『ミレの塔』
トーリスを斜めに進み、ランピスを抜けて、湖にたどり着く。
空はオレンジと黄の二つの色が染め、湖も空の色の真似をして、空との境目を見えなくする。
光のポワポワたちはその境目を見つけやすくしたいみたいで、真ん中のちょっと下側にふわりふわりと浮かんでは、湖面に触れて遊んでいる。
ミレはその湖面を横目に歩き、ぐちゃぐちゃの泥を踏みしめて、森が近づいた辺りで、足を止める。
「ここ覚えてる?」
ミレが笑って、私も笑顔を見せる。
「ミレと初めてあったとこ!」
「あの時、湖から出たらすぐにイオがいて驚いたわ。
そして私はあなたに決めた、自分の気持ちを固めるために、あなたに過酷な現実を与えようとしたの」
「過酷な現実?」
「虹色石もらってから、辛かったでしょ?」
「うん、辛かった」
トキとは恋人になれたから、今は嬉しい方が強いけど……。
ミレはちょっと申しわけなさそうに言う。
「石の雨の日に、私はあるお願いをするの、今回はあなたで、そのために、あなたを悲しい状況に追いやりたかった。
私は神ではなく、そういうひどい人間、……それでもあなたは来る?」
「ミレは私のこと嫌いだったの?」
「いいえ」
「した理由はあるの?」
「くだらない理由なら」
「ならね、行く、聞きたいもん、それにミレは虹色石を、私に渡してくれたから」
「そう?」
そしてミレは湖の縁にある大きな石を指差す。
「これが目印の石、ここから湖の淵を真っ直ぐ降りると洞窟がある。
ブレンダンの水は静止してるから、一分以内に辿り着けば問題ない、両手で大きな石を持って、水中を下っていけば、途中に入り口があるから」
「うん」
ちょっと怖くなりながら、飛び込んだけど、水の中を石で降りてくのは簡単で、明るい浅瀬から暗い底に徐々に沈降していく。
壁に時々足を当てていたけど、そうすると、差し出した足が、すっと崖の壁面をすり抜けて、何だろう?って思って見たら、洞窟があった。
沈んでく石から手を離し、ばたつく私の足をミレが掴んでくれて、洞窟に引っ張りこまれると、急に水の感触がなくなって、体が洞窟に落ちる。
「わっ!」
そこが湖と洞窟の境目で、後ろには水の壁ができていた。
「水の壁?」
水は光と違って、静止してるものだから、湖からでれないのかも。
服を濡らす水が、洞窟に滴り落ちて、少し経つと湖に戻っていった。
「水はやっぱりね、止まるみたい。触っても、崩れないね。手は濡れるけど」
「珍しい?」
「うん」
ミレはキョロキョロと水を観察する私に笑みを零し、光のポワポワが漂う洞窟の奥にいざなっていく。
ミレが沢山の紋様の描かれた天井を見上げて説明してくれる。
「あれは円形の結び目って呼ばれているもの」
ミレが指差した、洞窟の天井の真ん中には、編み物みたいな紋様が婉曲しながら天井の中央を続いている。
「わ、長いね、あの線!」
「円形の結び目は、洞窟と一緒にブレンダンを一周してるの、洞窟は円になってるから、永遠に回り続けられる。
洞窟にはイオの喜びそうな、虹色石置き場もあるけど、今日は行かないから、もう少し歩いたらまた右にね」
「うん」
洞窟に張り巡らされた紋様を眺め、何時間もミレとお喋りしてる内に、金属の壁が現れる。
金属の板には大きな紋様が描かれてたけど、あんまり見たことがない。
「これがミレの塔の紋様?」
「そう、樫の木を表す紋様、ここは歩いてもすり抜けられる」
歩いても?金属にゆっくり触ってみたら、本当にすり抜けられた。
普通は素早く触らないと通り抜けられないのに。
「紋様のおかげ?」
「いいえ、私たちの力、ようこそイオ、ミレの塔に」
ミレはどんなお願いを私にするんだろう?
ちょっと緊張する。
ミレの塔の中は部屋になっていて、でも見慣れた造りだった。
積まれたレンガの壁に、金の装飾のついたテーブル、絵画に本棚、ランプは巧緻でおしゃれな台座に取り付けられていて、ひっそりとした雰囲気。
綺麗だけど、ランピスのリベーでもよく見る造りで、そんなに真新しさはない。
天井にはリベーと同じ渦巻き紋様があって、そして部屋の真ん中には、男の人?の顔の彫刻が刻まれた棺が置いてあった。
ひつぎ?
「どこだっけ?この棺、見たことある」
「十字の石の森にも同じ棺があるわ」
「そうなんだ」
でもどうしてだろう。部屋の内装を見てると、リベーの中みたいに思えてくる。
リベー、リベー、そういえばリベーは神さまの小さな家って呼ばれてるけど、ミレの部屋に似てるからなのかも。
部屋の隅にはレンガの階段があって、天井の金属の板にぶつかってる。
私がキョロキョロするばかりで、歓声を上げなかったからだろう。
ミレは「がっかりした?」
って笑ってから壁にかかった鏡に歩いていって、乱れた髪を整え始める。
鏡を見ながら言う。
「何もない部屋でしょ?いつもはその棺の中で、ブレンダンの出来事を眺めながら暮らしてるの」
「ミレは狭いのが好きなの?」
「イオは狭いの好き?」
「ううん、でもミレは狭い場所好きなんだよね」
ミレは手を止めて不思議そうに私を見てから、置いてあった櫛で髪を梳かし始める。
「街だと人のいない場所は不人気じゃなかった?
人がいない狭い場所なんて最悪だと思うけど」
「そーなんだけどね、人は好きなとこで過ごすものでしょ、だからミレは一人でいるのが好きなのかなって」
「ああ、そういう意味ね。
私にはしなきゃいけないことがあるの、あなたの劇みたいにね?」
「そーなんだ」
「そーなんです」
私は髪を纏める草ひもをとって、ちょっと遠いとこに置いておく、そうすると一分で髪が整うから。
ミレは絨毯に座ってから、話を続ける。
「私はブレンダンの行く末を見届けなければならないの。
棺の中にいれば、グリーンマンの彫刻の力で、寿命は縮まないから、ずっと棺にいる。
試しに棺の中に入ってみる?」
「入る!」
棺の本体は鈍い緑色で、男の人の顔の彫刻も鈍い緑色。
いそいそと棺の中に入ってみたけど、蓋を閉めると光が減って真っ暗になる。
わ、真っ暗、何も見えない。
……落ち着かないから、棺の中で向きを変えてると、穏やかなミレの声。
「もっと意識を希薄にしてみて、そうしたら、ブレンダン中の人たちと繋がってるのがわかる。
もう少し慣れると、どこでも見れるようになる」
意識を希薄……。希薄、……うーん。
真っ暗。
「慣れてないと無理かも?」
「そうかもね、私も昔、練習したから、出る?」
「うん」
蓋を開けると、ミレが手を伸ばしてくれて、私はその手を掴んで立ち上がる。
棺の他は見回してもリベーみたいで、あんまり見るものない。
やっぱり階段?
「金属の天井の向こうは、行ってもいいの?」
「あそこはダメ、触ったらいけないものもあるから」
「わ、残念、それでミレからのお願いって?」
「言ってもいい?」
「うん、聞かせて」




