011
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突如、塔の瓦礫が上空に吹き飛んだ。
その音に三体のミノタウロスは足を止め、振り返る。
ドロロを潰していた塔の瓦礫が吹き飛び、再び落下した衝撃で土埃が舞う。ミノタウロス達は目を細め、ジッと瓦礫の山を見遣る。
――まさか。
と、赤毛のミノタウロスは怪訝な表情を浮かべる。
少しずつ晴れていく土埃の中から悠然とした足取りで現れたのは、死んだとばかり思っていたドロロだった。
その姿は血塗れだが、右肩をグルグルと回し、首や手指の骨をボキボキと鳴らす彼の表情は平然としている。
『馬鹿ナ、有リ得ナイ』
と、赤毛のミノタウロスが動揺に満ちた声を漏らした。
「ああ、悪い癖だ」
と、ドロロは独り言のように言った。
『ドウイウ事ダ』
と、黄毛のミノタウロスは思わず尋ねた。
「ああ? いや実は俺、利き腕は左なんだよ」
――それがどうした?
と、ミノタウロス達の脳裏に疑問符が浮かぶ。
「一発殴ったら死んじまうから、ここ数年、利き腕じゃない右腕を使ってたんだ。その癖で聖騎士に追われている時も右腕で相手してたら捕まっちまった」
と、ドロロはゲラゲラと笑った。
「手加減してること忘れてたなんて、間抜けだろ?」
『手加減ダト?』
と、黄毛のミノタウロスは訝しむように瞳を細めた。
ドロロの言葉が気に障ったのかミノタウロス達から殺気が滲む。
それを意に介さず、彼は言葉を続ける。
「そうだよ。一発で殺しちまったら面白くないだろ?」
と、ドロロは嘲笑った表情を浮かべ、ミノタウロス達に一歩ずつ近づいていく。
『人間ガ俺達ノ攻撃ヲ受ケテ、無事ナハズハ無イ!』
と、黄毛のミノタウロスは叫んだ。
「悪いな、生まれつき体が丈夫なんで」
と、当然のように言ったが、ミノタウロス達がそれで納得するはずも無い。
『丈夫トカ言ウ話デハナイ! 体ガ丈夫ナ位デ、我々ノ攻撃ヲ受ケラレルハズ無イダロウ!』
と、黄毛のミノタウロスは紅い瞳に苛立ちを浮かべる。
塔が崩壊するほどの渾身の殴撃を受けながら、普通に歩けていることが信じられなかった。
魔力による身体強化などで防御していても、立ち上がることすら不可能な深手を負うのは避けられない。
そのはずなのに、ドロロはしっかりとした足取りで近づいてくる。
悠然と迫ってくる彼の気配に気圧され、ミノタウロス達は息を呑む。
「どうした。元気が無いな」
と、ドロロは嘲笑するような声音で言った。
見下していたはずの人間に、無意識とはいえ怖気づいていた自分達が信じられなかった。
そんな脆弱な人間が見下してくることが許せなかったのか、黄毛のミノタウロスは表情を歪ませた。
『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!』
不意に、牛のような咆哮を上げた黄毛のミノタウロスは全身に電撃を走らせ、魔力を開放すると筋肉が膨張する。
『人間ガ、調子ニ乗ルナ!』
と、言うと地面を蹴り砕き、姿を消した。雷撃を纏った残像を走らせ、一瞬でドロロの背後に回った黄毛のミノタウロスは全力の殴撃を撃ち放つ。
「相変わらず速いな」
と、ドロロは感心するように言うと同時に超人的な反応速度で振り返った。
『!』
速さに絶対の自信を持っている黄毛のミノタウロス。その自分の速度にドロロが反応したことに驚愕した。
しかし、反応出来たところで回避は間に合わない。拳が直撃するのを確信し、そのまま全力の殴撃を撃ち放った。
破裂するような衝撃が響き、手応えを覚えた黄毛のミノタウロスはニヤリと笑みを浮かべる。
完璧に直撃していた――はずだった。
「だけど、反応出来る速度だ。つまり――」
――俺の敵ではない。
殴り潰したはずの人間が目の前に立っているという現実が、黄毛のミノタウロスの表情を驚愕の色に染めていく。
直撃したはずの巨大な拳をドロロは左手だけで受け止めていた。
『……ハ……ハハハハッ』
黄毛のミノタウロスは渾身の一撃を片手で受け止められたのが信じられず、思わず呆れたように笑ってしまった。
「お返しだ」
と、ドロロは言うとミノタウロスの拳を払い飛ばす。
そして、ミノタウロスの眼前に跳び上がると左腕を大きく振り被る。
彼の左腕に膨大な魔力が集まり、巨大な炎のように魔力が膨れ上がる。ミノタウロスの拳に宿る魔力量とは桁違いの量に黄毛のミノタウロスは後退ってしまう。
一気に突き出された拳が、ミノタウロスの瞳には巨人の如き拳に見えていた。
黄毛のミノタウロスは叫ぶ暇も無く、殴撃が頭部を直撃すると、首から上が一瞬で弾け飛ぶ。
肉片と鮮血を撒き散らし、突き出した拳の凄まじい風圧が土埃を舞い上げた。
たった一撃で絶命した黄毛のミノタウロスの胴体は、ズシンと音を立てて倒れる。
着地したドロロは緩慢な動作で振り返ると、残る二体のミノタウロスに視線を向ける。
青毛のミノタウロスはドロロと視線が交わると同時に両手に魔法を発現させる。冷気を纏った両手から放たれた白い暴風が彼を呑み込み、一帯を凍結させていく。
口腔より放たれる冷気のブレスよりも強力な冷気の波動が放たれ、一瞬で辺りが氷の世界と化した。
『氷ノ中デ死ネ!』
と、青毛のミノタウロスは言い放った。
都市の一部が青白く染まり、瓦礫も家屋も氷に覆われてしまった。ミノタウロス達が吐く息は白くなり、凍り付いた大気中の水分がキラキラと輝く。
普通の人間であれば体の芯まで一瞬で凍り付いてしまい、命は無い。
しかし、突如ジュゥッという何かが焼けるような音と共に白い水蒸気が噴き上がると、一帯を覆っていた氷が一瞬で溶けていく。
「涼しい風だな」
と、水蒸気の中からドロロの声が聴こえてきた。
水蒸気の中から姿を見せたドロロの左腕には荒々しい炎が燃え上がっていた。
『何ダ、ソレハ。ソノ炎、魔法トハ違ウ』
と、青毛のミノタウロスは動揺を滲ませた声音を漏らした。
「正解だ。よく分かったな。これは精霊魔法だ。俺の体には炎鬼が棲みついてるんだよ。昔から、何故か精霊に好かれる体質でな」
『炎鬼? 炎ノ最上位精霊ヲ宿シテイルダト?』
最上位精霊の一種である炎鬼――イフリートを宿し、その力を行使できる人間は稀な存在である。精霊魔法に秀でた天賦の才を持つ者でも、行使出来る者は限られている。大陸中を探しても五人といないだろう。
最上位精霊は神話の存在。つまり、悪魔と同等の力を持つ数少ない種であった。
自力だけで中級悪魔のミノタウロスを一撃で殺したドロロが最上位精霊『炎鬼』の力を行使すれば、まさに『鬼に金棒』である。
それを証明するかのように、彼は一瞬で青毛のミノタウロスとの距離を食い潰すと炎を纏った左腕を振り下ろした。
避ける間の無く、炎の拳による殴撃を頭部に受けた青毛のミノタウロスは爆発し、肢体が弾ける。
舞い散る炎の中で振り返ったドロロは残る赤毛のミノタウロスを睨む。
『――ッ!』
ミノタウロスは慄き、背筋が凍り付くのを感じていた。
寒さのせいではない。一帯を覆っていた氷など殆どが溶けている。人間の――ドロロの殺気に脅えているのだ。
炎と血を纏った彼の姿は、まさに『鬼』のようである。
――最上位精霊を体に宿している? ふさげるな。この人間そのものが『鬼』だ。
彼自身が『炎鬼』の如き存在に思える程、悍ましい魔力と気配を全身から放っている。
その恐ろしい気配を感じ、気圧された赤毛のミノタウロスは一歩も動くことが出来ず、全身が硬直していた。
悪魔は後悔する。人間の姿をした『鬼』に手を出してしまったことを。
人間に負けるはずが無いと信じていた。
しかし、戦っていたのが人間ではなく、『鬼』だったら話は違う。
『俺ガ負ケル? イイヤ、有リ得ナイ! 炎鬼ダロウト、俺ノ敵デハナイ!』
怯えていた体を奮い立たせるように拳を石畳の街道に叩き付け、轟音を響かせる。石畳は砕け、地割れが蜘蛛の巣のように広がった。
赤毛のミノタウロスは全身の筋骨を隆起させ、体躯が倍近く膨れ上がる。凶悪に怒らせた筋肉からは高熱が発生し、辺りに熱気が漂う。
その熱によって温められた大気は揺らぎ、赤毛のミノタウロスの体を陽炎が覆う。
『雑魚ガ調子ニ乗ルナ!』
赤毛のミノタウロスが先ほどの戦いで見せた力は本気では無かった。全力を開放し、振り被った右腕に全魔力を集中させ、一気に撃ち放つ。
その暴力に満ち溢れた一撃で都市の一帯が吹き飛ぶだろう。それほどの力と魔力が込められている拳を正面から受け止めることは自殺にも等しい。
しかし、ドロロは避けようとしない。
彼の淡い金色の瞳は迫り来るミノタウロスの巨拳を真っ直ぐに見詰めている。
ドロロは炎を纏った左腕を振り被る。
「なら、俺も少し本気を出してやる」
と、言うと左腕の炎が弾けるように膨れ上がり、炎の色が黒く染まっていく。
焼き尽くせ――『黒鬼』
黒炎を纏った左腕を撃ち出し、ドロロの拳と赤毛のミノタウロスの巨拳が衝突する。
ドロロの拳が触れると同時に、ミノタウロスの拳は弾け、黒炎が全身を呑み込む。
拳から放たれた暴風と共に黒炎は一帯を呑み込む。黒炎は全てを一瞬で焼き尽くし、肉片一つ残らず消滅させた。
黒き爆炎が燃え広がる中に立つ彼の名は――ドロロ。
そのおどろおどろしい姿と暴力を見た者は口を揃えて言った。
『悪鬼』
三百人を超える盗賊団の頭にして、その身に炎鬼を宿した男。
彼は人間の皮を被った『悪鬼』である。




