019
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ゼフィール皇帝との謁見を控えた正午、死刑囚の三人は皇城の一室に集められ、昼食をとっていた。
バグ、ドロロ、ラプラスの三人は円卓の上に並べられた料理を口に運んでいく。部屋の壁際には彼らを囲むように十数名の聖騎士が立ち並んでおり、昼食をとる姿をジッと見詰めている。
監視と警戒を任された聖騎士達は嫌な緊張感を覚える。
武器も持たずに中級悪魔を容易く倒してしまう死刑囚が暴れ出して、それを自分達が止められるのか不安しかなかった。
監視に当たる聖騎士の中には数刻前までレイと話をしていた第二師団師団長タイガ・ブルムンドの姿がある。
師団長や副師団長クラスの聖騎士が集められているが、死刑囚を前にして恐れない者はいなかった。彼等から異様な雰囲気と気配を感じ、頭の中では警鐘が鳴り続けている。
仕事でなければこの部屋から今にも出て行きたい、と全員が思っていた。
全身の至る所に包帯を巻いているラプラスは慣れた手付きでフォークとナイフを使い料理を口に運んでいく。
死刑囚には勿体ないと思える豪華な料理である。民衆の料理とは違い、貴族達が食べるような料理の数々に、聖騎士達は不満と違和感を覚えた。だが、死刑囚とは言え皇女であるラプラスがいるのを考えれば、下手な料理は出せないのも少し腑に落ちる。
それに、曲がりなりにも悪魔を打ち倒したという功績を残した褒美と考えれば安いものである。
バグも器用にフォークとナイフを使い、料理を口に運んでいく。さすが暗殺者と言うべきか、ナイフとフォークの扱いは素早く、まるで小刀を振るっているような鮮やかさだ。
ふと、その姿を見たラプラスは興味本位に尋ねる。
「貴方、こういった料理を食べ慣れているのね? どこかで教わったのかしら」
その問い掛けが自分に向けられているのだと気付いたバグは彼女を一瞥し、淡泊な声音で答える。
「主に教えられた」
「ボス? ああ、貴方の主人ね。確か東の大領主だった、あの方ね。少し憶えているわ。色々と凄い人でしたね」
と、ラプラスが主人のことを知っているのが少し驚きだったバグは手を止めた。
「……ああ、主は凄い」
と、口にしたバグはどこか嬉しそうだった。
自分の主人が褒められたのが嬉しかったのか、それとも今は亡き主人の話を出来たのが嬉しかったのか分からないが、今まで見せたことのない表情である。
ラプラスは視線をバグから外し、ドロロを見遣る。
荒々しい見た目の彼は盗賊であり、貴族とは真逆の環境で生きてきた者。こういった料理は食べ慣れていないとばかり思っていた。
しかし、ドロロの食事はとても丁寧なものである。
フォークとナイフの扱いはいやに慣れており、包帯を厚く巻いた右腕と左腕を動かしてスムーズに料理を口へ運んでいく姿は盗賊とは思えない。
その雰囲気と姿からは違和感しか覚えない。
目を丸くし、ジッと見詰めていたラプラスは思わず言う。
「意外ね。てっきり盗賊らしい豪快な食事をするのかと思っていたわ」
「あ? 勝手にお前の価値観を押し付けるな。殺すぞ」
と、気に障ったらしいドロロは殺気を放ち、ラプラスを睨んだ。
彼が放った殺気に聖騎士達は一斉に警戒を強め、思わず身構えてしまった。
その殺気を意に介さず、ラプラスは小首を傾げて言う。
「もしかして、貴方――」
と、彼女が口にした瞬間、ドロロが口を開く。
「黙れ」
と、どすの利いた重々しい声音でラプラスの言葉を制した。
それに対して彼女も言い返す。
「私こそ、貴方に命令される筋合いはありません。やはり、所詮は盗賊。どのような盗賊も野蛮ということですね」
蔑むような彼女の言葉にドロロは黙っていない。
苛立ちを露わにした彼はラプラス目掛けてナイフを投げ放つ。
銀のナイフは彼女の頬を掠め、部屋の壁に突き刺さる。長い金髪をハラハラと切り落とし、白磁のような頬に赤い筋を走らせた。
頬を血が流れ、顔に巻かれた包帯を赤く染めていく。
「俺の盗賊を、馬鹿にするのは許さない。次はその綺麗な目玉を突き刺す」
と、ドロロは形相を浮かべ、凄まじい殺気を放つ。
「元気な狂犬ね」
と、ラプラスは嘲笑するように言った。
すると、彼女も凄まじい魔力を放ち、ドロロに殺気を向ける。
「やれるものなら、やって見せなさいよ」
と、ラプラスは挑発するように言った。
強大な魔力と殺気がぶつかり合い、部屋を震わせる。その悍ましい気に中てられた聖騎士達は身構えたまま、全身の身動きが取れなくなっていた。
逃げろ! と、聖騎士達の本能が叫んでいる。
この場にいれば必ず殺される、と警鐘が激しく鳴り響いている。にも拘わらず、恐怖のあまり全身の筋肉が硬直し、息をするのも儘ならない。
もし、死刑囚が暴走したら誰が止められるというのだ。誰がこの殺気の中に飛び込めるのか教えて欲しいと、聖騎士達は心から願う。
円卓の上に置かれたグラスに罅が走り、食器がカタカタと震えている。
すると、何を思ったのか不意にドロロは殺気と魔力を納める。
「まあいい。お前ら脆弱な聖騎士くらい、いつでも殺せるしな。いや、お前は元聖騎士か。とりあえず今は見逃してやる」
と、ドロロは部屋を囲む聖騎士にも挑発するような言葉を吐いた。
「随分な物言いですね」
と、魔力を納めたラプラスは言った。
「昨日の戦争で分かったからな。帝国の、聖騎士の弱さを」
そう言って立ち上がったドロロは円卓にフォークを突き刺し、席を離れる。
「あら、どこへ行くのかしら? もうすぐお父様との謁見ですよ?」
と、ラプラスは彼を呼び止めた。
しかし、ドロロは首を振り返らせると、
「雑魚と連むつもりは無い」
と、言い残して部屋を後にした。
少し遅れて二人の聖騎士がドロロを追い駆けて部屋を出て行く。
死刑囚同士の殺気と魔力の衝突が止み、残った聖騎士達は全身の緊張が解けていく。全身に汗を滴らせ、息を整える。
その場に居た聖騎士の誰もが思った。
もし、死刑囚同士が喧嘩を始めたら、どうなってしまうのだろうか。
そのような悪夢を想像した聖騎士達は一様に顔を青ざめ、息を呑んだ。
沈黙に包まれた部屋には、黙々と食事を続けていたバグの咀嚼音だけが漂う。
こうして最悪の昼食は終わった。




