝国を救った三人に勲章を授与することを決めた!」
と、宣言を口にすると、民衆からは賛成と喜びの声が上がる。
民衆の声をジッと聴いたゼフィールは小さく頷く。
「皆が私と同じ想いを抱いていることを嬉しく思う! では、帝国を救った三人の戦士を紹介する!」
と、ゼフィールが言うと民衆からは最も大きな歓声が上がる。
集まった民衆の目的は三人の死刑囚の姿を見ることなのだ。民衆の興奮と熱気が最高潮に達した時、ゼフィールに促されて三人が露台に姿を見せる。
黒い斑模様の赤髪と褐色の肌を持つバグは金色の刺繍が施された赤い礼装に身を包み、悠然と現れた。集まった大勢の民衆に薄紅色の瞳が少しばかり驚く。
「……何だ、これは」
と、バグはポツリと呟いたが、民衆の歓声に掻き消されていった。
「ははっ、これはまた大袈裟な式典だな」
と、続けて姿を見せたドロロは笑いながら言った。
くすんだ金髪と銀髪に黄褐色の肌を持つ彼は、その淡い金色の瞳と同じ黄金色の礼装にハーフマントを羽織り、煌びやかな貴金属や宝石の装飾を身に着けている。
バグの赤い礼装に施された刺繍は絢爛であり、帝国で最高級の代物である。しかし、黄金色の礼装に多くの装飾を身に着けているドロロの姿は豪華絢爛の一言。ドロロの隣に並ぶバグの身形が地味に見えてくる。
「この景色を見るのは十二年振りですか。少し懐かしいですね」
と、最後に姿を現したラプラスは感慨深そうに言った。
腰まで伸びた金髪に白磁の肌を持つ彼女は艶やかな藍色のドレスを纏い、その首に下げたネックレスには碧い瞳と同じ色の宝石が填め込まれており、キラキラと輝いている。
豪華絢爛なドロロと比べて大分落ち着いた装いではあるが、誰よりも気品に満ち溢れた雰囲気を纏っており、彼女の美しさは一際目を引く。
何より、三人の中で礼装が似合っているのはラプラスである。狂戦士や暗黒騎士などと呼ばれてはいるが、これでも皇女なのだ。
それぞれの瞳の色に合わせた礼装を纏う三人が露台に姿を見せると、民衆は感動に身を震わせる。中には涙を流し、手を振る者もいる。
民衆の歓声が止むことは無く、皇城は喧噪に包まれている。
それを制止するようにゼフィールは大手を広げ、声を響かせる。
「彼らが帝国を救った戦士である! 彼らに『英雄』の勲章を授与する――つもりだった」
と、ゼフィールは謎を含ませた言葉を口にした。
その言葉に民衆達の歓声が静まり、中には首を傾げる者もいた。
民衆の反応を確認するように僅かな間を置いてからゼフィールは言葉を続ける。
「『英雄』の名は聖騎士の頂点である十騎士に与えられた勲章であり、残念ながら彼らに『英雄』の名を与えることは出来ない。そこで、私は彼らに新たな勲章を授与することを決めた!」
と、ゼフィールは高らかと言った。
民衆は皇帝の言葉に耳を傾け、新たな勲章の発表に期待の視線を仰ぐ。
「帝国を救い、悪魔を討ち滅ぼす戦士。悪魔を前にしても勇敢に戦った三人には『勇者』の名を与える! 皇帝ゼフィール・レイン・シャーロットの名において、彼らに『勇者』の勲章を授与する!」
と、ゼフィールは声を響かせた。
その言葉を聴いた民衆は堰を切るように歓声を轟かせた。「勇者様!」と叫ぶ声が帝都中を包む。帝国と民衆が三人を『勇者』として認めた証拠である。
民衆は、三人の正体が多くの人を殺した死刑囚であると知っている。それでも、三人を『勇者』として認めたのだ。
「迷惑な話だ」
と、バグは気怠そうに呟くと溜息を吐いた。
「何が『勇者』だ。馬鹿らしい」
と、ドロロは苛立った声を漏らした。
「そうですか? 私は別に気になりませんけど」
と、平然としているラプラスは二人を一瞥した。
皇女である彼女はこういった式典や、称えられることに慣れているのだ。こういったことに無縁のバグとドロロは居心地を悪そうにしている。
三人を他所に、沈んだ碧い瞳を浮かべるゼフィールは大きく息を吸い込むと、グッと全身に力を込めて宣誓を口にする。
「悪魔を討ち滅ぼし、帝国に平和を取り戻すことを約束する! 必ずや帝国を救って見せよう! ――三人の『勇者』と共に!」
こうして、三人の死刑囚は『勇者』となり、帝国の願いを託された。
その願いが帝国に破滅を齎すことを民衆は知らない。
罪人に破滅の願いを込めて、帝国は新たな一歩を踏み出す。




