『私と水とポワポワと』
「あなたたちの肉体は、ただの肉体の物真似。
本当は光のポワポワが、あなたたちの本体で、肉体に収まれば、また光の球に戻る……はず、もしかしたらそのままかもしれないけれど」
私が肉体の真似してる?
「私、こんなローブ真似したくないもん、それならね、なんでこんなローブになるの?私ならこんなのにしないもん」
「調べてる最中に人類は滅びてしまったから、ずっとわからないままね。
一分間で物が戻る理由も、黒の時間も、あなたたちがどうやって子供を作ってるのかも、よくわかっていない。肉体の真似かとも思っていたけど、たまに子供が産まれて来るのは驚いた、と言っていたわ」
「そうなんだ」
「精神は本来、光の速さで動けるもの、ただほうっておくと霧散してしまうし、いずれは肉体に収めることになるから、旅の間は閉じ込める場所が必要。
だから、虹色石とケルトの紋様を使って、ミレの塔の周りに、精神の世界のブレンダンを作り、魂が逃げないようにした。
人間の世界と同じ作りにすると、あなたたちも錯覚して、地面と同じ速さで進んでくれるから、黒の時間の時はどうしてるのかわからないけどね」
なんで閉じ込める必要があるんだろう?
うちゅうが水なら、水の中より、ブレンダンの方が楽しいから出て行くわけないのに。
ほとんどわからないけど、一つ気になった部分があった。
「私って今、地面と同じ速さで進んでるの?私止まってるよ?」
「それがあなたたちの特性、虹色石は精神世界に擬態して押されて進んでるけど、あなたたちは自分で動いてる。動いてる実感ないでしょう?」
「ない」
「それはもし物質なら到底不可能なこと。あなたたちの見ている世界は肉体からは見えない世界、あなたたちの触れている世界は、肉体で触れない世界、反対にあなたたちは物質に対しては、見ることしかできない。境界の石たる虹色石を除いてね」
ここまで聞いててもよくわからない。
私たちは光のポワポワで、うちゅうせんに乗って遠い場所まで歩いてるって覚えればいいかな。
よくわからなかったから、一応気になってることだけ聞く。
ずっと歩いてるってことはどこかにたどり着くってことだから。
「ブレンダンはどうなるの?どこかに着くの?」
「ブレンダンがいつか、生物のいる惑星に着いたら、そこにいる動物に、あなたたちをいれることになる。
動物は脳だけで考えてるから思考は一つ、でもそこに精神が入ると、考えが二つになるでしょう?それで動物は、葛藤や悩むことを覚え、成長し、そうしたら、また文明は花開いて、発展していく。
そのための機械はミレの塔に厳重に封じられてる、ブレンダンを形作る虹色石の本体と一緒に」
「よくわからないけど、着いたら、私たちは動物にいれられちゃうの?」
「そう、あなたたちの記憶もなくなるから、その時点でブレンダンは滅亡する」
めつぼう?黒の時間に取り込まれることだっけ。
それでまた恐くなる。
「ミレがブレンダンをめつぼうさせるの?動物にいれて?動物、動かないのに」
ミレはお面を自分の目の前に持ってくる。
「私があなたにするお願いはそれなの」
「なに?」
「あなたはこの世界が憎い?」
唐突な質問にちょっとたじろぐ。
何かミレが急に目の前に降りてきた感じ。
ミレは黒い動物のお面をつけたまま私を見つめる。
「ううん、憎くないよ」
「本当に?でもきっと憎くなるわ、あなたはこれから、トキのために魅力的になろうと努力する」
「するよ。せめてね、恋人って言うのが恥ずかしくないくらいにはなりたいの」
「あなたの心がけは素晴らしいと思う、でも、あなたにできることは何もない、あなたは仕草も美しいし、口の開き方も綺麗、言葉遣いや性格はもう少し頑張れるだろうけど、トキの好みには合ってるから、そこは変えなくても平気」
「トキの好みなの?私の性格」
「特に神マネ講座をがんばってたところとかね、トキはそれが好き」
「そーなんだ」
「トキは頑張って回り続けるあなたが好きなの」
ミレはお面を髪から外して、これが私って言わんばかりに、紐の部分に人差し指を入れクルクルと回し始める。
ミレがその回るお面を左手で止める。
「なんでお面止めたの?」
「あなたが止まっちゃったから、神マネ講座はもう二度と発展しないわ。
発展しない神マネ講座に意味はないから、このまま劇から助かっても、あなたにはやれることがない、そうしたらトキはあなたを好きでいてくれると思う?」
ミレは聞きながら髪の左後ろにお面を付け直す。
神マネ講座が発展しない?
「なんで発展しないの?神マネこーざ」
「この世界ではね、動かせるのは運命の石……虹色石だけなの、あとの物は試すまでもなく一分で戻る」
「そーなんだ」
「物はあなたが念じたって作れないし。
物は一分で戻る。私が断定してあげる。だから神マネ講座はこれでおしまい」
なんでだろう?神マネ講座は意味ないって言われたのに、あんまり悲しくない。
だってやめる気はしてないから。
なんだろ、まだ続けられる気がしてるの。
ミレはどこか無関心に告げる。
「あなたの良さは一つのことに打ち込むところ。
でもこの世界の上限は低くて、また芸術を始めるくらいしか、あなたを輝かせる方法はない。芸術をまた始める?」
「芸術は昔やったけど、ね、もうしたくない、ローブ見ただけでみんな顔背けるし」
「それなら、あなたは一生そのローブで生きて行くだけ、何もできないまま、どう悲しい?」
「そんなに悲しくはないけど、それがミレのお願い?」
ミレは「やっぱり無理ね」ってぺろっと舌を出す。
「これで、あなたが絶望してくれたらよかったのに。
聞いてイオ、私の願いは」
「なに?」
「ブレンダンを生物のいる惑星に届けて、滅ぼすこと」
「ほろぼす?」
「滅亡のこと」
「ミレがさっき言ってたこと?」
「そうね、目的の星に届けたいんだけど目的の星まではまだすごく遠くて、宇宙船が保つかはわからないの。
境界の鏡には数千年、数万年前の他の宇宙船が映ってるんだけど、壊れた船も何台もあって、ブレンダンも、運次第だけど目的地には着きそうもない」
なんで目的地に着かないの?壊れたって、また一分で戻るよね?
よくわからないけど、ミレはちょっと悲しそうだったから、私も深刻そうな顔をしておく。
「だけど、私はこの船をちゃんと届けたいの、私はずっと昔に精神だけになって、記憶を無くしたわ。
肉体を持った人たちは、記憶のない私に、何年もかけて言葉を教えてくれて、夢を語ってくれた。
だから、この船は届けたい。彼らの夢を私が運んでるの」
それまでどこか淡々と話してたミレの声音に情感がこもって、私は、あ、と、勘が働く。
「その中にミレの好きな人がいたの?」
ミレはちょっと照れたように微笑む。
「ええ、向こうは私の姿は見えなかったけど、私は大好きだった。
私、その人と一緒に、ブレンダンを作ったの、虹色石に刻む紋様の形で、ブレンダンの景色は変わる。
でも肉体のある人には景色は見えないから、虹色石を介して私が絵とどう違うのかを教えて、あの人たちはちょっとずつ直して、作り込んでいった。最初はもう形にもなってなかったけど、最後にはすごく綺麗な世界になったわ。ブレンダンは私とあの人の結晶なの」
ミレはすごく大切そうに、その時を、想い出しながら目を閉じる。
「楽しかったんだ?」
「ええ本当に、だから、あの人たちの夢を叶えてあげたいの、本当に過酷な地で小さな生物しかいない星でいいなら、あと千年くらいの先に星がある、あなたたちを容れたらどうなるかはわからないけど、このままたどり着けもしない星を目指すよりかは、期待ができると思わない?」
「そこに行きたいの?」
「でも、勇気がないの、あなたたちを滅ぼす勇気が、目的地を変える勇気も……だから、私はあなたを追い詰めて、この世界を憎いって言ってもらいたかった。できるなら、私を後押ししてほしい」
「ほろぼす?えっと」
「滅亡させる勇気」
「え~、やだ!」
「理由はなに?イオはきっとブレンダンの誰より辛い境遇よ?
こんな生が続くなら滅亡した方が楽じゃない?」
「それでも黒の時間は嫌!私たち黒の時間にいれられちゃうの?二百年経って光のポワポワになった私やトキも」
「それは、いいえ、ね。あなたは動物に入って、肉体の目を通して世界と関わり続ける。
あなたの身体じゃないから、肉体に働きかけても、せいぜいなんかヤだなって思わせる程度だけど、あなたたちもちゃんと物質世界に関われる」
「んー、なんとなくはねわかるけど、もう少しわかりやすく言うと?」
「動物に入ったら、あなたは肉体と一緒に生きていくの、あなたが、他の人の身体にはいるようなものよ」
「黒の時間じゃないの?」
「黒の時間じゃないわ」
よかった、黒の時間じゃないんだ。
「動物に入ったら、生まれ変わったトキには会えなくなるの?」
「相手に入ってる精神体とは会話もできるから、もしかしたら会えることもあるかもね、肉体同士は嫌いって思ってるかもしれないけど、無意識に働きかけて、会いたいなあって思わせたり、恋させたりもできる。
まあ肉体がそれをねじ伏せたら、どうしようもないけど」
「私たちに意識はあるんだ?」
「ある」
「そうなんだ、ミレはめつぼうさせたい?」
「ええ」
「……なら、ね、うーん、答える前に、ミレ、聞かせて」
「なに」
「ミレは私たちの中心なの?」




