『愛しき全ての人たちに――1』
『カトリーヌ』
僕が切り株に座っていると、山林の隙間からどうしてだか、淡い燐光を纏った羽が覗き、カトリーヌが現れたから、少しだけ驚いた。
小さな四色宝石を散りばめた彼女の美しく特徴的な羽は見覚えがあって、一度見たら忘れようがない。
「やあカトリーヌ、久しぶりだね」
「お久しぶりです。オーミカさん」
「トーリスを追放されたそうだけど、僕に恨み言でも?
もしそうなら君が飽きるまで文句を聞くよ。
それはそれで楽しいんだ」
僕はそういいながら、隣の切り株を勧める。
カトリーヌは憔悴した様子で立ち竦み、座るか座るまいか逡巡してるようだった。
「あの、オーミカさん、わたくしも山の人間になろうと思いまして、しきたりを教えてくださいませんか」
……座る気はないのかな。
トーリスで座るように勧めても、立っているのは長居はしないの意思表示だ。
でもカトリーヌはなんとなくだけれど話したさそうに見える。
さて本心はどちらだろう?
早く去りたいのか、長居をしたいのか。
トーリスの人間は素直じゃないから、後者だと思うことにして。
僕は、座りなよ、それがしきたりだよって嘘をついて、彼女を切り株に座らせる。
彼女は僕と話せるとわかって安心したみたいだった。
眉間から微かに険が消え、落ち着きを取り戻す。
これだからトーリスの人は素直じゃなくて面白い。
本当は喋りたいんじゃないか。
「山の人間になりたいのに、僕に会いに来たの?」
「ええ、そうです」
彼女が本心を言わないから、僕も適当に言葉を繋げる。
「うーん、君は山の人間にはまだ早いよ。
山の人間はね、しきたりなんて聞きに来ないんだ。だって誰とも会わないために山に来たんだから」
「言われてみればそうですね」
カトリーヌはどこかしょんぼりと羽と肩を落とす。
この子の楽しいところは、口調や表情にはあんまり出さないのに、気持ちは全部羽や態度に現れてしまうところ。
でもこれで彼女の気持ちはわかった。
…………しつこいくらい落ち込んだ様子だから、僕に慰めてほしいだけかな。
「あのわたくし、親しい人もいませんし、人の交わりにも絶望して……山の人間になりたいんです」
うんやっぱり愚痴だ。
暗いのはあんまり好きじゃないから、放置しよう。
「カトリーヌ」
「なんでしょう」
「話を変えるけど、昔、僕は十字の石の森に何十年も居たことがあって、色々話を覚えたんだ」
「そうなんですか?」
「それはねとっても長いお話なんだけど、長いこと話してなくて忘れそうだから覚えた話をおさらいしたいんだ。ちょっと練習に付き合ってよ」
「なんの話ですか?」
やっぱり目の色が変わった。
トーリスの人は伝承が大好きだから、慰めるにはこれがいい。
「ビクーの語りを半分覚えたんだ。と言っても124話までだから1週間半くらいかかるんだけど、忘れてないか不安だよ。お願いしてもいい?」
「はい、ビクーの語りなら、わたくしも知っていますし」
「そう?さすがトーリスの人だ。じゃあ始めるよ」
さて三週間はこれで持つだろう、そのあとはどんな楽しい話をしてあげよう?
カトリーヌの悩みはきっと時間が癒やしてくれる。
それまではじっくり話に付き合って、彼女が勝手に立ち直るのを待とう。
まさか僕に恋するわけないし、そうしたら彼女はまた街に戻っていくだろう。
彼女は絶望って言っていたけど、人に絶望するような人間は、まだ人を知らないから、山の人間には早いんだ。
山の人間になるような人は、人との会話や一緒にやり遂げる楽しさを知っていて、それが大好きで、でもそれでも無意味に感じられてしまう寂しい人間だ。
カトリーヌはまだ人に揉まれる必要があって、彼女自身もそれを求めてる。
でも自信が砕けたのはいいことだ。
これを過ぎたら、カトリーヌはもっと素晴らしい人間になれるから、きっと楽しい日々が始まるはずさ。




