『カラリス通り』
虹色石が戻らないのはすごいことだけど、使い道はほとんどないから、とりあえず喜んでおかなきゃ。
「虹~、虹の石~♪♪」
あと1ヶ月くらい喜んで、使い道はそれから考えよ、もしかしたら思いつくかもしれないし。
「虹色石~すごいっ、戻らない!戻るかな~?はい、戻りませんっ」
そう虹色石で遊んでたときだった。
「なんだぁイカレたイオ、完全にイカレたか」
トキ?
ベッドに仰向けになったまま、視線を上にしてくと、入り口に上下が反転したトキが見える。
髪を幾つもに束ねたドレッド頭のトキは、なんとなく愉快そうに言っていたから、言葉ほど悪い印象は受けなかった。
前のことを思い出して、敬語で応対してあげる。
「はぁ~、トキさんはなんで来たんでしょう?私に会いたくないのに」
「おいおい、昨日の芸を笑う気か?会いたくないっつったのはあの日だけだろうが」
あれだけ私を拒否したのに、私が気にしてるのが悪いの?
もうだいたいこの人は、私をバカにしたいだけってことはわかってるからいいけど。
「でも、私と一緒は恥ずかしいって言ったよ?なら来なければいいのに」
「なんだよ、耳ついてんのか?」
「ついてます。またバカにした?」
「トーリス通りでは会いたくないっつっただろ、ここどこだよ?」
カラリス通り。
「~~っはい、トキさんがそうでも、終わりです!帰って帰って」
「それよか、それなんだ?」
それ?指先の示す先には私の持つ虹色石があって、トキはそれに興味を持ったらしい。
「トキさんには関係ないもん」
私がベッドに横向きになって、虹色石を隠すと、トキが近づいてきて、横たわる私の肩を押す。
「ゃっ」
無理やり仰向けに戻されて、そして、トキは私が胸元に持ってる虹色石をじろじろと見る。
「乳あんまねぇなあ、お、思ったよかあるか」
「ふえ?」
ちょっと怖いから、腕を振って自分に当てて、いつでもすり抜けられるようにしておく。
どこか一カ所でも動けば逃げられるから。
「警戒すんなって、にしてもこの石、戻んねーのか?時計か端っこにしかねえ石じゃねえか」
「そーですー戻りません。皆さんは散々バカにしておりましたがっ。神マネこーざがね、成功したの、ミレのおかげで!ね?だから十年も神マネ講座してたんだよ。みんなに笑われても!」
ちょっと見返したくてそう言うと、トキは驚いたように問い返す。
「嘘だろ、成功したのか?」
「うん、成功したの!」
トキは満面の笑みを浮かべる。
「なんだよっ!成功かよおぉっ!おっしゃ来い!」
「なんで?」
「いいから来いって」
その笑顔はちょっとにやついてて、私は警戒したんだけど。
トキに引っ張られたから、しぶしぶ起きあがる。
「行くぜイオ!カラリス通りにご招待だ!!」
「う、うん」
カラリス通りは簡単に言えば、芸の下手な人たちの集まる通り、そう思っていたんだけど、トキが言うには少し違うらしい。
「カラリス通りってのは、芸にうるさくねえ奴らが集まんだよ」
「それって下手とどう違うの?」
「どうってなんつーかな、ヒヒヒ、まあ違うんだよ、着いたぜ」
カラリス通りは私もよく来てるけど、いつもとあんまり変わらなかった。
建物は黒や灰色を基調としていて重厚な圧迫感があり、外壁は、鈍い光沢のある四角い石を積み重ね、繋いだもの。
継ぎ目が目立たないようになっているから綺麗と言えば綺麗なんだけど、重厚で遊びのない造りは、神さまには悪いけど、一般的には評判が悪い。
重厚なら重厚で、せめて一貫しててくれればいいんだけど、通りの空中に紐が渡され、その紐には絵柄の違う旗が沢山くくりつけられている。
それはカラフルだけど色調もデザインもバラバラで、本数も多いから、重厚な建物との調和がなってなくて、なんとなく景観の邪魔。
そして見る者を圧迫するかのように、路上には石碑がたくさん置かれていて、それでさらに狭く感じられる。
文字を読める人はいないし、石碑に書いてあることは誰にもわからない。
建物の中も文字が書かれた物で一杯だから、なんとなく不気味。
そんな不調和で重苦しい通りのせいか、カラリス通りは『重苦しくぶかっこうな』の代名詞になっていて、それで芸が下手な人が集まる場になっていた。
トキはここに何しに来たんだろう?
何かを見せてくれるのかな。
雑踏を前に、そう首を傾げていたら、トキは急に私の手を掴んで上に掲げる。
そしてあの謎の叫び声。
「おっぉおっおーおっ、ハッハー!!ヒーッヒぃ!」
え?その瞬間、通行してた人たちはぴたりと足を止めて、私たちの方に顔を向ける。
何か始めるのか?って言うみたいに、それはそうだよね、トキが奇声をあげたから。
わ、みんな私の方も見てる。
芸の始まりだと思ってるのかな?見られるのは慣れてるけど、何始めるのかわからないと不安、神マネ講座でもしようかな。
人いなくなるから。
私は不安なのに、トキはとっても楽しそう。
「おーほっすげえ!止まったやつ30はいるかあ?!あんがとよぅ!おいおい、もっと集まれ!見れるものも見えなくなるぜ!もっとだよもっと!」
30人くらいの人がやーやー言いながら集まってきて、その内の太っちょで大きな帽子をかぶった人がトキを見て笑う。
肩まで伸びた鉄甲が特徴的な男の人だ。
「おうトキ、トーリス通りはもういいのかい?おめえみてえな、ぶかっこうな野郎にゃこの通りはよく似合うぜ」
「まだやるに決まってんだろ、それよか今日はコイツだ」
「お?」
え?私?
太っちょの人は不躾な視線を私に這わせる。
「おー誰かと思やあ、地味ったれたレンガ女か、なあトキ、この神マネ狂人がなんかすんのか?
さぞや面白いことしてくれるんだろうな!」
私?えっと。
「か、神マネこーざします。今日も!また!」
太っちょの人は顔をくしゃっとしかめて、観衆に腕を振る。
「でたな神マネ講座!よーし!時間の無駄だ。てっしゅーう!」
「え、え」
とそこで、トキが割って入る。
「気が早ええって、ガンゴン」
「あ?」
「今、君は神マネ講座って聞いて戻ろうとしたよな、だったら言えよ、イオの神マネ講座の何がつまらないんだ?」
「本気で聞いてんのか?」
「当たり前だろ。つまんねえなら理由を言えよ、ガンゴン、カラリスの礼儀だろ!」
「まあ礼儀だがよ、礼儀を持ち出すたあ、ったく、めんどくせえ、全部だよ!全部つまんねえ、これでいいよな、よーし撤収!」
「良くねえって、おい、ガンゴン、そろそろ分かれって!」
「あ?」
「曖昧な言葉使いやがって、つまんねえ理由全部言え、言っちまえ、観衆に聞こえるくれえの馬鹿でかい声で!イオの講座の何がつまんねえんだ?!」
「あ?!……ああ、なるほどな!俺につまんねえ理由を説明して欲しいんだな!どんな見せ物か楽しみにしとくぜ」
私はよくわからなかったけど、観衆に説明しろってトキの言葉に、太っちょのガンゴンさんは、ちょっと楽しくなったみたいで、そんなら言うぜ!って観衆に聞こえるように大仰に話し始める。
「この神マネ少女の演目はなあ、3つの“ねえ”で出来てんだ!
変化がねえ!色気がねえ!派手さがねえ!!それあ芸の根本だからよう、3つ揃えりゃこうなるわけだ。面白みがねえ!ありがたみがねえ!観客がいねえ!そっから語尾にゃあ、ね!をつける。どうだ?そうだろおめえーら!面白くねえよなあ!?」
観衆もつまんねえって叫び、私も泣きそうになりながらこくこく頷く。
トキは自分で頷いてんなよ、って私の頭をぐしゃぐしゃにしたあと、観衆に向き直る。
「そらあガンゴンの言うとおり、つまんねえよ、俺も手伝いやめちった!
じゃーよう?その変化も色気も面白みもねえ!ねえねえ尽くしの嬢ちゃんが、君らを驚かせられるネタ持ってるっつったら、どうする?」
「そらあ驚くだろ!そんなネタあんならな!」
「あるぜえ!今すぐ見せたいところだが、それを見せる前に、まずは誤解を解いとこーかね。まずはキミらに聞きたい!さっきガンゴンは神マネ講座はつまんねえって言ってたが、そいつは本当に正当な評価か?」
「たりめえだ!」
「いいや違うね、君らはさ、まずはイオの目的を知ってくれ!神マネ講座は芸じゃねえ!イオはそもそも芸をしてねえ、もっと偉ぶった目的があったんだよ」
「お?あれは芸じゃないのか」
「なあそうだろ!イオ」
「う、うん。協力して欲しかっただけでね、つまんないのはわかってたけど、ただ物作りたかったから」
ガンゴンさんはギョッと目を見開いて、観衆がどよめく。
観衆が口々に言う「芸じゃないの、あれ?」「いや芸だろ」
え?なにこの反応?
まさかみんな、私が芸してると思ってたの?
それで誰も協力しない?
みんな本当に驚いたみたいでざわめいていて、ガンゴンさんが私に聞いてくる。
「本当に笑いをとろうとしてたんじゃないのか、俺あよう?嬢ちゃんの演目みてよう、笑い取れもしない芸をネチネチ続けやがってって、蔑ずんでたんだが」
「笑いを……とる?」
「そうじゃないのか」
そんな風に見てたの?神マネ講座は笑いのためって
「違うもん、神マネこーざはね違うの!」
トキが私の背中を叩く。
「よーしイオ、良い機会だ!蔑ずんでた全員に教えてやれ!キミの神マネ講座の目的を」
「うん、言う」
「短くだぜ?短くしてくれよ?」
「う、うん?わかってる。じゃあ目的を言います!神マネ講座はね!私が物を作りたいから始めたの。物を一分より沢山動かしたり、物を生み出したくて!それから、えっと石を動かしたりしたのは」
「と言うわけだ、これからの見せ物のために、これから言うこたあ、よく覚えておいてくれよ!
イオの神マネ講座は芸のためじゃなく!
物を一分より長く動かすか、生み出すためっつー目標があった。
それをイオは延々十年間繰り返したわけだ。
そのイオが今日キミらを集めた!
んでもって、キミらに聞きたい。イオはどんくらい地味な服装をしていた?」
観衆は一瞬止まったものの、すぐに答えが返ってくる。
「こげ茶色のローブ一枚に、こげ茶色の靴だけだ」
「アクセサリーや装飾の類は?」
「なかった。普通ならどんなに地味でも二つくれえは宝飾があるはずなんだが」
そう唸ったガンゴンさんの言葉を継いで、私をバカにしてる子供の一人が発言する。
「ないよ、イオを地味だってバカにするとさ、アクセサリー一つ見せられないから泣きそうになって、悔しそうな顔するんだ。イオが綺麗なの持ってるわけないよ。コイツが持ってんのは髪留めの草紐だけさ」
はぁー、またバカにした。こういう時でもやっぱり傷つく。
トキはでも観衆に向かい楽しそうに両手をあげる。
「よーし最後に聞くぜ?イオは祝福の日を迎えてからもそうだったよな?みじめな姿だったよなあ?」
「おお!そうだ、泥みてえに惨めな服だ」
「じゃーよう?じゃーよう?キミらはさ、コイツをどう説明する?」
「コイツ?」
ガンゴンさんが眉をひそめ、トキが私を肘でつついてくる。
虹色石見せろってことかな、そう思って、虹色石をローブのポケットから取り出すと、観衆が硬直するのがわかった。