『好きな人にも欠点はある?』
観客席をざわめきが埋めて、適当な答えが会場に広がる。
ガンゴンさんは幾つかの変な答えに言葉を返して会場中を笑わせてから、人差し指と中指を立てる。
『問題の正解はダー(2)だ。コイツなあ、一個のレンガをやめて二個のレンガを使ってやがったんだよ。
格として二番目の会場は、一個のレンガの格しかなかった、
だから頭良いよな、最高の会場はレンガ二個だよ、倍の評価だ。今あそこの別名はレンガ二個の会場だ』
また観客が笑う。
『おいイオ、レンガばっかに何こだわってんだよ。
まだ謝って貰ってねーぞ、あの二週間は俺の黒の時間だ。最高の会場がつぶされて、色んな芸術家から文句言われて、運っつーのがあるんだよ、で押し通した俺の気持ちにもなりやがれ』
「ごめんなさい、あれはレンガならね、戻らない気がしたからずっと試してたの、無駄だったけど」
『ぷーーっ、ばーか!レンガばっかこだわってんじゃねえーよ、レンガよかなあ』
あれなんかこのフレーズ昔聞いたことある。
「建物倒せば派手でいいだろう?」
『お、覚えてやがったか、俺はそっから、コイツをレンガ女として扱って、邪険にし、どこの会場でも文句言わずに使わせたんだよ。
関わるのも嫌だったからな、ランピスでもそうだっただろ?』
「うん、そーだけど、あ、もしかして、私がどこでも神マネ講座できたのは」
『そう、俺が邪険にしたからだ』
邪険?悪い意味だよね?でも、やってることは優しいような。
うーん?迷うけど。
「ありがとう、ガンゴンさん?でいいの?」
『いいんだよ!疑問にするな、ちゃんと言え、俺は一番迷惑を被った男だ』
「ありがとう!ガンゴンさん!」
『よーし!今だから言うが、お前はカラリスランピスひっくるめて注目の的で、一体いつあの訳の分かんねえ演目から解放されるのか、みんなで観察してたのよ。それが一年続き二年続き、遂には十年続きやがった。
お前の演目はつまんねえが長く続くもんだな、まだ続けてんだろ?』
「あ、今はね、劇があるからやってないの」
そう言うとガンゴンさんはちょっと思うところがあったのか僅かに言葉を詰まらせる。
『コイツはな、俺がずっと守ってたんだ。トーリスでも優しくしてやってくれ、ん、……お、なんだよ、あー』
涙が出てきて喋れなくなったガンゴンさんは、『悪い、今無理だ』っていって建物に戻っていく。
それを見て、私はちょっと泣いてしまう。
私、ずっと独りで神マネ講座をやってると思ってたけど、……そんなことはなかった。
スミ以外にも私をずっと見てくれてる人はいて、ずっと応援してくれてた。
そう思ったら、ありがとうって言葉が心の中を巡って顔を上げられなくなる。
この劇は孤独を感じていた私に孤独じゃないよって教えてくれる、そんな優しい劇。
次に出てきたのは、トキだった。
トキは私に初めて、好きって言ってくれた人だから、ちょっとドキドキしてくる。
また告白してくれるのかな、こんなたくさんの観客の前じゃ恥ずかしい。
でもそれは違ったみたい。
『俺はさあ、もうイオとは話してるから、特に君らに話すようなことはないんだよ』
トキが浮かない表情をしていて、それだけで言葉を止めたから、私はうーん?と思いながら首を傾げつつ聞く。
告白じゃないのかな?
じゃあ何を言ってくれるの?
トキはどういうわけかそれからもまごついていて、観客もざわつき始めて、また建物からガンゴンさんが出てくる。
歓声で迎えられ、ガンゴンさんはにこやかに観客に手を上げて応えて、トキの肩を叩く。
『トキー!聞いたぜ、お前、イオと恋人になったんだってな、よかったな、おら、さっさと観客共に言ってやれ、イオが好きですって』
観客席がざわつき、なぜかトキの顔色が変わる。
『ばっ!言うなって、ガンゴン、俺、トーリスで芸術家やってんだから』
芸術家?あ、そういえば、トキは私が恋人だとわかると、芸術家として人気が出なくなるんだっけ……、なら言えないよね、とは思いながらも、一応は恋人なのにって、ちょっと複雑な気持ちになって、私はトキとガンゴンさんのやり取りを見守る。
ガンゴンさんが私を指差す。
『ほら見ろ、トキ、お前がイオが大好きですって言わねえから、泣きそうだぞ』
『いやでもよ、俺とイオはちげーんだよ』
ちがう?私と恋人そんなにヤなの?恥ずかしいの?
それでもまだ口ごもっていたから。
だんだん不安が強くなって、醜いって言葉が脳裏に蘇ってきて、私はまたローブを隠したくなる。
はあ、って呟いて、気持ちを整える。
知ってるもん、自分の立ち位置くらい。
恋人にしてもらえただけ幸せだから、仕方ないよね。
そして、どうしたらいいかを思い出す。
私みたいなのが、男の人に愛されていたいなら、なんだっけ?あの男の人たちに何回も教えてもらった。
ゆうこときいて、不快にさせない、してほしいことを先にして、大丈夫、大丈夫……。
トキがしてほしいこと私にはわかるから、ゆっくりと観客席から立ち上がる。
「あの、みなさん聞いてください」
観客が一斉に私を見る。
「わ、私とね、トキはね、恋人じゃないの、私がトキを好きなだけなの」
『……イオ』
「出会ったのはこうです。トキはね、醜い私にね、近寄りたくもなかったのに、……私がね、トキ好きだったから、無理やり頼み込んで、恋人になってもらったの。
わ、私ね?こんな服だからそうでもしないと恋人できないから、一生懸命すごい泣いて、泣いてたら、トキは優しいから、恋人になってくれたの、トキとはそういう関係です」
観客の人たちは納得したみたいで何人かが私を嘲笑する。
「あなたは、同情されてまで恋人がほしいのか」
その嘲弄は私が慣れ親しんだもので、私は下を向いてそれに耐える。
何か言わなきゃ、何か言わなきゃ。
「そうです、ずっと恋人がほ、欲しかったの、頼んでやっとね恋人ができたの、多分すぐトキに好きな人ができるから、それまでに一生分のね、思い出つくります。
トキのおかげで、楽しいの、今、ありがとう、ございます」
『おいイオ、言うなって』
トキが慌てて、でも否定はしてくれなくて、私はこみ上がってきた動悸を抑える。
私はトキに酷いことしたし、トキはそれを許してくれた。
私はダメなんだから、これくらいは平気。
トキはちょっと安心したみたいに、私のウソに乗っかって来る。
『言わせちまって悪いな、イオ』
「うん」
『君の告白はまあ、俺もあんましアレだったんだがよ、まあしばらくは一緒にいてやる。安心しろ』
「……うん、こんなね、みに、醜い私のね、恋人になってくれて、ありがとう」
言ってる内になんだかすごく悲しくなって、溜まった涙を、私は慌てて拭く。
醜いローブや靴を見られてるのが嫌で、急いで座る。
ガンゴンさんが急に観客を指差す。
『お、なんだ。そこの観客、手上げやがって、なんか言いたそうな面してんなあ、言ってくれ』
「えー?」
指されたのは、赤橙のドレスを着た女性、イトランゼ。
イトランゼはなんでだかわからないけど、眼球をぐりんとあげて、白眼をむき、口を半開きにして、首を傾いでゆらりと立ち上がる。
「トオオキイイ」
『なんて面してんだよ!白眼剥きやがって』
「ウっヒぃ☆」
イトランゼの唇が徐々につり上がる。
「私ぃ怒ったんで、もうあのことバラしまあす」
『あのことってなんだよ』
「イオちゃん知らないと思うんだけどお、このトキって言う男の人お、イオちゃんの少し前に、レリーって可愛い恋人作ってたんですけどぉ、あれどうなったんですかあ?」
トキと私の顔色が変わる。
『イトランゼ!ばか!あれは嘘なんだよ、嘘っ、嘘の恋人』
「え~?私ヤな女だからわかんなーい」
「え?何、トキとレリー、恋人?」
レリーと恋人?
どういうこと?
イトランゼが眼球を戻し、口元をしゃっきりする。
「トキったらあの可愛いレリーと恋仲になって、トーリス中に恋人だって触れ回ったんだから!イオちゃんはねえ、トキがレリーに振られてすぐの恋人なのよ」
え、え?そう聞くと、冷静じゃいられなくなる。
だってレリーは誰が見てもすごく綺麗で可愛いから。
「あのトキ……レリーね、すごくね綺麗で派手で、地味な私とね、大違いだから、わ、私、ね」
トキはレリーみたいに綺麗な衣装の子が好き?
他の人みたいに綺麗なのが好き?
地味なの好きだったんじゃないんだ。
その事実に何か抜け落ちた気がしてしまって、光涙が滲んで自分の心を治すのに精一杯になる。
『あーー、泣くんじゃねえって!レリーには恋人のフリしてもらってただけだ。あんな子が恋人なら、ちったあさ、ダンスの客増えんじゃないかって思ってよ』
レリーが恋人のふりするわけないもん。
そんな言葉信じられなくて、私はもう、トキの目も見れなくなる。
「か、勘違いしててごめんね、トキ、レリーとね、また恋人になれるといいね」
トキは『ったく、覚えとけよイトランゼ、俺、あっという間にフられかけてんじゃねーか!いやイトランゼだけじゃねえ、ガンゴンも覚えとけよ!』
トキの言葉にガンゴンさんが反応する。
『おいトキ、なんで俺にも怒んだよ』
『そりゃそうだろ!こんな劇に引っ張り出しやがって、俺カッコわりいどころじゃねえぞ』
それにはイトランゼが怒鳴る。
「ああ?イオちゃんにフられる段になっても、まだ自分の心配してんの、あんた」
『お、ヤな言い方すんなよ』
「あんたさっきイオちゃんになんて言わせた?
イオちゃんから告白しました?イオちゃんが泣いたから恋人にした?
お前から告白したんだろーが!恋人になあ!醜くてごめんなんて言わせてんなよ。
私そういう卑しい奴、いっちばん嫌い!フられちまえ」
『いや、あれは俺もどうかと思ったんだよ。でもイオから言ったんだから、それでいいだろ』
イトランゼはそれに取り合うことなく、私の方に歩いてきて、私の手をつかむ。
「行くよ。イオちゃん」
「え、でも、劇」
「別にいいって。一回目はぐだぐだ、劇なんてそんなもん」
「でも禁忌があるから」
「あー、ちょいガンゴン!」
『あんだよ』
「劇中止!スミさんだっけ?その人に言っとけ、トキが最悪だから劇中止!」
『あ、おい、』
「さあ、行こうよイオ、あんたは可愛いんだから、卑しい男は似合わない、あんな奴の手の届かない所に」
イトランゼは私の手を引いて、立ち上がらせる。
私は一瞬だけトキを見たけどレリーを思い出してしまって、イトランゼに「うん」って言う。
イトランゼは、私に笑いかけ、私の手を引いて、私はちょっと恐がりながらイトランゼについて会場をあとにした。




