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嘘に沈む彼女

作者: 漣 沙波

久しぶりの更新、短編です


「よぉ、待たせたな」

「別に」

部活を終えて教室へ行くと、そこには彼女だけがいた。

教室の隅、後ろから2番目の窓際の定位置で、今日も俺が迎えに来るのを本を読みながら待っていたようだ。

「なぁ、何読んでんの?」

「...“いつものやつ”」

「はいダウト。珍しいな、お前が推理もの以外に興味もつなんて。...どれどれ」

タイトルを見ようと手を伸ばすとそれはひょいとかわされて、同時に深い深い溜息をつかれる。

「何だよ、見せろよ」

「関係ないでしょ」

彼女はそう言うと、本を鞄に入れて立ち上がる。

「さっさと帰るわよ」

返事も待たずに教室を出ていく背中を、俺は慌てて追いかけた。

「ちょっと待てって」

隣に並ぶと彼女の冷ややかな視線が俺を捉える。まるで遅いとでも言いたげな瞳に俺は肩を竦めて見せた。

「帰りどっか寄ってくか?」

「無理。...“今日用事あるから”」

「ダウト。何だ暇なんじゃん。嫌だった?」

顔を覗き込もうとすると歩調を上げられてしまったので、仕方なく自分も歩幅を大きくしてついていく。その間なーなーとしつこく理由を尋ねていると、彼女は右足をダンと踏み出し勢いよく振り返って言った。

「えぇ嫌よ、本当に。...アンタのその、無駄な力がね」

だんだんと小さくなる声には、確かに半分の苛立ちと半分の諦めが含まれていた。

「よく言うよ。自分だって“ウソツキ”のくせに」

俺はからかうように言い返す。それをなんとも言えない表情で聞き流して、 彼女は再び歩き始めた。



‥俺たちにはある秘密があった。信じ難い、けれど本当の話。

彼女は奇妙で奇怪な“ウソツキ”の持ち主。

そして俺はそのウソがわかる希少で希有なちょっとした“超能力”の持ち主だった。


* * *


件の彼女、清水明はクラスから孤立していた。

理由は単純。進級早々に自ら「私はウソツキ」宣言をしてみせたからだ。

今思えばそれはただの予防線だったのだろうが、事情を知らないクラスメイトにとってはコイツとは関わらないと切り捨てる、充分過ぎる出来事だった。

かく言う俺もその1人で、彼女のことは不思議なヤツと位置づけて、遠巻きにぼんやりと眺めているだけだった。


だから、あの日は偶然が重なったに過ぎないのだろう。

その日俺は宿題を忘れたせいで居残りをさせられていた。一方彼女は習慣なのだろうか、窓際の自席で本を読んでいる。加えて教室には2人だけ。

清水明に話しかけるには、絶好のチャンスだった。

俺は彼女を遠巻きにはしていたものの、決して興味が無いわけではなく、むしろその逆、聞いてみたいことはそれなりにあったのだ。

とはいえいきなり質問するのも不躾なので、俺は世間話から始めることにした。

「なぁ、何読んでるんだ?」

「...」

無視。少々傷つく。

「おーい、清水。清水さーん?...明、」

「っ、何?」

名前を強めに呼ぶと、彼女はびくりと肩を揺らしてようやく顔を上げた。

「本、何読んでるか聞いてもいいか?」

「...誰だか知らないけど、本当に聞きたいことはそんなんじゃないでしょ、どうせ。まどろっこしいのは嫌いだから、用件だけ手短にどうぞ」

彼女は本を閉じると、面倒そうに頬杖をつく。

どうやら少しずつ距離を縮める作戦は失敗したらしい。

「えっと、じゃあ正直に聞くわ。お前は、何で嘘を吐くんだ?」


純粋な疑問だった。

だって嘘を吐くのが好きなだけなら、わざわざ他人に「私はウソツキ」だと教える必要は無い。それなら猫を被って他人を見下してる人間のほうが余程の嘘吐きだ。

その点から見れば、彼女は誰より正直者であると、そう思わずにはいられなかった。

「...みんなそろいもそろって暇人なの?アンタで三人目よ、その質問」

「じゃあ答えはあるんだろ?教えてくれよ」

俺は彼女の目を見る。でも彼女の目は、窓の外の、どこか遠くを見つめていた。

「“そういう趣味なの、悪い?”」

彼女の声は、ひどく淡白だった。無機質で抑揚のない、何かを諦めたような声。

この声を聞いた時、俺は不思議な感覚を味わった。世界が一瞬陽炎のように歪んで、同時に針のような痛みが俺を突き抜ける。

その痛みが俺に告げていた。彼女のその言葉こそ、“ウソ”なのだと。

だから俺は反射的に答えていた。

「本当は?」

「何?」

「本当は、何か違う理由があるんじゃないのか?」

俺は窓に映った彼女の顔を見つめる。彼女はまだ、目線を外さない。

「...別に“今の言葉に嘘はないけど”」

ちくり、と2回目の痛みを感じた。

なんだかよくわからないが、どうやらこの痛みは彼女の嘘に反応しているようだった。

「それも嘘だろ、人に言えない事情でもあんのか?」

一拍置いて、彼女がこちらを見た。とても驚いた顔をしていた。なんで、どうして。そういう顔をしていた。

「言えないなら無理強いはしないけど。でも俺にはお前の嘘がわかるみたいだからな、これ以上試しても無駄だぞ」

「私のウソがわかるっていうの?そんな、エスパーじゃあるまいし」

彼女が乾いた声で聞いてくる。それは半ば自分に言い聞かせているようでもあった。

「よくわかんねぇけど、わかるもんはわかるんだ。もう俺には嘘吐くなよ」

それだけ伝えると、俺はまだ半分ほどしか終わっていないペナルティのプリントをファイルに詰め込んで、鞄を背負う。

きっとこれ以上詰め寄っても、彼女は本心を言おうとはしないだろう。

じゃあまた。手を振って帰ろうとすると、彼女は俺を呼び止めた。

「待って、......名前、教えて」

「伊東理人だよ。またな、清水明」


* * *


それから俺は休み時間になると、清水に絡むようになった。

清水には邪魔だと何度も睨まれたし、周りから心配されることもあったが、臆することなく話しかけ続けた。

その甲斐あってか、俺は彼女について知っていることが増えた。

まず読んでいるのは殆どがミステリー小説だということ。曰く、犯人の嘘を見破るのが楽しいんだとか。

よく聴く音楽はクラシックで、小学生のときからヴァイオリンを習っているらしい。

得意科目は数学と物理。ただし苦手科目は無いため成績は優秀...などなど。

彼女は知れば知るほど欠点のない人間で、俺との共通点はほとんどなかった。

だからこそ、彼女が嘘吐きだという事実が時折信じられなくもあった。


そんな時だった。たまたま時間帯が重なって、俺と清水は一緒に帰ることになった。

その日は珍しく清水の歯切れが悪く、会話もあまり続かなかった。

何か言いたいことがあるんだろうと思って、俺は静かに待っていた。

共通点の少ない俺たちだったが、通学方法はお互い歩きだった。薄紫の空の下で、二人分の足音が響く。

二人が別れる前の、最後の交差点で、ようやく清水が口を開いた。

「あのさ、そろそろちゃんと言おうと思って、…私がウソをつく理由」

俺は黙ってうなずく。

「私ね、信じて貰えないかもしれないけど、“嘘憑き”っていう病気なんだ」

「嘘憑き?」

耳慣れない言葉を、俺は口に出して反蒭する。

俺の中でウソツキは嘘吐きで、それ以外の意味を持つウソツキなんてものは知らなかった。

「私自身、全部理解してるわけじゃないんだけど。自分の意思に関係なくウソを吐いてしまう病気。それが、嘘憑き」

清水はいつもと何ら変わりない口調で話す。

俺は黙っていた。

それは多分、受け入れられないからじゃなくて、彼女がその事実をどんな気持ちで話しているのかが分かってしまったから。

今までその病気のせいでいろんなことがあって、我慢して、乗り越えようとして、でも上手くいかなくて。

そうして疲れきった彼女はもう、全てを諦めているのだと理解してしまったから。

彼女の声の無機質さは、きっとこのことに帰結していた。

あの「私はウソツキ」宣言は、俺達が彼女を切り捨てたのではなく、彼女が俺たちを切り離すために放った一言だったのだと、今更気がついた。

清水の中に悲しみは残っていなくて、慰めなんてものは見当違いにも程があった。

かけるべき言葉が見つからず、唇を噛み締める。俺は悔しかった。


だというのに、それに反して清水の横顔は息を呑むほど美しかった。静かに微笑む彼女の顔は、冷酷なまでに洗練されていた。

彼女は今、何を言われても耐えられるよう笑っている。

普段だって滅多に笑わないくせに、ウソの仮面をつけてまで、笑っている。

俺は、何を言うのが正解なのか、まだ悩んでいた。

「発症したのは小学生の頃だったかな。普通に友達と喋ってたんだけど。口から自分が言いたいことと反対のことがでてくるの。だから、気づいた時にはもう、周りには誰もいなかった」

笑っちゃうでしょ、という呟きに、辛うじて「笑えないよ」と返事をした。

「それからはもう、どうでも良くなっちゃって。人と距離をおいた。こんなこと話すのもアンタが初めてだよ」

「そうなのか」

「そうだよ。...やっぱり、信じられない?」


きっとその時、真横で車が、あるいは子供が通り過ぎていたら気づかなかった。

きっとその時、派手な広告や食べ物の匂いで他の五感が奪われていたら気づかなかった。

それぐらい小さな変化で、ほんの一瞬、清水の声は震えていた。


俺は馬鹿だった。

どうして清水が己の秘密を話してくれたのか、その意味をわかっていなかった。

よく考えれば単純なことなのに、俺はそれを見逃そうとしていた。

つまり、清水は期待してしまったのだ。唯一、自分のウソを正してくれる俺に。

でも、既に何もかもを諦めた自分には手が届かないものだと思い込んで、全てを終わらせるために真実を話したのだ。

俺も馬鹿だが、清水も大概馬鹿なやつだ。

彼女は今、手放さなくても良いものを手放そうとしている。

だったら俺が言うべきことは一つだけだ。悩む必要はない。


「信じるよ。だから、お前も諦めないでくれ」

「え...?」

予想外の答えに、清水は固まってしまったようだった。

「お前が過去に手放してきたものなら、俺が全部拾ってくるから。泣きたい時に泣けて、笑いたい時に笑えて、怒りたい時に怒れる、そんな当たり前の感情も残らず集めてくるから、だから。自分の未来まで、諦めないでくれ」

最後の言葉は懇願にも近かった。心の底から、俺は彼女に諦めて欲しくないと思っていた。

だが彼女にとって、それが一番つらいことだというのもわかっていた。

それまで1メートルほどあった間隔を詰めて、清水は俺の制服を握りしめる。

それは清水が初めて見せた、むき出しの感情。激しい激昂だった。

「ふざけないでよ、それができたら今頃...!“だいたい、私には理解者なんて必要ない!”」

刹那、歪む視界と突き刺さる痛み。

思わずそらしそうになる視線を清水に向けたまま、ゆっくりと手を下ろさせる。

この痛みが指し示す意味は、明白だった。

清水は俺がウソに気づいたことに気づいたはずだが、喋ろうとする気配がない。

いたたまれなくなった俺は、咳払いをして仕方なく口を開く。

「えーと、じゃあとりあえず理解者第一号から初めてのプレゼントを。と言っても何も持ってないから...あ、そうだ、俺は?『理解者』兼『友達』第一号、みたいな。だめ?」

「...アンタ、馬鹿じゃないの」

「すまん」

「でも、別に良い。だって楽しませてくれるんでしょ、理人」

清水がイタズラっぽく笑ってみせた。俺は短くおう、と言った。

清水が初めて名前を呼んでくれたことが、何だか嬉しかったのをよく覚えている。



とまぁ、そんなこんなで、俺達は今に至るのであった。


* * *


帰り道、俺は気になって何度も本のタイトルを聞いたが、全て「関係ない」で通されてしまった。無論人にはプライバシーというのがあるから、普段の俺なら適当なところで手を引いて大人しくしていただろう。

だが今回は違う。例の痛みが「関係ない」という言葉に反応していたのだ。

つまり、その本は俺に関係があるということになる。

これが気にならずにいられるだろうか、いやいられない。


というわけで次の日、俺は清水が席を立ったタイミングを見計らって、こっそり本の中身を確認した。...のだが、

「れ、恋愛小説...?」

俺は棍棒で殴られたような気分になった。

その本は、今映画化されて話題になっている、女子御用達の小説だったのだ。

どういう心境の変化なのだろうか。

もんもんと考えているうちに下校時刻になったらしく、俺は教室で待つ彼女の元へ向かった。


扉を開けると、やはり彼女はあの本を読みながら待ってくれていた。

どんな内容かは知らないが、女子に人気があるくらいだ。それなりに甘い成分で構成されているに違いない。しかし、それを清水は何やら難しい顔をしながら読んでいた。

「おーい、迎えにきたぞ」

声をかけると、彼女は素早く片付けを終えて俺の隣に並ぶ。

しばらくそのままとりとめもない話をして歩いていたが、俺はついに決意を固めた。

「なぁ、今お前が読んでる本ってさ」

「またその話?何度も言ってるけど別にアンタには...」

「どうしていきなり恋愛ものなんだ?」

俺は誤魔化さず、正直に尋ねた。彼女はまどろっこしいことが嫌いだ。

彼女の眉間にシワがよる。

「アンタ、勝手に中身見たの?」

「すまん、気になって」

「最低」

「返す言葉もない」

清水の辛辣な言葉に、俺は頭を垂れる。

だが彼女はあまり怒る気がないらしく、1度ため息をついてから覚悟を決めたように、ゆっくりと話し出した。

「アンタ、好きな人いるの?」

「はい?」

あまりに唐突で斜め上からの質問に、思わず素っ頓狂な声がでる。

清水は多少改善されたとはいえ、他人にあまり興味を示さない。

だからこそ自分から、それも恋愛関係の話を振ってくるなんて驚き以外の何物でもなかったのだ。

「どうしたんだよ、急に。まさか好きなやつでも出来たわけ?」

冗談めかして、言ってみる。

「...別に何だっていいでしょう」

痛みは反応しなかった。上手くはぐらかされてしまったようだ。

「で、どうなの。いるの?いないの?」

どうやら彼女にとっては重要な質問らしく、俺は素直に答えることにした。

「まあ一応な。これでも思春期なんで」

この時期に想い人がいることくらい、結構普通じゃないかと思うのだが、意外にも清水には衝撃的な事実だったようだ。

ポーカーフェイスを気取ってはいるが、明らかに動揺していて、珍しく独り言を呟きながらうんうんと頷いている。

そしてひとしきり頭の中で議論が終わり、考えがまとまったのか、清水は口を開いた。


「伊東くん、やっぱりアナタは私と一緒にいない方が良い」


...今日はひどく、清水に驚かされる日だと思った。

そう、ぼんやりと思ってしまうくらいには、現実のものだと認識するのに時間がかかった。

痛みが反応しなかったのも、何かの間違いだと思いたかった。

そうでなければ、それは彼女自身の言葉が本心ということになってしまう。

「急にどうしたんだよ」

「どうもこうもない。“そのほうがいいって思ったから”」

いつもより鋭い痛みが俺を貫く。

「嘘だ。なぁ、俺初めに言ったよな?俺には嘘が通用しないって。本当のこと言ってくれよ、頼む」

俺は清水に頭を下げる。

だが彼女はその真意を話すべきか、話さないべきか迷っているようだった。

「清水は、俺がいない方がいいのか?」

「そんなわけっ...ない、けど」

「じゃあ何で?」

誰かに拒絶されると、こんなにも胸が苦しいのか。

それとも相手が清水だから、こんなに辛いのか。

「何か理由があるんだろ?」

俺は多分、ここで一歩引いて、「あぁ、わかった」と言う道もあったのだろうなと思う。

けれどそれがどれだけ安全で楽な道であろうとも、選ぶことは絶対にない。

これまで何度も相手に拒絶されてきた清水を、今更独りにすることは、俺にはできない。

彼女の手を、俺は放せない。


俺は静かに清水の言葉を待つ。

話してくれると、信じて待つ。


「...私ね、聞いたんだ。クラスの子が話してるのを。伊東くん、格好良いよねって」

「ん?」

なんだか脈絡のない話だ。これが一体どう関係するというのか。

というかクラス内にそんな生徒がいることに、まず驚く。

「それで告白すればって話になってたんだけど、清水さんがいるからそれは無理って。でも私たちって別に付き合ってるわけじゃないでしょ?だから私のせいでこれ以上アナタの時間は無駄にしたくないから......」

「おい、ちょっと待ってくれ」

つまり、要約すると

「俺が恋愛出来ないのは、俺がお前と居すぎるせいだって言いたいのか?」

清水は気まずそうに頷く。

それを見て、俺は吹き出さずにはいられなかった。

「何で笑うのよ」

「だって、おかしいだろ。そんな、ははは!」

「く、クラスの人たちが言ってたのよ!伊東は最近清水とばっかいるよなって、話しかけづらくなったって。女の子たちももっと喋りたいのに残念って言ってたの!」

清水は必死になって俺にまくし立てる。だが俺はそれすら笑って受け流した。

清水はこんなくだらない事に悩んで、恋愛小説を読んでいたのか。

「俺にはそういうの、関係ないよ」

「...でも、好きな人はいるんでしょ?」

だったらやっぱり。清水は目を伏せて悲しげな顔をする。


俺はふと、清水が初めて“嘘憑き”について話してくれたときのことを思い出した。

あの時も彼女は、手放さなくても良いものを手放そうとしていた。

そして今もまた、同じことをしようとしている。

俺は清水を馬鹿なヤツだと思った。


だから、そんな馬鹿を好きな俺も大概馬鹿なヤツだと思った。


「俺が好きなのは清水明、お前だよ」

「は?」

今度は清水が素っ頓狂な声を上げる番だった。

やはり俺は自分が驚かされるより、清水を驚かせる方が性に合っているようだ。

「アンタ、何言ってんの?」

「そのままの意味だよ。」

俺はずっとずっと初めから清水のことが気になっていた。

じゃなかったらわざわざ話しかけたりしないし、もっと知りたいなんて思わないし、ましてや理解者兼友達をやろうなんて考えたりしない。

自覚したのは最近だったが、別段悩むもなく、あぁそうか。とすんなり納得することができた。

「ねぇ、私“嘘憑き”なんだよ、ひどいヤツなんだよ、わかってる?」

「わかってるさ。でも俺にはその嘘を見破る力がある。何も問題はないだろう?」

「問題、あるよ。だって、こんなに面倒なんだ。本当は。アンタもそんな力ない方が...」

「俺はこの力に感謝してるよ。これがあったから、俺は清水と友達になれた。無くなったら困る」

「アンタ、いみ、わかんないよ...」

清水はずっと鼻をすすっていた。俯く彼女がどんな顔をしているかなんて、見なくてもわかった。

「意味は簡単さ。ただ、好きなんだ」

彼女の小さな嗚咽の中に、少しだけ笑い声が混じった気がした。


「なぁ、一つお願いしてもいいか?」

「なに?」

清水が顔を上げる。涙でぐちゃぐちゃの顔を隠しもせずに俺に見せる。

「俺のこと、名前で呼んでくれるか?」

清水の目を見る。その目も、俺を捉えている。

清水が言った。


「“やなこった!”」


だが、口から出た言葉とは裏腹に、清水は笑っていた。

泣きながら、笑っていた。

ちくり、と針の痛みが俺の胸に刺さる。

それはウソツキの彼女の、本当の笑顔だった。

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