『tri fhicheadの歌』
虹色石を手に載せると、周りを囲む人たちは、真剣な、疑うような、種々様々な視線で見つめる。
硬直した観衆の中、最初に発言したのはガンゴンさんだった。
「おいおい……」
それで言葉が止まったから、私は首を傾げて、トキが代わりにちゃかす。
「なんだよガンゴン、もっと喋ろうぜ?すげえだろ!すげーよなあ?!」
「おお!すげーな、すげえが、考えさせろ。どんな手品だ?」
そう言ったガンゴンさんの表情は強張っていて、私は答えなきゃいけないかなって思って説明をする。
「えっとね、大時計の虹色石をね」
「黙れっ!!ってんだろが!考えさせろ!集まってる奴らもだ!黙りやがれ!!」
「わ……」
怒鳴んなくてもいいのに。
「おい何怒ってんだよガンゴン、明るく行こうぜ」
「悪ィ」
ガンゴンさんは帽子を深くかぶり、赤ら顔を無理やり見えなくする。
そして、指を一本立てて、私たちに向かい三回振る。
「俺の認識だが、3つう数字は神聖なる数字だ。根拠は何もねえが、伝承じゃあそうなっている。
大時計に刻まれた紋様も眼二つを三角に重ねたような代物だ。その神聖な数字に因み、3つ確かめる。いいか」
「は、はい」
「ひとつ、それをトキに渡し、一分待て、それが嬢ちゃんの持ち物なら戻るはずだ」
虹色石をトキに渡すってことは、ガンゴンさんはこれが私のアクセサリーじゃないか確かめたい?
装飾品は自分の肌や服から離して一分すると、またその人の元に戻って来るから、他の人に渡して一分経てばそれは私の持ち物じゃないことが決まる。
それなら渡せばいいのかな。
「はいトキ」「おう」
私はトキに虹色石を渡し、二人で声に出して数え始める。
アオン、ダー、トゥリーって
観衆もガンゴンさんも固唾を飲んでそれを見守り、やがて一分が過ぎる。
「一分すぎたな?間違いねえな」
「ああ過ぎたぜガンゴン」
ガンゴンさんはそれを確認してから、一度息を吐き出し、2つ目の指を立てる。
「ふたつ、それを俺に渡し一分待て、二人がくだらない手品を使っていないか確認する」
ガンゴンさんの声音には、ちょっとした震えと喜色が含まれていて、私はちょっと不思議になる、もしかしてガンゴンさんは興奮してるのかな。
周りを見回すと30人近い観衆の人たちも同じような面もちをしていて、私はますます不思議になる。
トキが苦笑して、ガンゴンさんに虹色石を手渡す。
「ほいよ、ガンゴン、キミが数えろ、伝承に残るかもしれねえ、瞬間だぜ」
「お、おう、そうだな。なら、ミレよ見てろよ!
神聖なる3の試みの2つ目を、カラリス通り芸運行管理人のガンゴンが数えさせてもらう!時間はtri fhichead(60)始めるぜ」
そしてガンゴンさんは低い重厚な声で一分と言う時間を数え始める。
最初は冷静さを装っていたものの、一分が終わりに近づくにつれて興奮が口調に混ざるようになり、それでも冷静さを保ちカウントを終える。
「ふーっ。tri fhichead(60)だ。
これでほぼ確定だが、3つめは、宣言だ。
俺とトキとイオが結託してないことを観衆と神であるミレに示す。
これを石畳に置き、誰も触れずに一分待て、それで動くことがなければ、俺たちが伝説の立会人だ」
伝説?
「お!観衆ん中に詩人や噺家も何人かいるみてえだな、きっかり演目にしてくれよ」
ガンゴンさんの言葉に合わせて、詩人や噺家の5人が前に出て並び、名前を言って、この伝説を語り継ぐことを神に誓う。
ベージュの服の新人の詩人の人はすごく緊張していたみたいだけど、前4人の口上を覚えたみたいで、たどたどしくながらも間違えずに口上を言い終えた。
伝説?
え?これってもしかして伝承になるの?
そう言われてやっとガンゴンさんや観衆の人たちの反応に納得が行く。
ブレンダンの長い伝承の中でも、物を一分より長く動かせた人なんていなかったから、これって実はすごいことなのかも?
誰がやったの?私だっけ?ううん私じゃなくてミレだから、えっと。
緊張し始めた私をよそに、ガンゴンさんは石畳に虹色石を置き興奮を抑えきれない様子で叫ぶ。
「よーし、置いたぜ!見たな?石畳に俺は石を置いた!
aon mionaid(一分)だ!この素晴らしき日を記念し、皆で一分数えよーぜ!俺たちで伝説を見届けんぞ!」
観衆の人たちはだんだんと事態の大きさを認識してきたみたいで、おおおっ!伝承に残るらしいぜ、と口々に口蓋を震わせ、一分を数え始めたけど、誰からともなく、tri fhichead(60)の歌を口ずさみ始める。
トゥリー・イヘアド(60)の名の付く、みんなが歌い始めたそれは、すごく陽気な歌。
「アオン♪ダートゥリー♪」
から始まるその歌は、昔の偉大な歌人が作った、物を動かせる一分を神に感謝し、讃えるための喜びの歌!
歌詞は1から60までの数字の羅列だけれど、その陽気で思わず口ずさみたくなるメロディーは作られてからずっと皆に愛され、受け継がれてきた。
物は一分で必ず戻るから、皆それを受け継いできた。
でもその一分が過ぎても虹色石は戻らない!
その記念すべき一分を数えるために、皆が歓喜を叫び、互いの肩を叩きながら、陽気な歌に身を任せる。
「ケイイルっ、コーイグ♪シーア」
「おい君も歌えよ」
「え?」
私も緊張はしていたけど、みんながあんまりにも嬉しそうに歌うものだから、ちょっとドキドキしてきて、周りの人たちを見ながら小さく口ずさみ始める。
「シェ、シェアハド、オホド、ナオイ、デイヒ~♪」
アオン・イェウグっ!トゥリー・イヘアド(60)の歌!みんなで肩を組み、額を突き合わせて、神様への感謝を高らかに歌う、歌ってく内に、歓喜を大きくしてる人、泣き出す人、高揚してる人いっぱいいっぱい。
神マネ講座で、1人きりで何度も呟いた1から60までの数字。
何か起きるかもって信じて十年数え続けた数字。
伝承に残る一瞬を、一人じゃなくて、みんなで数えられるのが嬉しくて、「トゥリー・イヘアド(60)!」の声と共に私は大泣きしてしまった。
踊りとか、歌とかの盛大なお祝いが終わって、藍紫の暗い時間になってから私はトキを呼び出す。
「トキ、ありがと。今日初めてね、皆に受け入れられた気がして嬉しかった」
トキもまんざらでもないようで、ちょっと照れたように笑う。
「おーよかったな、でもよー、俺に礼言うか?君をカラリス通りに連れてきただけだぜ?」
「私はね、これがそんなにすごいことなんて思ってなかったから、人に話そうなんて思ってなかったの、だってみんなバカにしてたし、トキは話しもしてくれたでしょ?だからね、ありがとトキ、楽しかった」
カラリス通りの広場では、暗い空なのにまだ皆陽気に歌っていて、至るところで下手な光り絵の公演が始まってる。
カラリスの光り絵は下手だから、途中からめちゃくちゃになって、光で塗りつぶすのがほとんどだ。
トキは暗くなったベンチで足を組んだままそーかそーかって笑い、ちょっと真剣な声を出す。
「なあ、なあ」
「なに?」
「キミはなんで、十年も諦めずにやれたんだ?」
「なんでそんなこと聞くの?」
トキはベンチの背もたれに寄りかかって藍紫の空を見上げる。
「俺もさあ、やってることがあるんだよねん。うまくいかねーなあ。ってことばっかでさ。俺よか馬鹿なやつ見て、心の安定を保ってたのよ」
自分より馬鹿なやつって、もしかして……。
「馬鹿なやつって私のこと?」
「まーな」
ちょっと怒りたくなったけど、トキは馬鹿にする感じじゃなかったから、怒るのを止める。
この人はこういう人、この人はこういう人。
はぁー、それでなんだっけ、私が十年諦めなかった理由?
「好きだったから続けたの、私は地味なローブだから、やめたって大した人生にはならないし、自分がしたいことをね、してたの。それだけかな」
「単純でいいなあ」
「単純でいいの、だって、私、何もできないから、好きなことしてるしかないでしょ?」
「ヒヒ、そーだな、神マネ講座だけだもんな」
だけって言い方はどうかと思うけど。
まあいいかな。
今日は幸せな日だし。
「そー。トゥリー・イヘアド(60)数えるだけのね」
「やっぱ単純でいいよなあ、俺のはやること多いんだぜ?大変だろ」
「あのえっと、そうは言っても、ずっと同じこと続けるのも大変だからね?数字数えるだけだけど、みんなダメだったんだから」
「なんだよ、いいじゃねえか、キミは夢叶ったんだから、慰めてくれてもさあ。羨ましいんだぜ、俺」
「そーなの?」
「まーな、俺のトゥリー・イヘアド(60)はいつ来っかなあ」
「私もまだ夢叶えてないから、もうちょっとあとかも?」
「んだよー?イオの夢はまだ終わってないのか」
「うん、まだね、虹色石一つ動かしただけなの、物を作るのが私の夢だから、もっと何が動くかわからないと、意味ないの」
「ほー、伝承に残んのが夢かと思ってたぜ」
トキが屈託のない笑顔を見せた時、私の座るベンチに、見知らぬ3人の人影が向かってくる。
それも派手で綺麗な服の3人、誰かな、知らない人だけど。