【第1話】ヒキニート翔太
「しょーた兄ぃー?いるよねー?」
ある日の昼下がり。
ワンルームマンションの一室に、若い女性の声が響く。
「んだよ、うるせーな、こっちゃ寝てんだよ……」
布団にくるまりながら、『翔太』と呼ばれた男は声を上げる。
男といっても、年はまだ22歳くらい。若い女性も、19歳くらいだろう。
「寝てるって……もう1時過ぎだけど……」
「んん?あ、もうそんな時間か」
目をこすりながら翔太は起き上がる。
「はぁ……。いい加減職安でもいいから行きなよ……。一応大学は出てるでしょ?」
「やだ」
翔太は、ニートだった。
世に言う、高学歴ニートと言う奴である。
ため息をつきながら、女性は部屋を見回す。
「ったく……食器も洗ってないし……。まぁいいや、私がやるよ……」
「おぉ、サンキュー、由佳」
由佳は台所へ向かおうとしたが、「あっ」と何かに気づいた様に声を上げ、戻ってきた。
「そういえばこれ。渡そうと思ってたんだ」
「ん?なにこれ」
翔太は由佳から綺麗に包装された箱を受け取った。
「開けていいか?」
「どーぞどーぞ」
早速包装紙を剥がしてみると……。
「えっ!?は!?え!?これ……!!」
「そ、Phantoms・On-line。どうせ買えてないんでしょ?」
ファントムズ・オンラインとはつい最近──1週間ほど前だったか。発売したばかりのゲームである。翔太は、同窓会だのライブイベントだのコミケだの諸々が立て込んでおり、予約する暇が無かったのだ。
「ほんとにこんなの貰っていいのかよ?誕生日でもあるまいし」
「いいよ。私の分もちゃんとあるし」
「ふぁっ!?いつ予約しにいったんだよ……」
「いつだったかな?忘れたけど」
「まぁとにかくサンキュー。いくらだった?」
翔太は値段を聞く。ニートとは言え、さすがに金を返さないのは気がひける。
「え?いいよ別に。無職でしょ?低賃金の私より酷いでしょ?」
「まぁ高卒だもんな」
翔太がそう言った瞬間、由佳は翔太に飛びかかり、絞め技をかける。
「いだいいだだだだだだ!!」
「ご・め・ん・な・さ・い、は?」
翔太の首を絞める由佳は、笑顔で青筋を浮かび上がらせている。
「ごめんなさいごめんなさいっ!!」
由佳はようやく翔太を解放する。
「はぁー……死ぬかと思った」
「全く……ていうかそろそろ仕送り生活辞めなよ」
「やだ」
由佳は再びため息をつくと、台所へ向かう。
そしてそのまま水に浸けられただけの食器を洗い始めた。
(ハイ、ツンデレいただきましたー)
などという言葉が口から飛び出かけ、翔太は慌てて飲み込む。うっかり口走ろうものなら、殺人事件若しくは殺人未遂事件が起きかねない。
(もはやヤンデレだぜ……。子供の頃のお兄ちゃんっ子の由佳はどこ行ったんだよ……)
翔太は心の中でそっと呟く。
「なんか言った?」
「いえ何も」
(こえーこえー)
いつのまにか皿洗いも終わっていて、他の家事も、由佳がほとんど終わらせていた。
「じゃ、私帰るね。あ、私が入ってるギルドのID。翔太兄にもこれ渡すっていったらみんな翔太兄に興味持っちゃってさ」
由佳は苦笑しながら一枚の紙切れを手渡す。
そこには8桁ほどの数字が書かれていた。
「おう、サンキュー」
「じゃねー」
「じゃあなー」
由佳が帰ると、翔太は早速ディスクを据え置き型ハードに入れ、起動。
VRのゴーグルを装着する。これでこの前超怖いホラゲーをやったばかりで、翔太はあまり快く思っていない。ちなみにその時、恐怖のあまり、ゴーグルを投げ飛ばしている。
少し待つと、映像が始まった。が、翔太は真顔でボタン連打し、スキップ。
大仰なタイトル画面でボタンを押すと、『NEWGAME』、『CONTENEW』、『OPTION』という3つの選択肢が表示された。当然ながら、『CONTENEW』はグレーで表示されており、選択することができない。
翔太は迷う事なく『NEWGAME』を選択し、名前の入力を始めた。
「まぁ……『ショウタ』でいいか」
名前を入力したら、次はアバターメイキングだ。
「へぇ、性別は始めから決まってんだな」
このゲームは本体に登録されたアカウントの性別がそのままゲームに反映されるらしい。なるほど、これなら確かに異性になりすまして近づく、という犯罪は防げる。
アカウントから詐欺っていれば話は別だが。
「よし、できた!……結局俺そっくりだな」
まぁいいか、と呟きつつ、決定。
すると、注意事項が表示された。
『長時間画面を見続けないように』などのゲームによく見る注意事項のほかに、見慣れない表示もあった。
『オーバーキルされないように。その分だけ、現実世界から体力が引かれます』
「……どういう事だ?」
翔太が不審に思っていると、ゲームが始まった。
はい、ヒキニートが主人公です。
僕が書く主人公にオールマイティなやついないよね。




