七話進むべき道
森の中にひっそりと、洞窟が存在していた。
中は闇に覆われていて、驚くほど静かなその洞窟はとても奇妙に感じられた。
若干の冷たい空気が流れ出てくることで奇妙さを増す。
「ここが、悪魔の洞窟……」
「そうよ。数年前まではただの洞窟だったのだけれど、いつからかここには魔獣が住み着いたとされているわ」
腕を組み、ユリが余裕の表情を浮かべて、そう述べた。
その後ろに怯えるように肩を縮めているメイド、スズネの姿もあった。
「その魔獣と精霊。なんの関係があるんですか?」
「精霊はなにも、良い精霊だけじゃないの。闇に満ちた精霊だっている。私達は、その闇の精霊が魔獣に力を与えていると踏んだわけよ。闇の精霊は他の精霊を取り込むの。だから精霊の声は恐らく闇に取り込まれた精霊達で間違いないわね」
説明を終え、ほっと一息つくユリ。
魔獣にも精霊が宿ると聞いて、そんな相手に勝てるのか不安になるアルマ。
「ユリさんは戦い慣れてたりするんですか? さっきからずいぶん余裕そうですけど……」
「戦いなんてしたことあるわけないでしょ? だからあなたに守らせてあげるわ」
当然のように言い放つユリにアルマは絶望を隠せずにいた。
微かな期待を込めて、スズネを見る。
すると、視線に気付いたのかスズネが笑顔でアルマの方を見て。
「大丈夫ですよ! ユリ様とアルマ様は私がお守りしますから!」
剣を抱くように持ち、脚を震えさせながらスズネは歩き、数歩歩いたところで転倒。
その様子を見て、アルマは大きく溜め息をついた。
「静かですね」
「そうね。モンスターがもっといると思っていたんだけれど……」
「魔獣のせいで他のモンスターも逃げちゃったんでしょうか?」
声と足音だけが響き渡る静かな洞窟を歩いていくアルマ達。
灯りを付けているとはいえ、暗闇で前が見えなくなってくる。
「暗いわね。これじゃ魔獣が出てきても戦えないじゃない」
「そうは言ってますけど、戦うのは僕なんですよね?」
「当たり前じゃない。私が興味あるのは精霊で魔獣なんて興味ないんだから。でも魔獣が出るとしたらそろそろね……」
真剣な眼差しで洞窟の奥を見つめるユリ。
すると微かだが、獣のような声が奥から聞こえてきた。
「魔獣でしょうか?」
「おそらくね。でもその前にちょっとアルマに聞いておきたいことがあるわ」
突然の言葉にアルマは目を丸める。
「なんですか?」
「あなた……記憶がないでしょ?」
ユリのその言葉に、アルマは目を見開く。
スズネも驚いたように、手で口を覆っている。
「どう……して」
戸惑いながらも声に出す。
「見てれば分かるわ。まず精霊を知らないなんてありえないでしょ。それにこれは確証をもって言えるわけではないのだけど……今のあなたは本当のあなたじゃない気がするわ」
アルマにとって過去の自分がどのような人間だったのか分からない。
今、ここにいるアルマは紛れもないアルマ本人なのだから。
過去でも未来でもそれは変わらないものだと言える。
「そうですよ。僕は記憶がありません。町から追い出されるのが怖くてずっと黙ってたんです……」
「そう。町から追い出すなんて酷いこと誰もしないわよ。ただ私は今のあなたも嫌いではないけれど、過去のあなたも知りたい……そう思っただけよ」
顔を背け、歩き出すユリ。
そんなユリの背中をアルマ達は追いかけた。
「灯り?」
少し進むと、目線の先には眩い光が見えた。
その先は広間のようになっている。
そして、そこには。
「灯りだけじゃなくているわね。あらあら大きいこと」
「あれが……魔獣ですか……」
「二人ともここにいてください。この先は僕一人で行きます」
あらかじめ、スズネに預かっていた剣を構えアルマはすたすたと歩き出す。
ユリとスズネはその様子をじっと眺めていた。
魔獣の恐ろしさに、全身が小刻みに震えている。
それでも、立ち向かわなければならないと心に決めて前へ前へと進む。
「グゴォォォォォォ」
魔獣の前にアルマが立つと、魔獣が叫び声を上げた。
猿のような顔に獣のような剛毛な毛。
そして洞窟の天井に達してしまいそうな巨体が腕を大きく振り上げアルマに攻撃してきた。
「っく……」
ギリギリで回避しつつ、アルマも魔獣の腕を目掛けて剣を振りかざす。
「これでもくらえっ!」
剣が魔獣の腕に突き刺さり、魔獣は声を荒らげる。
「ぐがぁぁ」
「よし! ダメージを与えたわ! なによ、あの魔獣そんなに強くないじゃない」
「アルマ様がそれ以上に強かったということでしょうか?」
離れた場所で、傍観していたユリとスズネが魔獣とアルマの戦いを見て、疑問を抱く。
そんな二人とは違い、先の一撃で怒りを覚えた魔獣がアルマに攻撃を仕掛けていた。
何かを考える暇もなく、アルマはただただ攻撃を受け止める。
「このままじゃダメだ。もっと強い一撃を相手に与えないと」
剣を大きく振りかぶった瞬間。
魔獣から声が聞こえた。
助けて。
「え?」
一瞬動きを止め、魔獣の方を見る。
すると、魔獣に変わった様子はなく殴りかかってきていた。
ダメだ。間に合わない。
「うっ……」
腹部に魔獣の一撃が直撃。
アルマは盛大に吹っ飛ばされる。
洞窟の壁に思いっきり体をぶつけて、倒れ込む。
「嘘……でしょ?」
「そんな……さっきまで勝っていたのにどうして……」
ユリとスズネが驚きの声を上げる。
しかし、それが悲劇を生んだ。
声に気付いた魔獣がユリ達の方にゆっくりと歩いていく。
「ユリ様。こっちに来ます! 逃げてください」
「何言ってるのよ! あなたが逃げなさい。私はアルマを置いてはいけない……」
急に絶望に追いやられたユリ達は焦りを隠せず、その場から動けないでいた。
そんな時アルマは。
たった一撃でこの威力。
血が止まらない。このまま僕は死ぬのかな?
だんだん体が温かくなってきた。
目の前の女の子達すら守れずに。
でも、なんだろう。こんなことは初めてじゃない気がする。
前にもこんなことがあったような。
どうしたんですか?アルマくん。
立ってください。
いつも聞こえる声とは違った声が聞こえた。
その声は、優しさだけでなく懐かしさをアルマに感じさせるものだった。
そうだ。少しだけ思い出した。
自分がやるべき事を。
僕は、いや俺は。
この世界の悪を潰さなければならない。
アルマは自分が怪我をしている事など忘れ、大きく立ち上がった。
大幅改稿しました。
ご迷惑をお掛けします!




