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その罪人に破滅の願いを込めて  作者: たつのオトシゴ
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   023


死刑囚同士の争いから五日が経っていた。

帝都は大きな被害を受け、負傷した民衆や、損害を受けた家屋の復元など帝国は後始末に追われていた。

悪魔の軍勢がいつ再び攻めてくるかも分からない中、別の事に資金と時間を掛けている余裕は無いのだが。

その元凶である死刑囚のラプラスとドロロは、魔力封印を施した鉄錠を付け、地下に投獄されることになった。

帝都の二割を消滅させた二人を野放しには出来ず、さすがのゼフィール皇帝も彼らの力を頼るかどうかを再検討することを決断した。

制御出来ない力は、いつか自分を滅ぼすことになる。

ラプラスとドロロの力は強大だが、とても制御出来る代物では無かった。

そのような兵器とも呼べない力を頼ることを提案したゼフィールは、大貴族達から非難を浴びることとなった。

 この被害の元凶が死刑囚であることを知る帝国の上層部は、落胆と憤りを覚えざるを得なかった。

 それに対して、事情を知らない民衆や貴族の反応は違う。

 死刑囚同士の争いを遠くから傍観していた一部の民衆の目には、炎の悪魔と巨人の悪魔が争いを始め、その二体の悪魔を一人の人間が倒した、という風に見えていたらしい。

 その噂は瞬く間に広まり、人々は口を揃えて言う。

 ――悪魔を討ち倒した、新たな『英雄』が現れた。

 一部の民衆の中には、新たな『英雄』の出現を喜ぶ者がいた。悪魔に滅ぼされる絶望の中で、一筋の光を見つけたのだ。戦うことが出来ない民衆は、新たな『英雄』に助けを求め始めている。

 それがレイには耐え難かった。騎士王の名を持つ彼にとって、屈辱に他ならない。

 ――新たな『英雄』――

 『英雄』と呼ばれる十騎士の頂点に立っていた彼は、もう過去の『英雄』となっていたのだ。

 何よりもそれが許せなかった。

 死刑囚である大罪人が『英雄』と呼ばれることが許せないのだ。

 その溢れんばかりの怒りをぶつける様に、レイは塔の修練場で剣を振るう。

憤りと力が込められた剣は風を斬り裂き、彼の周囲に波紋を生む。

「……これではダメだ」

 と、レイはポツリと呟いた。

 右腕を失い、左腕だけで剣を振るっているが両腕で振るっていた時よりも遥かに力も速さも劣っている。鍛錬を積めば左腕だけでもそれなりの戦闘は可能だろう。

 しかし、それだけの時間を悪魔達が待ってくれるはずも無く、地道に力を蓄えている余裕は無い。今、こうしている時も悪魔の軍勢が攻めてこないとは限らないのだ。

 レイは焦燥と共に、自分の情けなさに悔しさを覚える。

 聖騎士が倒すべき悪魔の軍勢を死刑囚が倒しただけではなく、帝都が破壊されていくのを眺めることしか出来なかった。

街一つ護れず、死刑囚同士の争いを止めるのを別の死刑囚に頼む有様である。

 何て無様で、情けないのだ。

 悪魔と戦う覚悟を決めた矢先だ。帝都が壊されているというのに、レイは何も出来なかった。

 そんな時に、誰よりも早く、真っ先に帝都と民衆を護る為に動いたのはユーリス皇女だった。

それが死刑囚に頼った忌むべき行為ではあるが、動くことすら出来なかったレイの瞳には、彼女が誰よりも勇気のある少女に見えた。

 今のレイには、ユーリス皇女の姿があまりに眩しい。

 騎士王である彼よりも、彼女は勇気があり、そして強い心を持っている。

 自分を殺してやりたいとさえ思った。

 ――何が聖騎士だ! 何が騎士王だ! 私は、ただの臆病者ではないか!

と、レイは胸中で叫んだ。

「私に必要なのは、悪魔を討ち滅ぼす力だ。力さえあれば、全てを取り戻せる」

 と、レイは失った右腕に目を落とす。

 あの黒山羊の悪魔(レベル3)と対等に戦えると証明出来れば、騎士団の誇りも、失っていた勇気も取り戻せる。それに、自分達は過去の『英雄』ではないと、皆に認めさせることも出来るはずだ。

 その為には、『力』が必要なのだ。

 黒山羊の悪魔(レベル3)によって奪われた右腕と右眼。

 右眼はまだしも、右腕があればレイは力を大きく取り戻せる。

 しかし、失った腕を再生させるなど、高位の治癒魔法でも不可能とされている。

 それはレイも知っていること。

 だが、彼には一つの可能性に心当たりがあった。

 それは、死刑囚のラプラスが使っていた魔法である。

 高濃度の圧縮した魔素を固め、鎧や剣などの物質を生成する魔法。いや、正確に言えば魔法とは少し異なる。体内と大気中の魔素をコントロールする技術を極めた者だけが出来る芸当である。

 しかも、あれだけの高濃度で大量の魔素を操れる人間はいない。魔素を固めて巨人を生成するなど、聴いたことも無い。もしいたとすれば、人間の域を遥かに超えている。

 ラプラスを基準で考えてはいけない。右腕だけでいいのだ。

 もし、魔素を固めて『右腕』を生成することが出来れば、義手よりも生身に近い感覚で右腕を使える。力を取り戻せるかもしれない。

 ――試してみる価値はある。

 と、レイは考えた。

 大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。それを何度か繰り返し、体内の魔素の流れに意識を集中させる。

 全身を巡る魔素を一か所に集めるように流れを操作する。右腕を失った右肩から集めた魔素を溢れさせ、大気中に流れ出た魔素を見えない手で掴むように滞留させる。

 魔素を右肩から放出させるまでは容易に出来たが、大気中に溢れた魔素を操作し、固定するのが想像以上に難しい。か細い棒に足を乗せ、倒れないようにバランスを取り続けるような感覚である。

一瞬でも意識を乱せば魔素が霧散してしまう。

生成したい物の形状をイメージし、意識は魔素を固めることだけに集中する。

すると、徐々に魔素が固まっていき、レイが想像している右腕に形を変えていく。

レイは想像する。求める右腕を。

――私の右腕。いや、それではダメだ。普通の右腕ではダメだ。より強い腕が必要だ。

悪魔を殺す為だけの右腕。

「来い!」

と、レイは叫んだ。

その右肩から、魔素によって生成した右腕が顕現する。

「出来た!」

 と、魔腕(マジック・アーム)の生成に成功し、喜びのあまり声を上げた。

 出来上がった魔腕(マジック・アーム)は人の腕とは違った。

まるでそれは、獣のような腕である。五本指の手を除いた腕全体が黒い毛皮に覆われており、その腕は『黒山羊の悪魔(レベル3)』を思い出させる。

レイは『強い腕』を求め、無意識に黒山羊の悪魔(レベル3)の腕を思い浮かべた。

そして皮肉にも、自分の右腕を奪った悪魔の右腕を新しい腕に選んだのだ。

「……動く」

 と、魔素で生成した手腕に意識を向け、正確に動くのを確認した。

 しかし、まだ不完全なのか、魔素の形状を保つことに意識を向け続けなければ、魔腕(マジック・アーム)が霧散してしまいそうになる。

 再び意識を集中させ、魔腕(マジック・アーム)の形状を保持する。

「これを、常に保つのか」

 ――想像以上に難しい。

 と、レイは魔腕(マジック・アーム)を保持し続けることの難しさを痛感した。

 意識の大半を魔腕(マジック・アーム)に集中させ続けなければ、動かすことも出来ない。

「けれど、これなら戦える」

 と、レイは確信を口にした。

 その右腕で剣を握ると、鋼鉄の剣をまるで木剣のように軽々と持ち上げられた。

 驚きのあまり、レイは子供の様に剣を振り回す。

「凄い! これなら悪魔だろうと殺せる!」

 と、愉悦に満ちた瞳で右腕をジッと見詰める。

 そして、レイは両手で剣を構えると修練を再開する。

 何度も、何度も剣を振るい、忘れかけていた右腕の感覚を思い出していく。

右腕を奪われる以前に比べ、力も速さも格段に上回っている。

だが、常に魔腕(マジック・アーム)の保持に意識を集中し続けている所為か、疲労が激しい。頭が割れる様に痛くなってきた。

まだ魔腕(マジック・アーム)を保持するのに慣れていない所為だと考え、レイは慣れるためにも魔腕(マジック・アーム)を使い続ける。

ここで修練を止める訳にはいかない。足を止めている暇は無いのだ。悪魔がいつ攻めてくるか分からないのだから。

一振りする度に、剣の風圧が修練場に突風を起こす。

レイが気付いた時には、修練場の壁や床、天井の至る所に斬撃による傷跡が出来ていた。魔力を帯びさせていない剣を振っていただけなのに、その風圧だけで岩の壁などを削っていたのだ。

自分の新たな力に確かな自信を得たレイはグッと右手に力を籠め、笑みを浮かべる。

その時だった。不意にレイの全身を異変が襲う。

 ――あれ、頭が。

 と、自分の異変に気付いた時には、レイの体は崩れる様に倒れ、意識を失った。


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