『小さき歌、かなみたる歌』
ミレはお願いの前に、まぶたを閉じ、歌い始める。
小さき歌、かなみたる歌。
どこまでも遠く、どこまでも近い透き通ったミレの歌声。
『おお、闊大なる火輪よ、狭量なる者よ!
地平より現れ、大地を熱し、海原を焦がし、今日もまた文明の無力さを我らに知らしめようと言うのか』
そんな一節から始まったミレの歌は、今まで聞いたどんな歌とも違っていた。
かりんってなんだろう?
うなばらってなんだろう?
ぶんめいの無力さって?
私の知らない単語、知らない言い回し、綺麗な声音でミレの歌は続く。
『洋々たる海原は火輪に屈し、溶々たる河川は山間にその姿を消した。
熱き者よ!あなたを崇め、鷹揚たる意思にすがっていた人間ももはやいない。
我らはあなたの慈悲に縋らず、あなたの生み出した全てを返すだろう。
荒涼たる大地も、矮小たる海原も、朽ち果てた文明も、肉の器も全てを返壁し、性霊の豊かさをあなたに誇ろう。
我らは狭小な身なれど、貴方よりも宏大な意思がある。
文明は根絶やしになろうとも、植物のごとく根強い生命がある。
熱烈なる火輪よ!あなたに縋っていた土くれはもはやいない。
我らを助くるのは誰か?涼やかなる希望を持って、共に願おう。
絶望の淵も、無情の風雨も、足を上げ、宙を踏み、天に向けて進むのならば、いずれは眼下に消え、それは些末なものに変わるだろう。
さあ、悪夢の昼は終わったぞ!素晴らしき夜がやって来た。
皆で戸外に出でて、涼しき夜空を見上げ高らかに歌おう。
光なす空の、燦爛たる星々の、遙か先の、道の彼方。
そこに人の種を残し、我らは先に楽園に赴かん。
何万、何億の時間の果てに、そこで我らの子と祝杯をあげよう。
我らの願い――其は一つ、みちのかなた。
ノア、ヌァザ、ミレ、小さき楽園、彼方を目指すもの。
其をのこし、いずれ消え逝く儚き精よ、汝らが大いなる祝福に包まれんことを。
永の旅路に幸あれ』
「それは?」
「大いなる旅立ちの詩、私たちを来訪神話になぞらえた一節、あなたたちは、人類の抜け殻で、人類の種なの」
ミレはそんなよくわからない話をする。
じんるい。
私たちはじんるいの話のタネ?
「じんるい……ってなに?」
「人間のこと」
「私たちのこと?私たちの話の種は、私たち?」
意味は通るけど、何か変?まったく話がわからない。
ミレはそれを予想していたんだろう、くすくす笑う。
「種は、話のタネじゃなくて、植物のもとで、人類はあなたたちの祖先」
「植物のもと?植物のこと?じんるいは私たち?」
うーんわからない。
「考えてたらね、どんな話か忘れちゃった。もっとわかるように言って」
ミレはちょっと考えてから、私に説明してくれる。
「いいイオ?
昔、あなたたちの祖先、人類は滅亡の淵に立っていたの。
滅亡はわかる?あなたたちには死の概念がないから」
「わかんない。めつぼう……、どんな意味?」
私が首を傾げると、ミレは説明してくれる。
「滅亡は、世界全体が永劫の黒の時間に取り込まれること、……だとわかりやすい?」
ちょっとだけ理解できた。
「めつぼうすると、永遠に黒の時間になるの?」
「そう、あなたたちの祖先の世界は全部、黒の時間に取り込まれようとしてたの」
「わ!怖い」
ミレの話はすごい怖いことだった。
黒の時間は喋る以外、ほとんど何もできなくなるから、永遠にいるとすごく退屈。
ミレは力説してくれる。
「あなたの祖先はね、このブレンダンよりもっともっと広い土地を持ってて、ビル、……カラリスにある高いリベーも、豊かな自然も、色んな物も作ることができた」
「木を動かしたり?」
「そうね、木を動かしたり、リベーを建てたり」
それでやっとわかる、ミレの話は黒磁の路地の彫刻の話と同じなんだって。
黒磁の路地の話は木を動かしたり、リベーを建てたりしてた人たちが最後は黒の時間に取り込まれて終わる。
やっぱりあれは私たちの祖先の話だったんだ。
「じゃあ私たちの祖先は、リベーを建てて、ミレを怒らせてめつぼうして、黒の時間になった?」
「私は関係ないけど、大体はそんな感じね。あなたたちに死を理解させるのは大変だから、詳しくは言わないわ」
「言ってもいいよ?知りたいもん」
「私が大変、その人たちは、住んでる星が」
「ほし……」
「星、……えっと世界?」
「ブレンダンみたいな?」
「ええ、星がダメになって、あなたたちの祖先は、逃げることにしたの」
黒の時間になるんじゃ逃げたくもなるよね。
結局彫刻になったけど。
「逃げる時になって、人類はあることに気づいたの」
「なに?」
「逃げる方法がないって。
例えば、ブレンダンから逃げる方法ってあると思う?」
これは考えてしまう、ブレンダンから逃げる方法?
「ううん、ないよ。だってブレンダンは透明な鏡までしか行けないもん」
透明な鏡は、湖や反対側の緑光の草原の側にあって、その向こうにはブレンダンそっくりの世界が映ってる。
ただ、残念ながら鏡みたいに壁になってて通れず、誰もその向こうに行ったことはない。
昔の人たちもそれに阻まれたのかな?
ミレは話を続ける。
「あなたたちの祖先も、文明は発達させていたんだけど、滅びゆく惑星から出て行く方法を持たなかった。
別の惑星に機械を送ることは出来ても、人間はいけなかった」
「ほろびゆく、わくせい」
「滅びゆく、滅亡と似ていて、……滅亡する寸前、惑星、は星と同じで世界のこと」
ほろびゆくは、藍紫の時間のことかな、黒の時間にすごく近い時間だし、わくせいは、世界。
だいたい理解できた。
「ぶんめい、きかい」
あんまり聞くと怒るかなって思ったけど、私にわかってほしいみたいで、ミレは丁寧に説明してくれる。
「文明は、人の積み上げた伝承とか芸術の固まり、ブレンダンにも文明はある。
機械はそう、レリーの人形みたいに、人の手を離れ勝手に動くもの」
「ぶんめいは伝承や芸術を?」「積み上げたもの、この言葉はある?」
「うん、積み上げたはあるよ。きかいはレリーの人形みたいなのね、それはわかったからね、もういっかい、さっきの、ゆっくりね?」
ミレは噛んで含めるように言う。
「ゆっくり言うわ。
あなたの祖先は、文明は発達させていても、滅びゆく惑星から出て行く方法を持たなかった。
遠い、星に機械を送ることは出来ても、人間はいけなかった」
わかりづらいけど、言い換えるとこんな感じかな?
私たちの祖先は、伝承はたくさん積み上げたけど、藍紫の世界から出てく方法はなかった。
違う世界に、レリーの人形を送れても、人間は行けなかった。
こんな感じ?
私は自分のわかったとこまで、ミレに伝える。
「うん、ブレンダンが黒の時間に向かってる感じね?
で、透明な鏡の向こうにレリーの人形は行けても、人間は行けないから、逃げる方法がなかった」
ちょっと身につまされる。
もしかしたら私たちにもそんな日が来るかもしれないから。
ちゃんと聞かなきゃいけない。
「私たちの祖先はどうやってブレンダンに来たの?」
「来たと言うより、ブレンダンは人類が作ったの」
ブレンダンを人が作った?
えっ?って信じられなくて、ミレをまじまじと見る。
だってブレンダンを作ったのはミレだから。
「ブレンダンを私たちの祖先が作ったの?ミレじゃなくて?」
ミレはそっと頷いて、私はすごく恐くなる。
この世界はミレの世界じゃない?
私たちは世界を賑やかにして、ミレを楽しませるためだけにいるのに。
ミレは私たちを作ってない?
「あ、あのね?ミレ、なんでそんなこと言うの」
ミレが中心じゃない?ミレの世界じゃない?
私たちは誰のために存在しているの?
「聞いてイオ、ブレンダンは人の作った宇宙船なの、具体的には、ミレの塔が宇宙船で、ブレンダンは周りに展開された精神だけの世界だけど」
「うちゅうせん?」
「ミレの塔は宇宙船、宇宙は何万年歩いてもたどり着けないくらい広いの、宇宙船はそこを進むための物」
よくわからないけど、ミレのことを聞いて安心したくて、がんばって理解しようとする。
ミレが中心にいない世界は、私にはつらくて、あんまり理解したくないもの。
「なんで歩いていくのに、うちゅうせんがいるの?」
ミレはちょっと困ったみたいで言葉を詰まらせたけど、また口を開く。
「水の中をイオは歩ける?」
「ううん、歩けない、水の中はね、歩けない」
動揺が消えなくて、私はとにかく首を小刻みに振って頷いて、話に合わせる。
「宇宙は広くて、水の中みたいに歩きづらいから、宇宙船を使って進むの、本当は浮かぶんだけど、あ、レリーのプッチアみたいなものね」
レリーは光り綿でよく浮かんでいたから、私でも想像できた。
「ブレンダンは、レリーのプッチアなの?」
そう受け答えしてると、それで私も少しは落ち着いて、ミレは気をよくして続ける。
「そうプッチア、宇宙の中心から強烈なエネルギーが出てるのはわかったから、ソーラーセイルを発展させた機械を使って、光の速度の八割くらいまではゆっくりと速度は上げられたの。
そうすると時間の進みは遅くなるから、宇宙空間で、宇宙船を保持する材質も方法も開発できた。
だから膨大な時間をかければ、いつかは住める星にたどり着ける、遠すぎるところは難しいけど」
「えねるぎー、そーらーせいる」
こうゆうワケのわからないことを言われると、理解が曖昧になってしまって、またがんばって思い返す、ブレンダンはうちゅうせん。
うちゅうって言う水の中を歩いてる。
「ここは理解しないで平気、宇宙が広いから、進む速度を早めたってだけ覚えて」
「早く歩いたんだ?」
「そう、宇宙船は早く歩いた」
広いなら早く歩きたくもなるよね。
ブレンダンはうちゅうせんで、水の中を歩いてる。
早足で。
「うちゅうせんはプッチア?ブレンダンもプッチア?」
「そう」
レリーのプッチアでみんな浮かんでるのかな?
浮かんでる感じはしないけど、地面を叩いてみても、動いてない。
ここが水の中ならもっと独特な感触がするのに、私が何度か地面を触ってると、ミレがまたわからない説明をする。
「でも当時の人類の文明じゃ、宇宙の旅に肉体が耐えられなかった、肉体を生かそうと思うと、速度はあげられないし、宇宙船に無理がかかって、すぐ壊れてしまうからどうしたって実現ができない。
水や空気は邪魔物だし、劣化する部品を稼働させてるといつか壊れて、使えなくなる。
数ヶ月ならともかく、長い年月になると、稼働は僅かな回数に抑えねばならない。
だから、肉体は諦めるしかない」
ん~。わかんない。
ここまでわからないと聞いた方が早いかも。
「わかりやすく言うと?」
「宇宙は広くて、何万年も歩かなきゃいけないから、だから、肉体で歩いていくのは諦めた」
「何万年は無理ね、二百年で消えちゃうから」
「そこで人類は、肉体と精神を分離して、旅をすることにした。
宇宙船の周りに、精神を閉じ込める世界を作って、自分たちを封じ込めた。
精神は宇宙の中央からの放射線だけで生きていられて、光や熱のような大きい粒子の影響も受けないから、宇宙船の機能は長い年月に耐えることだけに重点が置かれ、それを達成した」
またわかんない説明、わかんない説明のあと、わかるように言ってくれるから、もう一回聞く。
「難しくてね、よくわからない、わかりやすく言うと?」
「……着くまで何万年もかかるから、人類は光のポワポワになって、宇宙を進むことにしたの、光のポワポワなら何万年も消えないでしょう?」
「私ポワポワじゃないもん、肉体あるよ?ブレンダンがうちゅうせんなんだよね?だったら私の肉体はなに?」
そう言って自分のローブとか顔を指す。
光のポワポワは小さな光の球でミレの部屋にも浮かんでいて、ミレも見ればすぐにわかるくらい違う。
だけど、ミレが言ったことは、理解できるようなできないような、微妙な答えだった。




