『九年温めた恋』
「俺が君を好きになったのは、いつだったかなあ。君と会った時のことでいっか」
「うん」
「あれは、俺がまだアイステっつー足だけのダンスを始める前で、普通のダンスをしてた時だった」
「……トキって、最初から足のダンスしてたんじゃなかったんだ?」
「おう、まーな、イトランゼやチャートとも知り合う前で、野郎二人と連んで、まあ、芸術家を気取ってカッコつけてたんだよ。女にゃ、今よかモテたなー、そんために最初はダンス始めたからな」
「え?あの、そのね、トキはその女の子たちと」
私が言えたことじゃないけど。
「ひひ、祝福の日迎える前だから、なんもできねーよ。
大人は相手してくんないしよ。
そのダンスやってた二人とは、今もそこそこ仲良いんだが、まああの時は俺らも鬱屈してて、ダンスも本気とはいえねーし、なんかむしゃくしゃしてたんだよ、そんな時ある噂を聞いたんだ」
「なに?」
「焦げ茶色の泥みてえーな奴が、つまんねえ狂った演目で、会場を荒らしてる」
会場……。ガンゴンさん言ってたっけ。
私が会場占拠したって……。
「小さい頃……迷惑かけてごめんなさい」
トキはへらへら笑う。
「ひひ、俺に謝るなって。あれはガンゴンもわりいんだ。君、会場のことで注意されたことねえだろ」
「うん、なんとなくね、変かもって思ってたけど、芸術じゃないからいいのかなって思ってた。会場の予定なんて聞いたことなかったし」
「だろ?君が会場に出没すんのも稀だしな。
皆、生暖かい目で見てたんだよ。
けどよ……あんときの俺らは、鬱屈してて、俺たちで更正するしかねえよなあ。
ってまあ、ガンゴンに話聞きに行ったんだよ。会場占拠してる奴どこよって」
「ガンゴンさんは?」
「したら、ガンゴンの野郎、アイツは特別枠だ。ほっといてやれって言うじゃねーか、俺らもカッカッ来てよ、ガンゴンの話無視して、君のとこに行ったんだ」
「じゃあ私、昔トキと会ってたの?」
「まあな、君、肌以外焦げ茶一色で、周りからの評判も悪いし、行いも悪かったからな、俺らみたいな奴のいい捌け口になんだよ」
「へ~」
「へ~、って本当に覚えてないか?俺ら、かなり君に悪口言ってたんだぜ?」
「悪口言われるのなんて毎日だったから、一々ね聞いてられないの、今は、悪口辛いけど、弱くなったのかな」
「まあ君が小さい頃だったしなあ。んでさ、ある時、君が俺の言葉に反撃してきたんだよねん」
「なんて?」
「『私はね、やりたいことがあるの!あなたたちみたいに、悪口だけの人じゃないもの』って」
「わっ、それね、色んな人に言った」
「だろーな、んで、俺は、ダンスやってんだよ!って、言い返したんだけど、君に言われちまった『だったらね、なんでダンスだけやらないの、悪口の方が楽しいんでしょ、私はね、神マネ講座をずっとやってるよ』って、俺の友二人は、余計怒ったんだが、俺はちと考えちまった。
こんなちんまいガキが、神マネこーざなんてわけのわかんねーもんに、本気でやってんのに、俺らダンスそんな本気でやってねーよなって」
うーん、始まりが口喧嘩、もっと私が可愛くて……とか、私が優しいことしてとか、そういう出会いがよかったなー。
「それでアイステに?」
「ああ、そっから、普通のダンスを一生懸命やってみたんだが、あいつらが付いて来てくんねーし、ダンスも俺のやりたいのとちげーし、ずっと考えてる内に、アイステ始めたんだよねん。
俺には合ってたんだろーな、やっぱこれだよって思ったんだが、そっからはひでーもんだった」
「好きなこと見つけたのに?」
「足だけで地味だったからな、周りからボロクソ言われんだよ、あいつらだけキャーキャー言われて、俺のが頑張ってんのに、あいつら、カッコ悪い、邪魔は抜けろ、って俺を放逐しやがった。一人で踊っても罵倒されるしよお、育ててやるって何だよちくしょう、俺は足だけのダンスをしてえんだって!……辛くなったら、君を遠くから見て、俺よか馬鹿にされてんなって、ホッとしてたんだ」
「……やっぱり下に見てたの?」
「ちっとな、でも、ずっと君見てる内に、やっぱすげーよなって感心して、ちょっとずつ好きになってった。なんでだろーな、好きになってたんだよ」
「そーいうもの?」
「おう、まあ、なんだ。九年暖めた恋だな、10年かも知んねーが」
「九年暖めた恋?」
「おう」
「わ!それね、好き!いい言葉!」
「そーか?やっと喜んだな!つか君、もっと劇的な出会い期待してただろ?」
「う……うん」
「ひひ、今言った理由も嘘かもしんねーぞ?劇的なのがあったら君に言うわけねーだろ!隠し通すかんな」
「え、嘘なの?」
「どーだろな、君、俺と会った時はぜんぶ忘れちまってるし、恋した瞬間はいいたくねーよ」
「わ、ひどい!……ね、聞かせて、ね、ね?」
「やだよん、俺だけの秘密だ」
それからキャーキャーとはしゃいでから、私はトキに向き直る。
「あのね、トキ、私約束するね」
「何だよ?」
「私、必ずあなたに釣り合う人になるから!トキにひどいことしちゃった分もね!全部、ちゃんとするの」
トキは、おっ、と目を開いてから、肩を竦める。
「おう、楽しみにしてるわ」
トキの態度はあんまり期待してる感じじゃなかったけど、私は決心をする。
もっと可愛い人になって、トキにはちゃんと恋させてあげたい。
カトリーヌの劇の終わりは、ある日、突然に訪れた。
劇場に入ってもお客さんがいない、……観客席も、通路もガラガラで、何人かいたお客さんも後から来た人に耳打ちされて、去っていった。
私は首を傾げながら、カトリーヌのいる会議の部屋を開ける。
カトリーヌは前見たときと同じように、背中の骨格に張った3対の布を揺らして、テーブルに座っていた。
ちょっとしょんぼりと背中の布を弄っていたけど、私を見ると、また背筋を張って、凛とした眼差しを向ける。
「どうしました?劇まではまだお時間がございますよ」
「うん……、あのね、お客さんいないみたいだけど」
「いなくとも、義務は義務です。ちゃんと最後までやり遂げてください」
「最後?」
「……あ、それからイオさん」
「何?」
「明日から一週間はわたくしがあなたの代わりにこの劇の主演をしますから、イオさんはお休みです」
カトリーヌが劇の主演って。
「違う劇?……それとも私と同じように、罵られる劇?」
「何千人もに罵られる劇です。イオさんも見に来てくださいね。あなたの劇でございますから」
カトリーヌは口調は崩さなかったけど、私はなんとも言えない気分になる。
「スミがそうしたの?」
「そうですね、今、劇作る権利はスミさんにありますから、そうだと思います。
わたくしは一週間の出演が終わり次第、トーリスを離れます」
ちょっと可哀想かもと思ったけど、私もっと長かったし、一週間くらい別にいいかな。
「がんばってね、カトリーヌ」
カトリーヌは私に微笑む。
「ええ、もちろん、あ、それから、これ、虹色石渡しておきますね」
ってカトリーヌにしては慌てたように、私に手渡してくれる。
手のひらに載った粗く削れた虹色石が懐かしくて、私はパッと嬉しくなる。
「わ!ありがと、カトリーヌ!」
「約束ですから。よくお似合いでございます。……それから」
それでカトリーヌは逡巡したように言葉を止めて。
ちょっと待っても、何も言わなかったから、私はもうちょっと待ってから。
「……楽しい時間を?」
って聞く。
カトリーヌも慌てて「楽しい時間を」って答えてくれる。
その日の劇はお客さんがいないから、何も辛くなくて、私の劇はすぐに終わって。
次の日、私はカトリーヌの劇を見に行った。
カトリーヌが主演を勤めるせいか、観客席は人でいっぱいで、私は観客席の後ろ側で立ち見をすることになった。
これは酷い劇だから一人で見てるのも複雑で、誰かに会わないかなって思ったら、レリーが近寄ってくる。
「イオ、久しぶり」
「うん、……久しぶりレリー」
レリーには前にカトリーヌのことで怒られたことがあるから、この劇を一緒に見るのは怖かったけど、私に何か言うつもりはないみたいで、ちょっと安心する。
レリーは閉まっていく舞台のカーテンを見ながら、なんでもないことのように呟く。
「カトリーヌってね、悪く言えば傲岸で、よく言えば凛とした子なの、自分を高く持ってるし、自分の美しさをしっかりと守る、ワタシの自慢の友達」
「……だから、私の劇もやめてくれなかったの?」
「そうね、カトリーヌは途中で自分の間違いに気づいたけど、最後まで変えられなかった。
カトリーヌのことだから間違いを認めたくなかったのね。
ねえイオ」
「なに?」
「彼女を許さないであげて」
「え?」
「あの子、禁忌もないのに、この劇から逃げなかった。
……きっと自分のやったことを知りたいのね。
でも、あなたに謝ったわけじゃない。
だから、あなたには彼女をもっと追い詰めてほしいの」
「追い詰める?」
もっとカトリーヌを追い詰める?そこまでは私はしたくない。
だってカトリーヌはひとりぼっちで今からすごい酷い罵声を浴びて、トーリスから追放されるのに。
もっと酷いこと?
「……レリーはカトリーヌ嫌いなの?」
「いいえ、ただ……代弁しただけ、ワタシの凛とした友達はそれを望む人よ」
「そー……なんだ、あ、劇始まる」




