八話記憶の欠片
剣を握ったアルマは体の痛みなど忘れ、ただただ魔獣の元へと歩いていく。もう一度攻撃を喰らえば死んでしまう。そんな状況に陥っていても、死に対する恐怖は存在していなかった。
「グガァァァァァ」
魔獣が叫んだ。そして今にも、ユリとスズネに襲いかかろうとしている。さすがのユリでさえ腰を抜かして、魔獣に怯えている。スズネは動き出そうとしているが、脚が震え動けずにいた。
しかし、時間にすれば数秒の出来事がアルマには非常に遅く見えた。焦りなど感じずに、ただ憎しみだけを魔獣に向ける。
そして、アルマは目にも止まらない速さで魔獣の元へと駆ける。
魔獣の動きが止まる。何かに怯えるように、後ろを振り向く。獣の勘と言うべきなのか、背後に明らかな殺気を感じて。
「おい。魔獣。人間の恐ろしさを思い知れ!」
「グギャアアアア」
剣を魔獣の肩に一刺し。魔獣は痛みのあまりその場に倒れ込む。アルマは思う。
自分がしている事など、魔獣たちがしてきた事と大して変わらない。
だが、許せない。許せるわけがなかった。
俺から全てを奪った魔獣たちは、俺の手で。
別に英雄になりたいわけでも、世界を救いたいわけでもない。でも、俺にはもう魔獣を殺し続けることしか残されていない。
「フー……フー」
魔獣は肩を抑え、アルマを睨みつけていた。
何度も何度も見てきた憎悪に満ちた瞳。
アルマはそれを真っ向から受け止め。
「ごめん」
剣からの斬撃で魔獣を真っ二つに両断。血が飛び散り魔獣は死体と化してしまった。
真っ二つになっているのだから、当然動く気配はない。
しかし、魔獣の体が突然光出した。
不思議な声がアルマの頭の中に流れ込んでくる。
助けてくださり、ありがとうございました。
私はあなたたちの間で精霊と呼ばれている者です。闇の精霊に取り込まれてしまい、魔獣の体内に閉じこまれてしまっていました。
何かお礼がしたいのですが、私にはあなたたち人間と関わりすぎてはいけないという決まりがあるのです。
ですから、あなたの記憶についてだけ教えましょう。あなたの記憶は闇の精霊たちの悪戯により、この世界のどこかに散らばってしまっています。その場所を探し出していけば、あなたは全ての記憶を取り戻すことが出来るでしょう。
一方的に流れ込んできた声はその言葉を最後に途絶えた。おそらく魔獣から聞こえてきた声は精霊のものだったのだろう。
「散らばった記憶……」
呟いてから、ふとユリとスズネの事を思い出し、二人のもとへとアルマは駆ける。
「ユリ、スズネ大丈夫か!?」
「あなたあんなに強いなら、最初から本気出しなさいよ! 後、その……手を貸していただけると助かるのだけど……」
座ったまま、アルマからは視線をはずし、恥ずかしそうに手を差し出してくるユリ。どうやら腰を抜かしているため、自分では立てないようだ。すかさずアルマも手を差し出す。
その手をユリが握り、立ち上がる。
「ありがと」
「アルマ様! 申し訳ございません! 私何も出来ずに……」
スズネが頭を下げた後、悔しそうに俯く。
動き出せなかった自分の不甲斐なさが、とてつもなく悔しいのだろう。
そんなスズネを見つめて、アルマは笑顔で。
「気にしなくていいって。それより怪我とかしてないか?」
「は、はい……」
「あなたさっきまでとは雰囲気が変わったわね。言葉遣いも違うし、魔獣と戦うまではもっと弱々しかったのに、今はどこかたくましく見えるわ」
訝しんだ表情を浮かべ、じっとアルマを観察するユリは、すでに魔獣の恐怖からは解放されているようだった。お嬢様の割には、意外にも肝が据わっているように思える。
「ほんの少しだけ、過去のことを思い出したんだ。さっきまでの俺は何も出来なかった時の、それこそ記憶から消すべき俺の腐った性格ってやつかな」
「ふーん。まあ、あなたがどんなに変わろうとあなたはあなただものね。少しは過去の話にも興味はあるけれど……」
きっとユリは、アルマが変わってしまっても気にしないと言いたかったのだろうが、アルマには別の意味に聞こえていた。
どんなに変わろうとしても、過去の自分を変えることは出来ないという意味に。
「過去の話は後で話すよ。それより早く休みたいかな」
アルマの体に、ユリとスズネがアルマの体を見つめる。
「ボロボロね」
「ボロボロですね」
苦笑いで、アルマが返す。
すると、途端にアルマの視界が揺らいだ。
世界がどんどん闇に満ちていき、自分の体が地面に惹き付けられているような感覚を味わいながら、アルマは意識を失った。
「え!? ちょっと!」
「アルマ様!?」
ユリとスズネの二人が、アルマに駆け寄る姿があった。
眩く輝く天井の灯りに照らされ、アルマは目を覚ました。
起きてからすぐに辺りを見渡すと、アルマの寝ていたベッドに突っ伏して可愛らしい寝息を立てながら、眠っているリリスの姿。
「これはどういう状況だ? 洞窟で倒れたところまではなんとなく覚えてるんだけど……っつ……!!」
突然胸の部分に痛みを感じ、慌ててアルマは胸を抑える。
そして、その痛みの原因を瞬時に理解する。
「魔獣の一撃で受けた痛みが後から来たってことか……ん?」
胸や頭に違和感を覚え、頭を触ると包帯が巻いてあった。この状況から察するに。
「リリスが看病してくれてたって事なのかな? ということは、ここは宿屋か?」
壁や天井の造りは宿屋に来た時の、壁や天井にそっくりであった。アルマの想像通りなら、宿屋に間違いないだろう。
すると、突然部屋のドアが激しく開かれた。
「あら? 起きてたの?」
「良かったです! 怪我は大丈夫ですか?」
ユリとスズネが床を歩きながら、訊ねる。
いったい自分が眠っている間に、周囲はどのように過ごしていたのか、アルマは疑問に思いながら答える。
「おかげさまで特に問題は無いかな? 俺ってどれぐらい寝てた?」
「うーん三日ぐらいかしら?」
「三日!?」
驚きに、声を荒らげると近くで眠っていたリリスが飛び起きる。
「え!? え!?」
慌てて、周囲をきょろきょろと見てから、最後にアルマを見る。
そして、途端に顔が真っ赤になっていき。
「す、すみません! 私ったら眠ってしまって……その……寝言とか言ってなかったですか?」
その質問に、ユリが悪魔のような不敵な笑みを浮かべる。
あまりの、悪そうな顔にアルマはぞくりと体を震わせる。
「リリスったら、眠っている間凄ーくうるさかったわよ? なんだったかしら? アルマさんもっとこっちに来て一緒に寝ましょう! とか言ってたわね」
アルマは聞いてはいけないと思い、リリスから視線を逸らす。
リリスは顔を真っ赤に染めて、手をぶんぶんと振りながら叫ぶ。
「うわー! うわー! 聞きたくないです! 聞きたくないです! 私、どんな夢見てるんですか!?」
「アルマ様を運んできた際も、寝ているってことは襲ってもいいってことですか? って訊ねてきてこちらが恥ずかしくなりましたよ」
スズネがにこやかに微笑んで告げる。
「私そんな事言いましたっけ!?」
完全に遊ばれるリリスの表情を見て、アルマは失笑した。
すると、三人がアルマの方を振り向く。
「アルマさん。笑わないでくださいー」
「何を笑っているのよ。なんだか気に入らないわ」
「アルマ様?」
三人が、それぞれアルマに言葉を告げていく。
そんな様子を見て、アルマは笑顔で答えた。
「いや、なんだか俺にも帰る場所があったんだなって思って……」
その言葉に、三人は頭に疑問を浮かべていた。
帰る場所。魔物たちに奪われていった自分の帰るべき場所。
ふと、自分を育ててくれたあの人の事を思いながら、アルマは心の中で呟いた。
俺、この場所だけは失いたくありません。
だってここは、ストケシアの町は。
あなたの故郷だから。
自分に生きる道を示してくれた人。
自分に強くなるきっかけをくれた人。
アルマは、自分が初めて好きになった人の事を思い出していた。




