『路地の彫刻』
次の日が来て、私はスミの劇の会場に向かった。
スミの劇はトーリスの黒磁の路地で開催されるらしい。
黒磁?トーリスの建物は白が基調だから、なんとなく不思議。
「おい、あんま着崩すな」
「でも、肩くらいは出さないと怖くて、右肩だけだからお願い」
襟元のローブの紐を取ってポケットにいれて、上の方をはだける。
トキは嫌がってたけど、私が嫌々すると納得してくれる。
「ま、仕方ねえか、裸にだけはなんなよ」
「うん」
始まる少し前の黄緑の時間になって、黒磁の路地に来てみたけど、特に黒色じゃなくて他のトーリスの路地と同じような造りになっていた。
路地はほとんど白一色、彫刻が刻まれた白い建物に、街路樹、よくわからない形のランプ。
地面のレンガも真っ白、それに光のポワポワたちが浮かんでいて、黒い物はランプの縁くらいしか存在しなかった。
なんで黒磁?
私と一緒にレリーとトキも来ていて、プッチアに身体を預けて浮かんでるレリーが説明してくれる。
「黒磁の由来は、路地の彫刻に刻まれた者たちが、黒の時間に落とされたことからついたの、彫刻を見て」
私は禁忌を結んでたから、黒の時間って聞いて少し怖くなる。
彫刻には、手を上げた沢山の人とその人たちが持ち上げる木の幹が描かれていた。
「木を持ち上げてるの?一分で戻るのに」
「戻らないわ」
「え?」
レリーはステッキを弄りながら興味なさそうに答える。
「ここの彫刻の別名はね、組み立てる者たちの彫刻」
「組み立てる者?」
私の疑問に、トキが笑う。
「aon mionaid(一分間)で戻んのに組み立てんのかよ、なんか意味あんのか」
「戻らないわ。これはまだブレンダンが出来たばかりで一分間の制約がなかった時の話なの。
この彫刻はこの木から始まって、人々がトーリスにあるような建物とか、カラリスにあるような建物とか、色々な建物と町を造っていくの。
でもね、最後になると建物が粉々になって泣いて、逃げ回る人たちが描かれてる」
「建物って粉々になるの?」
「そうみたいね。人が勝手に物を造ったから、ミレは怒ってしまって彼らの造った物を壊し、彼らを黒の時間に落として全てが終わった。
伝承では、この彫刻ができたその時から一分間の制約がついたとされているわ。
我が子のイタズラの伝承とどちらが正しいのかはわからないけど。
ここの人たちは、訓戒として彫刻に残された」
「この人たちは彫刻にされてるの?」
「そう」
じゃあこの人たちは彫刻からしか世界が見れないんだ。
ちょっと可哀想になって、私は手を振ってあげる。
あ、でも、私の服じゃ見ない方が幸せ?
そう思ったら、彫刻の前にいられなくなって、トキの横に隠れる。
「何やってんだよ」って笑ったトキが何か気づいたようだった。
「その話イオの神マネこーざに似てんな。
物造ったんだろ、そこの彫刻の人間」
そーいえばそう。
レリーはプッチアで浮かぶのを止めて、足を降ろして自分の足で地面を歩き始める。
「そうね、トーリスではこの話は有名だから、神マネ講座を危ぶんでる人もそれなりにはいたわ。
イオはミレを怒らせかねなくて、だから、イオの神マネこーざは人気がでなかったの、着想は悪くなかったのにね」
「着想は良かったの?」
「あなたはランピスやカラリスでしていたみたいだけど、伝承に明るいトーリスでは興味を持ってる人も居たのよ。
物を造れたら楽しそうじゃない?
ミレを怒らせかねない行為だったから、人づてに聞くだけで決して近寄らなかったけどね」
「もしかして私、ミレを怒らせかけてた?」
「そうね、そう思ってたけど、ミレはあなたに虹色石を渡した。
そしてあなたは神の友人になる、そういった意味ではあなた幸せね」
「幸せ?」
トーリスに来てから酷いことばっかりだったんだけど。
「トーリスでは今もまだ羨ましがってる人も多いわ。トーリスではミレの友人こそが目指すべき塔の頂き。
そこにあなたが立ったものだから、みんな嫉妬してる。
だからあなたは劇でもずっと悪口を言われてるし、誰も止めない、いい捌け口になるから、カトリーヌの劇は今もそれで大人気なの」
「へー」
悪口を言われる話なんてちょっと辛かったから、それで話を終えようとしたけど、レリーは私に言いたいことがあったみたいで、気のない風を装って言う。
「そんな人たちと違ってね、カトリーヌはあなたが大好きで、あなたの味方になろうとしてたわ、カトリーヌはトーリスで一番、あなたを尊敬していたから」
「カトリーヌが……私を好き?」
「ええ、昔からね、カトリーヌは物を動かそうとするあなたの行動を気にしてて、人づてに成功したかどうか、確認してたわ。だから虹色石が動いたって聞いた時一番喜んだのは彼女だった」
「私を好きだったの?ならなんであんな劇」
「あなたのせいね」
私はビクッとして、聞いてたトキが怒る「おい、イオのせいにすんじゃねえよ」
レリーの声にちょっとした怒りが混ざる。
「イオのせいよ、トーリスのしきたりでは、あからさまに一人の衣装だけ褒めて、他の人を褒めないのは、大変な無礼にあたるわ」
「そう…なの?」
「時と場合にもよるけど、あの時のイオのやり方はよくなかったわね。
初対面で三人来たのに、ワタシだけ何度も褒めて、カトリーヌとロービエン無視したでしょ。
見た目に頓着してないロービエンでさえ、怒らせるくらいだったもの、カトリーヌは気高い子だし、あなたが大好きだったから悔しかったんじゃないかしら、最初はワタシも、あなたを嫌いになった」
「あ、…ごめんね」
ここでレリーに責められるとは思わなくて、劇のぐちゃぐちゃした気持ちがまたこみ上げてくる。
トキとレリーは口喧嘩を始めたけど、私はちょっと近寄るのが怖くなって、レリーから距離を置いて歩いた。
路地にはあんまり人がいないから、視線は気にしなくてもいいのに、人目を気にしながら、彫刻を避けて歩く。
……スミの劇の会場に着くとまだスミは来てなくて、誰かが光絵の公演を行ってて、レリーとトキは喧嘩しつつ見始めたけど、私は近くのリベーに入り込む。
ガラスの扉をくぐると、そこに、4人の人が居て、その内の一人にスミがいた。
「スミ?」
スミはセミロングの髪を揺らして私に振り返る。
「イオ?」
その優しい顔はやっぱりスミで「スミ!」
スミを見た瞬間涙がこみ上げてくる。
でも近寄るのは躊躇ってしまう。
「あ、スミ、ごめんね、私ね、劇ですごくスミの悪口を言ってるの、スミ優しくしてくれたのに」
言いながら私はその場で俯いて泣き出してしまう。
そんな私をスミが撫でてくれる。
「気にしてないから安心して、イオが元気ならいいの。……あ、肩は見せたらダメよ」
スミは私の着崩した服を戻し始める。
でも私が襟の紐をとっていたから戻らないみたい。
「紐は?」
「これ」
スミは紐を私から取ると地面に置く、離れて一分経ったら戻るから、着直すにはこれが早いんだけど、私は戻されたくなくて、足をちょこっと動かして紐を踏む。
スミが言い聞かせるように私を叱る。
「イオ、服を着崩すのは品格のない人のやることよ。
服が嫌でも、品格まで無くしたらダメよ」
品格って聞いてビクッとしたけど。
「で、でもね、私を見ると、人が不快になるからね、少しでも肌見せたいの」
「なに言われても、品格までは無くさない、これだけは言うこと聞いて」
「いや!」
「イオっ」
私は嫌だったからぐずついていたけど、最後にはスミに押し切られて、嫌々ローブを普通に着る。
そうすると、もうほんのちょっとでも人に見られてるのが怖くなって、部屋にはスミの他に三人の人がいたから、私は棚の影に隠れる。
スミはそんな私を見て微笑んでから、女の子を呼んで紹介してくれる。
「イオ、紹介したい人がいるの」
「誰?」
スミに紹介され、私の前に来たのは、茶色のローブにエメラルドの髪飾りをつけた、髪はショートカットの女の子。
綺麗な腕輪や髪飾りが付いてるから私よりはすごくマシだけど。
女の子は私にちょこんと頭を下げて、私に挨拶する。
頭を下げるのってどんな意味があるんだろう?
「初めましてイオ、会えて嬉しいよ」
「初めまして、私も嬉しいです」
「それにしても僕とそっくりの服だね、それだけ似てると方々から罵られてるだろうから、君に恨まれてないか心配だよ」
恨む?
「恨まないよ?似たローブの人がいてね、嬉しいくらいだから」
「ならいいんだ。君は寛大だね。それとも気づいてないのかな?」
「なにを?」
「うん気づいてないね、それなら自己紹介をするけど、僕はオーミカ、君の父親だよ」
オーミカ?それで思考が止まる。お父さん?この女の子が?
「お父さん?え、スミこの人、男の人?女の子じゃなくて」
スミは悪戯っぽくシッと唇に人差し指をつけて、オーミカは肩をすくめる。
「うん、いい一撃だね。
これだから、素直な人間は厄介だ。
素直な口を光の噴水と取り替えてもわからないくらいに、考えが口をついて出てくるんだから、僕は、いつも受け流す準備をしなくちゃいけない。光の流れに流されないようにね」
え?え?どういう意味。
「謝ってあげて、あなたはオーミカを傷つけたの」
「わ、ごめんなさい」
「いいよ、慣れてるから」
オーミカは気にしたように自分の身体を一生懸命見つめてる。
わ、可愛い。お父さんなのに、この人、可愛い。
本当に男の人?
「えっとあのオーミカは、なんでこんなところに?」
本当に男の人?女の子にしか見えないけど、それが気になってしまって、聞きながらちょこんとオーミカのローブの前にかがむ。
服の上から見れば男の子かわかるかも?
ローブの下見ればすぐわかるけど。
オーミカは困ったように頬をかく。
「うん、スミさんが言ってたように、好奇心が旺盛な子だね」
「でしょう、気になることがあるとなかなか離れないの」
私が気づかれないようにローブをめくろうとすると、オーミカは私の前にしゃがんで、私のおでこをつつく。
「わ、なに?」
「うーん」
オーミカは可愛らしく首を傾げながら、私のおでこをちょんちょんつついて、「なに?なに?」何回目かに私は半泣きになってしまう。
「あの、やめて」
それを見てオーミカは微笑む。
「よかった。やっと僕への興味がなくなったね、気が散ったのかな?
まあ、君はいい子みたいだし、助けるまでは協力するよ」
「協力?」「うん、僕は人助けも好きなんだ。だから恩に着ないでいいよ、楽しい時間を」
オーミカはそう言って、私から離れていく。
何かお父さんというより、可愛い子?
スミは戸惑う私の髪をなでる。
「覚えておいてねイオ、オーミカはね、あなたにいい影響を与える人なの」
「なんで?」
「あの人ね、イオみたいにトーリスには居られない格好だったのに、悪口言われながらもずっとトーリスに居続けたの」
「あの格好でずっと?」
「30年くらいって言ってたわ。
そして誰からも悪口を言われ、誰も相手してくれないのに、人の会話を盗み聞きして、トーリスのしきたりを余さず覚えて、少なかったけど友人も作ったんですって、それからね、急に山の人間になった」
「なんで?」
「さあ、それは私とオーミカの秘密。でも、私は思うの。
オーミカはカラリスやランピス、十字の石の森のしきたりにも詳しいから、きっと全部学び終えて、今度は山の人間の慣習を覚えに行ったんじゃないかって、私と会った時は無口になってたけど、そんな気がするわ」
「オーミカって変だけどすごい人?」
「私の好きな人よ」
スミはオーミカの話をすると嬉しそうで、私にも暖かいものが甦る。
スミと会ってると昔に戻ったみたいで、すごく安心して、人の目が少しだけ気にならなくなる。
私とスミが話してると、今度は部屋の中にいた見知らぬ人が二人近寄ってきて、私に声をかけてくる。




