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その罪人に破滅の願いを込めて  作者: たつのオトシゴ
22/45

020 ①


   020


 昼食を終え、玉座がある大広間に三人の死刑囚が集められていた。

 最初に集められた時とは違い、鉄錠はされておらず、膝を突かずに立ち尽くしている。

 死刑囚の前には玉座に腰掛けたゼフィール皇帝と、その隣に立つユーリス皇女の姿がある。

 その他にも、宰相に武官長、文官長、四大貴族、警護に当たる聖騎士が十数人。

 そして、皇帝の隣、ユーリス皇女の反対にはレイ・ルルシオン騎士王が立っている。

 顔触れは最初に集められた時と全く同じである。

 しかし、ゼフィールを含めた全員の表情には最初とは異なる複雑な感情が表れている。

「まずは、砦の奪還成功ご苦労であった」

 と、口にしたゼフィールの表情は険しいものだった。

「お父様。私達の力は十分に証明出来たかと思いますが、どうですか?」

 と、ラプラスは分かり切った答えを求めるように尋ねた。

 皇帝自らの口から約束を結ばせることが重要である。皆の前で言わせることで皇帝の心に楔を打つのが目的なのだ。

 眉間に皺を寄せ、逡巡する素振りを見せたゼフィールは重たい口を開く。

「皇帝ゼフィール・レイン・シャーロットの名において約束しよう。バグには死者(主人)の復活を。ラプラスには騎士王の座を。そして、ドロロにはユーリスを差し出そう」

 と、各々の望みを確認するように言った。

 娘であるユーリスを差し出す約束を口にした瞬間、彼女の碧い瞳が悲しそうに潤んでいたのをラプラスだけが気付く。

 自分の身を差し出すのは構わないと言っていても、実の父親に言われて辛くないはずが無い。

 しかし、それは愚かな皇帝(父親)が選んだ道。何より、ユーリスも受け入れているのなら、ラプラスは口を挟むつもりは無い。

 それに、ラプラス自身も騎士王の座を望んでいるのだから、娘を苦しめている皇帝と同罪と言える。そんな自分が口を挟む権利は無いと考えていた。

「悪魔を討ち滅ぼした暁には、各々が望むものを与えることを約束する」

 と、ゼフィールは苦しそうな声音で宣言した。

 今でも反対している大貴族や文官長は、不満と憤りに満ちた視線をゼフィールに向ける。

 その視線に気付いている彼は、皆を見渡すと言う。

「皆の不満は理解しているつもりだ。しかし、帝国の、いや、人類存続の為には彼らの力を借りる他に方法は無い。今すぐに分かって欲しいとは言わぬ。だか、堪えてくれ。頼む」

 と、ゼフィールは頭を下げた。

 皇帝が頭を下げたことに、大貴族や文官長を含めた全員に動揺と驚愕が走った。

「陛下、頭を上げてください」

 と、慌てたように宰相のローランドは言った。

 その場に居合わせた全員が動揺し、狼狽えている中、ドロロが口を開く。

「そもそもの話だが――」

 と、ドロロの響く声が大広間に広がった。

 不意に聴こえてきた言葉に全員の視線と意識が集まると、ドロロは言葉を続ける。

「そもそもの話だが、これは取引として成立しないだろ」

 と、唐突に言った。

 ドロロの言葉の意味が理解できず、顔を上げたゼフィールを含めた全員は怪訝な表情を浮かべる。

「どういうことでしょうか?」

 と、眉間を顰めたローランドが尋ねた。

「取引は、対等な立場の者同士が交わすから成立するものだ。昨日の戦争で分かったことだが、俺とお前達は対等じゃないんだよ」

 と、ドロロは言った。

 そういうことか、とローランドは彼の言葉の意味を少し理解する。

「確かに、帝国という一国家に対し、君たち一個人では対等とは言い難いですね。つまり、我々が約束を揉み消すのではないかと、疑念を抱いているのでしょうか? ですが、皇帝陛下がその名において約束されたのです。そのようなことは――」

 と、ローランドが言葉を並べているとドロロは大きく笑い出す。

「カハハッ」

 と、笑い声を上げた彼の奇行にローランドは言葉を詰まらせる。

「何が可笑しいのだ?」

 と、ゼフィールは不愉快そうな声音で言った。

 ようやく笑い終えたドロロは嘲笑するように言う。

「帝国の宰相が、お気楽な頭をしていたものだから笑ってしまったよ」

 と言った彼の言葉を理解出来ず、ゼフィールもローランドも口を閉ざし、怪訝な表情を浮かべる。

「逆だよ、逆。帝国の立場が低すぎて、取引が成立しないと言っているんだ」

 と、ドロロは言い放った。

「ふざけるのもいい加減にしろ!」

 と、馬鹿にされたのが許せなかった大貴族の老公は叫んだ。

 憤りに満ちた声を意に介さずドロロは言う。

「現実を見ろ。帝国御自慢の騎士団は悪魔に敗れ、今では虫の息だ。悪魔に全く歯が立たない帝国は脆弱と言わざるを得ない。そんな弱り切った帝国が俺と対等だと? ふざけているのはお前達だ」

 大貴族の老公は目を充血させ、今にも怒りを爆発させようとしている。

 彼だけではなく、死刑囚を囲む聖騎士達も憤りに震え、奥歯を食い縛り、拳に力が籠る。

 殺気に満ちた聖騎士や大貴族の視線を全く意に介さず、ドロロは言葉を続ける。

「昨日から色々と考えて、俺は決めた。欲しいものがあるなら帝国(お前達)から力尽くで奪うのが手っ取り早いってな。だから――」

 ――従う必要も無い。

 と、ドロロは言うと一瞬で姿を消し、ユーリス皇女を目掛けて駆け出していた。

 ユーリスもゼフィールも、警護に当たっていた聖騎士達も、誰もドロロの動きに反応できず、姿を見失った。唯一、どうにか姿を目で追っていたのは騎士王であるレイのみ。

 レイは瞬発的に床を蹴り、ユーリスを狙って迫っているドロロの前に立ち塞がる。

 腰に携えた剣を左手で抜剣すると同時に袈裟懸けに斬り上げる。

 ドロロは身を屈め、その斬撃を紙一重で躱した。透かさず彼は右腕を振り払い、レイの右脇腹に拳を叩き込む。

 ドロロの怪力から放たれた殴撃を受けたレイは壁まで吹き飛び、激突した。壁は砕け、凄まじい衝撃音が大広間に響き渡る。

 その衝撃音にハッと驚いたユーリスは、すぐそこまで迫っているドロロにようやく反応する。

 聖騎士達も遅れて反応し、駆け出しているが手遅れだった。

 ゼフィールを含めた老公達は反応すら出来ず、ドロロの姿も視認出来ていない。

 壁に激突し、倒れていたレイは即座に体を起こそうとするが、視界がグラリと揺れ、立ち上がれない。叩き付けられた衝撃で脳震盪を起こしていたのだ。

「誰か――」

 止めろ! 

と、レイが叫び切るより早く、ドロロの手がユーリスの体に迫る。

 間に合わない、と誰もが思った。

 全員が諦めた瞬間、ドロロの右頬を強烈な拳が捉え、彼の体は吹き飛び、転がりながら壁に激突する。

 間一髪でユーリスを救ったのは、

「……ラプラスお姉様」

 と、声を漏らしたユーリスを庇うように立っているのはラプラスだった。


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