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スピリッツメモリーズ  作者: 神里真弥
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九話アルマの過去 一

アルマには、幼い頃命を落としそうになった経験があった。小さな村で親の畑仕事を手伝いながら、アルマは過ごしていた。

幼くして、遊ぶことよりも働くことの方が多かったが、その村ではそれが当然だった。

町の子どもたちが遊んでいるのを見て、羨ましいと思うことはあっても、自分の境遇を恨むことはなかった。

とても裕福とは言えなかったが、それでもアルマにとって親と畑仕事をして過ごす時間は宝物のようだった。

夕食の時間になり、アルマは食卓に置かれたスープを見て、感嘆の声を上げる。


「お母さんが作ってくれたスープだ! 僕、お母さんが作ってくれるスープ大好き!」


子どもらしく母親の手料理に目を輝かせるアルマ。母親は優しい笑顔をアルマに向けて。


「アルマがお仕事を頑張ってくれたからご褒美よ」


「それなら僕もっとお仕事頑張るよ!」


「ありがとうね」


アルマの頭を優しく母親は撫でる。柔らかくて、温かい母親の手の感触がアルマには少し擽ったかった。


「若い者が頑張ってくれると親としては助かるな! でもあんまり無理するんじゃないぞ? 」


大笑いしながら、父親が言った。

少し太った父親の体付きはまさに一家の大黒柱に相応しかった。


「うん! お父さんみたいな逞しい男になれるように頑張るよ!」


「こいつ、言ったなー?」


太くて、力強い手で父親がアルマの頭をガシガシと撫でつける。

しかし、そこには確かな優しさがあった。

大きな手には、父親の愛が詰まっていた。


「二人とも、早く食べないとスープ冷めちゃうわよ?」


いつの間にか、席についてスープを食していた母親が告げる。

アルマたちは慌てて、スープを食べ始める。

いつもと変わらない家族風景。幼い頃のアルマはこの時間が永遠に続くものだと信じていた。



「お母さん、おやすみなさい」


「うん、おやすみ。アルマ」


ベッドに横になったアルマは母親に手を握られ、今にも眠りにつこうとしていた。

温かい手の感触がアルマを安眠へと持っていく。どんなに恐ろしい夢を見たとしても、自分には母親がいるのだから大丈夫なのだと言い聞かせる。そして、静かに眠りについた。



夢を見た。

自分が泣き叫びながら、誰もいない道を歩き続けている。

どうして、自分は泣いているのだろう。

すると、得体の知れない黒い影が迫ってきた。

必死に逃げる。腕を振り、脚を動かす。

怖いよ、お母さん。ふとアルマは思い出す。

そうだ。自分には母親が付いているのだ。

どんなに怖い夢だろうと、何が現れようと、ずっとお母さんが手を握っていてくれる。


しかし、手に確かに感じていた温かい感触がなかった。

どうして?お母さん?

得体の知れない影がアルマを捕らえる。

嫌だ。お母さん。お母さん。


「お母さん!」


あまりの恐怖に体を起こすアルマ。

目を覚ましてから、本当にただの夢だったのだと、安堵の息を吐き出す。

けれど、握っていてくれるはずの母親の手はアルマの手を握っていてくれてはいなかった。


「魔物だー!!!!」


突然の叫び声に体を震わせるアルマ。

怖くなり、母親を探しに一階への道を進む。

辺りはどんどん騒がしくなり、人の叫び声がアルマの頭に響いてきて、咄嗟に耳を塞ぐが声が消えてくれない。


「アルマ!」


父親と母親は一階にいたらしく、アルマに気付いた母親に抱きしめられる。


「お母さん、僕怖い夢を見たんだ……」


「アルマ、ごめんね。夢の話は後でしましょう? 今はとにかく逃げるの」


母親の表情にはいつもの優しげな表情が少し欠落していた。

必死にアルマを見つめている。


「どうして?」


「母さん、俺は魔物と戦わなければならない。二人で逃げてくれ」


「嫌です。三人で逃げましょう」


壁に飾られていた剣を取り、父親はアルマの方に歩いてくる。

そして、アルマの前に立つと目線の高さぐらいまでしゃがみ込む。


「アルマ。お前には今の状況が分からないかもしれない。でもお前は男だ! 大切な人を守らなければいけない時が沢山ある。だから母さんを守ってやってくれ! 父さんも後で追いつくから。母さんの事……頼んだぞ」


アルマの返答は聞かず、父親は走り去っていってしまった。

父親の逞しい背中が、妙に悲しげに見えた。

アルマにはよく分からなかったけれど、母親を守らなければいけないと思った。


「あなた! お願い……戻ってきて!」


泣き叫ぶ母親の裾を掴み、アルマは怯えながら、口を開く。


「お母さん、僕が守るよ」


母親が目を見開く。

幼い子供の真剣な眼差しを見たのだ。

父と交わした約束を子供が守ろうとしている。

それなのに、母親である自分が覚悟を決めないでどうする、と心の中で思う。

いつもの優しげな表情が母親に戻り、アルマは安心する。


「アルマ、ありがとね。一緒に逃げましょう?」


「うん!」


最初は幼いアルマには、現状が理解できなかった。だが、父親と母親の覚悟を見て、幼いアルマにも感じるものがあった。

そして、逃げるということが父親の言う母親を守るということなのだということも理解した。


「はぁはぁ……」


母親に手を握られ、ひたすらに走る。

村から出て、森の方へと。すでに村は業火の渦に呑まれていた。

あれが、今まで自分が暮らしてきた村とはとても信じられなかった。

父親の事が心配ではあったが、アルマは前へ前へと走り続けた。


「う……」


突然、母親が肩を抑え、倒れ込んだ。

見ると、肩には矢が刺さっており血が滲んでいく。


「お母さん? ねぇお母さん?」


「グルルルル」


母親を心配するアルマに近づく影。

人型の体に獣のような毛皮と豚のような鼻を持つ魔物。オークだ。

オークには知性があり、人の武器や物を奪って使う習性がある。

武器も持っていないアルマには到底太刀打ちできない相手。


「来るな……お母さんは僕が守るんだ」


腰を抜かして、座ったまま後ずさるアルマ。

逃げてはいけないと分かっていても、脚が震えて前に進めない。


「グルルルル」


オークが笑い、弓を構える。

標的はアルマだった。きっと弓が当たれば痛い。痛いのは嫌だ。怖い。

咄嗟に目を瞑る。


「ギシャァァ」


オークの声が聞こえ、バタッと音がした。

それから、いつまで経っても弓がアルマに当たることはなかった。

恐る恐る目を開ける。

すると、眼前に立っていたのはオークではなく一人の女性だった。


「怪我はありませんか?」


剣を鞘に納め、鎧を着た女性がアルマへと駆け寄ってくる。

この女性こそがアルマの初恋の人であった。








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