018
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「ルルシオン騎士王。死刑囚バグを見つけたそうです」
と、皇城の中にある騎士王専用の執務室に入ってきた聖騎士の男が報告を告げた。
黒髪に幾つもの金色のメッシュを入れている派手な聖騎士は、帝国騎士団の第二師団師団長タイガ・ブルムンドである。
詰まる所、師団長は帝国の英雄『十騎士』に次ぐ実力者である。現在の帝国では騎士王であるレイを除けば最高戦力が師団長である。
「何か問題はありませんでしたか?」
と、椅子に腰掛けたレイは重々しい声音で尋ねた。
「はい。特別、問題は起きていないようです」
その報告を聴いたレイは溜息を吐き、安堵した様子を見せる。
「申し訳ないです。見張りに当たっていた俺の部下が間抜けだった所為で、余計な仕事を増やしてしまいました。後で鍛え直して置きます」
と、頭を下げた聖騎士師団長のタイガは三十歳を超えており、年齢だけで言えばレイよりも年上である。しかし、立場的にも、実力的にも騎士王であるレイの方が遥かに上であり、ごく当然な遣り取りであった。
そう理解しているつもりなのだが、レイとしては右腕右眼を失って騎士王という立場が相応しいとは言えない状況で、年上で先輩であるタイガ師団長を部下として対応するのが少し躊躇われた。
それでも、皇帝が自分を騎士王として認め続けている限りは、騎士王として振舞わなくてはいけないと考え、レイは普段通りに接している。
ふと、思ってしまった。このような体になってもゼフィールはレイを騎士王として認めてはいるが、民衆や貴族、はたまた部下である騎士達は自分を騎士王として今も認めているのだろうか、と。
悪魔に敗れ、民衆を護れず、多くの命を失うという失態を犯した聖騎士を民衆が許すはずも無かった。
そこに、死刑囚の三人が戦争に加わり、見事に悪魔を打ち倒したという話が一晩で帝国中に流布し、今では騎士団の誇りと立場は地に落ちていた。
死刑囚であることを知る民衆はまだ少ないが、たった三人の戦士が悪魔を倒した、という出来事は人々に一筋の希望を与えるには十分過ぎる。滅びかけていた帝国が、死を覚悟していた人々が助かるかもしれない、と思ったに違いない。
民衆や貴族だけではなく、一部の騎士まで死刑囚の存在に喜んでいるというのだ。
それを聴いたレイを含めた一部の聖騎士は憤りを覚えると同時に、悔しさが胸を満たした。
今も思い出しただけで悔しさに顔を歪めてしまう。
「ルルシオン騎士王。俺は今からでも死刑囚を使うのは止めた方が良いと思っています。あれは使ってはいけない、諸刃の剣だ」
と、レイの心を察したのかタイガ師団長は進言した。
彼も、死刑囚と皇帝が謁見した場に警護として立ち会っていた聖騎士の一人であり、どのような約束が交わされたのかを知る者である。
「私も理解しています。奴らは危険過ぎる。皇帝陛下は、目の前の危機を祓う事しか考えていないのだろう。愚かだ」
と、口を滑らせすぎたことに遅れて気付いたレイはハッとして、視線だけを動かして部屋の扉と窓が開いていないのを確認する。
「心配要りません。どこも空いていませんよ」
と、タイガ師団長はレイが慌てているのが可笑しかったのか少し笑ってしまった。
笑われたのが恥ずかしかったのかレイは咳払いで誤魔化す。
「このままでは騎士団の、騎士の立場が無いのも事実です。俺達も戦えることを証明しなくては、もし悪魔を滅ぼせたとしても騎士団の誇りと存在価値が失われてしまう」
と、タイガ師団長の言う事は最もだった。
このまま戦争に勝利しても、その後の帝国に騎士団の居場所は無くなるだろう。
その為には、騎士の力を証明する必要がある。悪魔と対等に戦える騎士が必要なのだ。
レイも理解している。その役目を果たすべきなのは、騎士王である自分自身であると。
右腕右眼を失っても、騎士王である彼は騎士団の未来を背負う立場に立っているのだ。
タイガ師団長も、レイに期待しているのだろう。
帝国最強の聖騎士――レイ・ルルシオン騎士王の力を信じているのだ。
逃げることも、諦めることも許されない。ひたむきに『誇り高き強さ』を証明し続けなくてはいけない。それが、帝国騎士団の象徴である騎士王の名を背負った者の責務である。
「帝国の未来だけではなく、騎士団の誇りも護る必要がある、という訳ですね」
と、レイは自分に言い聞かせるように言った。
悪魔に脅え、戦場に立てなかった自分を思い出す。仲間の為に、帝国の未来の為に、何よりも聖騎士の誇りに懸けて、黒山羊の悪魔に打ち勝たなければいけない。
そう思い直したレイは、震える足を奮い立たせる。
立ち上がった彼はタイガ師団長に宣言する。
「心配は要りません。次こそは黒山羊の悪魔を倒し、聖騎士の力を皆に叩き付けてやります。死刑囚よりも私達が強いことを証明して見せます」
そう言い残し、レイは部屋を出ようとする。
「ルルシオン騎士王。どちらへ?」
と、タイガ師団長が尋ねた。
それに対してレイは当然のように答える。
「修練場です」




