『一途な人』
「ありがとう、助けてくれて」
私がお礼を言うと、トキは手を止めて、私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
「いいんだぜ、俺は君が好きなんだから、助けんのは当たり前だろ」
「……うんっ」
嬉しくなって、トキを見て、でも窓から見える空の色が黄と緑に変わったのに気づくと、劇の時間近づいたんだって、ふっと心が萎む。
「どうした?」「ううん……」
緑青、青藍、藍紫になったら劇、劇は怖いから、劇って想うだけで心が落ち着かなくなる。
「よし、続けるぜ、って君震えてんじゃねえか」
「……え、ううん。足動かす練習するね、足だけね?トキも足だけなら触っていいよ。覚えたいから」
「おう」
身体にトキの暖かさを感じると少しだけ落ち着いて、そしてまた練習を始める。
劇はこれからもずっとあるから。
そう悲しんだ時、扉が開いて、プッチアの光が見える。
プッチア?
それが見えた瞬間、扉からレリーが顔を出す。
レリーは私とトキを見て、ちょっと顔を赤らめて、顔を背けつつ嘆息をする。
「そういうのは緑光の草原でやって」
「トキっ」
「おお、わりい、何のようだよ」
トキが私から手を放して、私は僅かに乱れたローブを整える。
レリーはもう完全に私たちから顔を背け、そのまま用件を話す。
「聞いて、イオ」
「うん、なに?」
「スミから伝言があるわ」
「スミから?」
スミって聞いて心が怯える。
私は劇でずっとスミの悪口言ってるから、スミの話を聞くのも怖かった。
レリーは私の心情がわかったみたいで、嘆息する。
「スミは今もあなたの味方よ」
「そうなの?」
信じられなかったけど私はちょっと安心して、レリーが一瞬私を見る。
「スミからワタシへのお願いは、イオをスミの公演に参加させること、スミの劇の内容は知らないけど、ワタシは許可するつもりだから、あとはイオ次第ね」
そういいながら、レリーはプッチア(光綿)を僅かに回す。レリーは可愛くて、仕草は優雅で、衣装もすごく可愛い。
トキの様子が少し気になった。
「んだよレリー、その劇にでればイオの劇もどうにかできんのか?」
「内容は知らないの、ワタシも頼まれただけだから」
レリーは言いつつ、私とトキの前に座って、私を見た瞬間眉をひそめて、ツーっと私から視線を逃がしていく。
そして座る向きをトキの方に変える。
「あの、レリー、やっぱり私の衣装醜い?」
「そうね、でもワタシも見ようと努力はしてるわ、見くびらないで」
「うん……、がんばって」
トキの前であんまり衣装をダメって言われたくない。
でも、レリーは意に介さずに、トキを見ながら話を続ける。
「それで、劇には出るの?出ないの?出るならリツカに話しを通すけど」
「俺に言ってんじゃないよな?」
「イオによ」
「紛らわしいなあ!おい」
「リツカ?私のお姉さんだよね?」
「そうらしいわね」
リツカには会ったことないから、あんまりよく知らない。
「リツカって綺麗?」
「トーリスの人ね、綺麗な人で珍しい鏡を持ってるわ」
「そう…なんだ」
トーリスの人にはすごい綺麗じゃないとなれないから、私のお姉さんはすごく綺麗?
なんとなく自分のローブが惨めになる。
レリーがもう一度尋ねる。
「イオはスミの劇には出る?出ない?」
「その劇はスミの作った、劇?」
「ええ」
「それならね、出る!スミに謝りたいから」
私がそういうと、レリーは微笑んで私の髪を撫でる。
「前向きね、それならあなたはきっと幸せになれる。あなたには味方がたくさんいるんだから」
その微笑みにすごく嬉しくなる。
「ありがと」
「決まったらまた来るわね。
トキ、イオ、楽しい時間を」
「楽しい時間を」
レリーが行ってしまうと、私はスミの劇のことが気になって、ちょっと考えていたけど、そのあとまたすぐに、今日の劇を思って怖くなって、トキに抱きしめてもらった。
それから何日もトキと一緒にいた。
トキと一緒にいて不安を和らげても、劇が来るたびに心は追い詰められて、次の劇への恐怖感が抜けない。
私がずっと恐がっていたから、不安を和らげようとトキはずっと一緒に居てくれて、それは嬉しかったんだけど、トキへの申し訳なさも芽生えてしまう。
「トキ」
「あん?」
「トキはね、見たい公演とかないの?」
「あるぜ、でもまあ今は君だろ、君外でれないしな、外でるの怖いか?」
「怖い」
「劇も辛いだろ?」
「つらい」
「そっか、なら怖くなくなるまでずっと居てやる。君、まだ15才だろ、怖くて当然だ」
トキは笑顔で言ってくれて、それを見てすごく申し訳なくなる。
「でもね、本当にね、ずっとになるかもよ?私ね、劇はずっと怖いし、外でるのもずっと怖いから、ずっとここで震えてるかも」
「ん?どうしてほしいんだよ?はっきり言え」
「トキはね私をほっといて外に出ても、いいよ。私ね、一人でも平気にならなきゃいけないから、トキに迷惑かけたくないし」
嫌になったら私を捨ててもいいから、自信のない私はそう付け加えようとして、でもそれは嫌だったから、言葉にはならなかった。
トキが笑いながら私を背後から抱きしめる。
「君はやっぱ良い奴だよなぁ、えらいぜ、俺もヨードロゼ始めてーなって思ってたんだよ。うっし行ってくっか」
「うん」
……自分で言ったんだけどやっぱりちょっと後悔する。
トキはその雰囲気を感じたみたいで、私を元気づけるように頭を撫でた。
「でも、もうちょい、ここにいるぜ?」
それからはトキは何日間も部屋を空けるようになった。
トキのいない日の私は真っ黒で、ぐしゃぐしゃになった心から、どんどん涙が零れてきて、空の色が変わるたびに、身体を縮こまらせて、頭に劇のことが渦巻いた。
醜いの、とか、誰からも嫌われるとか、そういう言葉が自分の口から洩れだして、それに気づくと膝を抱えて髪をくしゃくしゃして、その度にトキのことを頑張って思い出して、心を平静に戻そうとした。
でも劇になるとまた沢山の人に罵られて、私は泣いて震えながら部屋で縮こまる。
そうゆう時間と劇を何回往復した時だろう。
トキが一週間来なくて、トキに嫌われたんじゃないかって、怖くなって。
ずっと泣き続けた私の部屋には、またあの男の人たちが来た。
「あの男はいない?」抵抗する気力もなかった私は弱々しく頷く、そして男の人たちが柔和に笑う。
「そうか寂しいね、君に出会った頃を想い出すよ。なら僕たちが彼の代わりをしてあげよう」
そう言われて伸ばされた手を一応は拒否したけど、そのまま強引に来られると、結局は無気力に身体を預け、それに身を浸した。
可愛がってくれるから、悲しいことを考えなくてすむから、私はそんな人たちでも来てくれたのに安心して、頭がポーッとするようなくだらない快楽に身を浸した。
その人たちが来て何日たっただろう。
トキが部屋に来て、その男の人たちを追い散らし、私の髪を掴み上げる。
「おい、イオ、ふざけんじゃねーぞ!!なんで身体許してんだよ!」
怒りに染まるトキの顔は怖くて、私の心はぐしゃぐしゃに追い詰められる。
「ご、ごめごめなさい」
「俺がいねえからって何やってんだよ!!足払い教えただろが!」
「うぅ…だってぇぅぁああんああん」
もうトキの顔も見れなくて、私はただ泣いて泣いて、トキは乱暴に私を床に置いて、服を脱ぎ始める。「泣いてりゃ許すと思ってんじゃねえ!ちくしょう!ちくしょう!」
トキの怒りが静まっても、私はトキの太い腕と脱いだ衣服の中でまだ泣いていた。
「ひっうぁああん、ご、ごめなさい、トキ、キライにならないで」
「……はあ、ちくしょう。長くいなかった俺も悪いんだよな、もうちっといい方法考えようぜ」
トキがそう言ってくれて、私はまだ泣いてたけど、泣くのをやめようとする内にちょっとずつ落ち着いてきて、やっと話せるようになる。
トキが私の額にかかった髪を指でつまみ、形を整える。
「君、俺いない時さあ、一人で大丈夫かよ?」
「……うん」
「嘘つくな、レリーから、俺がいない日は1日中ずっと泣いてるって聞いたぜ、君、自分で思ってるより強くねえよ」
「……泣いたりも、そのね。してる……」
「あの劇はキツいからなあ。俺一回カトリーヌを、掴み上げたんだぜ?劇やめろってよ」
「カトリーヌはなんて?」
「ミレのご友人の義務ですから、ってそんだけで押し通してくるんだよ。俺も怒鳴り散らしたんだけどさ、ほら、人は人に何もできねえだろ。無視されるとお手上げなんだよ」
「やっぱり劇は一生なのかなー」
「わかんね、そんでも、あんな男たちが来るんじゃ、俺は君を一人にしたくねえしなあ、ダンスはしてえし、どうすっかなあ」
「私が早く、心を強くするしかないね」
話がまた同じとこを回り始めた頃、扉から、プッチアに載ったオモチャの人形が現れる。
「プッチアと人形?」
扉から姿を現した人形が光り輝き始め、奇妙なダンスを踊り始める。
足をあげて手をあげて、カクカク首を回して一回転。
「レリーの衣装だよな?レリーはどうしたよ」
「なんで人形だけ踊ってるの?」
それは不思議だったけど、私は、あっ、て思って、トキに服を着るように促す。
「トキ!服」
「おう、そういう意味か」
一分経ったら、お人形が扉の向こうに戻り、扉が開いてレリーが顔を出す。
そしてホッとした表情をする。
「この前話したスミの劇の日程が決まったわ、時間が空いたから白磁から別の場所になったけれど」
「いつ?」
「明日の緑青、黒磁の路地」
レリーの用事は簡単で、明日の緑青の時間にスミの劇が始まることを伝えてくれて、すぐに帰っていった。
レリーは館にいないし、いつもどこに行くか不思議だったけど。
トキの話だと、レリーは今はチャートやイトランゼ、トキと一緒に過ごしているらしい。
「4人でずっといるの?いいなあ、楽しそう」
「君も禁忌さえなけりゃ、来れるんだけどな」
「でも私、服がね、これだからトキ以外の人はちょっと」
「来れねえか?」
「うん、友達作るのもね昔諦めちゃって、恋人もできなくていいやって思ってたの。
だからね、神マネこーざをずっとやってて、なのに、トキが恋人になってくれてね、驚いてるの」
「そうか?」
「私でも、恋人できるんだって不思議でね?トキがいてくれるから、だからそれだけは今幸せ」
「おう、俺も君が好きだぜ、そのローブも含めてな。てか覚えとけよイオ」
「なに?」
「俺さあ、自分で思ってたよか、一途だったんだよ。
前のアレもあって、今日のこれでも君を好きなままだったろ、不思議だよなあ。
一生、何があっても君が好きっぽいから、安心しろ」
「うんっ」
「よっしゃ、んじゃ明日がんばろーぜ」
「明日の劇?」
「ああ、劇の内容よくわかんねーけど、スミっつう人の劇なんだろ、その人はイオの味方なんだろ?」
「そう!スミはね、私をずっと見てきてくれた人だから、今も大好き」
「ってか君、外にでれんのかよ?」
「出れないけど、でも出なきゃ、私の伝承がね、スミの悪口だらけになっちゃったから、謝りたいもん」
「そういや君、伝承に残ったんだよな」
「うん、でもね、あんまりそんな気がしないの、スミもすごく優しいのに、私と憎み合ってたってことになっちゃうし、どうしてこんな嘘が伝承になるの。まだ私もスミもいるのに」
「そんな伝承よかさ、昔みてえに、君が君自身を好きんなって、外を好きに歩けりゃいいな」
「歩きたいね」
「ひっひ、君、昔さ、その辺のやつからなんか言われても、神マネこーざを始めますっつって追っ払ってたろ」
「追っ払ったんじゃなくて、あれは人を呼ぼうとしてたの、はぁー、神マネこーざ。いつから、やってないんだろう。虹色石もいつ渡してくれるのかな」
「まあとにかく明日だ。幸せには一歩一歩向かうしかねえんだから、がんばろーぜ」
「うんっ」
私は頷いて、明日の劇に想いを馳せる。
スミの劇ってどんなのかな。




