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ミチノカナタ~~物戻る街で~~  作者: 流氷陽北
第二章:お願いの仕方は数あれど……。
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『リツカからの忠告』



 カトリーヌは頷いてから、ちょっと遠慮がちにワタシに聞く。

「もうレリーの心はここにはないのですね」

 それは辛い言葉だったけれど、人との関係は気が合わなくなれば、離れるのが常識だから、ちょっと迷ってから、プッチアの人形にそうだよって頷かせる。

カトリーヌと喋れるのは1日に一回だけ。

 カトリーヌは綺麗で可愛らしい顔を悲しそうに歪めたけど、すぐにそれをまた鎮め、凛とした雰囲気に戻る。

「レリー、最後に少しだけ、お話してもよろしいかしら?」

 ワタシは頷く代わりに、休息所に入って、いつもの白い椅子に座る。

それはワタシが普段過ごしていた場所で、この椅子は背もたれがなくて、でも動かさなくても座れるから、ワタシのお気に入りの場所だった。

 休息所から見える、飾ってあるランプと白い天井、咲き誇る赤や白のバラの配色がワタシもそれからカトリーヌも好きだった。

カトリーヌとはよくここで伝承や、トーリスのしきたりのお話をした。

 カトリーヌもそれを思い出していたんだろう。

ワタシの近くの椅子に座って、一緒に過ごした日々を懐かしむ。

「覚えてますか?レリー、わたくしと出会った頃のこと」

 出会った頃?記憶が曖昧だったから、反応を示さなかったけど、カトリーヌは気にせずに続ける。

「その頃のレリーは、変わった子でした。

誰にも懐かず、交友を結んだ相手も、もうすぐにお嫌いになって、空の色より簡単に人の間を移り変わる、そんな気紛れな子で。あの子が気に入る相手なんて世の中に存在しないんじゃないか、わたくしそう思っていましたのよ」

 そんな覚えもあるわね。

今だってカトリーヌから離れてからはトキに行って、そして今はチャートに変わった。

ワタシって飽きっぽいのかしら。

「あなたはご存知でしょうけど、わたくしは気位が高く、悪く言えば傲岸な所がありますから、そんな気まぐれなレリーを自分の友人にしたくて仕方がありませんでした。

わたくしの魅力がどこまであるか試したくて、あなたの親友であろうとしました」

 ワタシはカトリーヌと出会った時を追想しようとして、それに失敗する。

ワタシにとってのカトリーヌはトーリスのしきたりを教えてくれた、気高い、でも優雅で物腰が柔らかい、一緒にいて苦にならない友人だった。

だからワタシはよくここにいて、カトリーヌと過ごした。

カトリーヌがちょっとぼんやりと言う。

「レリーを懐かせるつもりでしたのに、……今はわたくしの方がレリーと離れがたく感じてます。不思議なものですね」


 カトリーヌはそれきり話をやめて、顔を伏せたから、ワタシは心配になって、カトリーヌを覗き込む。

でもワタシがその表情をみる前に、カトリーヌは美しい羽で顔を隠し、スッと席を立ちワタシに背を向ける。

「ごめんなさい、わたくしまだあなたと別れる心の整理がつきませんの、ですから、レリー、わたくしと夜会でだけはお会いになって、わたくしの心の整理がついたらお別れいたしましょう」

 夜会だけ?

「八年のよしみですもの、そのくらいのワガママを言っても、よろしいですか?」

 カトリーヌは後ろを向いてたから、ワタシは人形を2度つついて、そうだよって頷かせる。

 カトリーヌはそれを聞くと涙を拭いて、休息所から足早に出て行く。

ワタシもなんとなく悲しくなって、それからしばらくはカトリーヌと出会ってからの日々を思い返し、でもリツカに会う約束を思い出して、ワタシは夜会の会場内を探し歩く。



 リツカは19歳で姿が定着し、身長より大きな姿見を常に身体の近くに侍らせた女性だった。

服装はドレスではなく、腰から膝下まである生地を幾重にも重ねたダークブルーのスカート。

フリルのついたブラウスの胸元にリボンをつけて、真っ直ぐに降りた長い黒髪とその髪の幾筋を束ねて下ろすプラチナの髪飾りが上品な雰囲気を与える。

ただそれだけだと地味に思えるけど、ブレンダンでは重宝される身長より高い鏡を常時侍らせてることと、その鏡に集まってきた『老と子らの光球』が、彼女にまとわりついて光の華やかさを与え、彼女のトーリスでの立場を不動のものにしていた。

 ブレンダンには鏡は数枚しかないから、鏡を持つ人は人気になる。

ワタシが近づいていくと、リツカは姿見を差し出し、「今空いてますよ」って上品に微笑む。

 ワタシはそれには答えず。

「芸運行管理人のあなたに言伝があるの」とだけ伝える。

「わたしに?」

「ヨードロゼは休止、だから、また始めたら、場所を融通してあげて」

「お休み……ですね、わかりました。ただレリーさんは、正式な面子ではないので、ヨードロゼの合い言葉をお願いできますか」

「合い言葉はヨードロゼ」

「はい、ではお休みにしますね」

「ええお願いね」

「あ、もう少しいいですか」

「何?」

 リツカは困った顔をする。

「今のヨードロゼの休止で場所が空いたわけなんですが、そうするとですね。

次入る方から、わたしお願いをされてまして、イオさんの付き人である。あなたに、お願いしたいことができてしまったんです」

 リツカにしては妙に歯切れが悪い。

芸運行管理人は、さばさばと処理していくのが普通なのに。

「何かしら?」

「あの、劇に被らない時間で構わないので、イオさんを別の公演に出しても構いませんか」

「誰の公演?」

「スミと云う女性です。わたしの母で19年一緒に居たので、お願いを聞いてしまいました。あ、もちろん正式な手順を踏ませ、順番も待たせましたので、聞いたのは今のお願いだけです。スミは夜会には参加しづらい格好なので」

 スミ?リツカの母親はスミ?イオの母もスミだから。

「リツカって、イオの姉だったのね」

「そうらしいですね、でもイオさんはわたしがスミと離れた後に生まれたので、よく知らないんですよ」

 家族って云っても他人と同じだから、リツカは特にイオには思い入れはなさそうね。

「スミは他に何か言ってた?」

「頼むのはレリーさんに、それだけです。許可いただけますか?」

「今はダメ、決めたら伝えるわ」


「はい。あ、それから」

「まだあるの?」

「カトリーヌさん、色々と噂になってますよ」

「そう、ありがとう」

 今のは内心驚く。

 芸運行管理人は巷の噂にほとんど関心を示さない。

 芸の運行はどんな相手にも公平に行われる。

 それを管理する人が、噂話を吹聴してしまえば、容易に敵を作り、芸の運行に支障をきたす。

噂に汲みしないことは、芸運行管理人のたしなみの一つ。

その人が主義を曲げてまで、やんわりと噂の存在をほのめかすなら、それは今のカトリーヌに味方がほとんどおらず、孤立していることを意味する。

 リツカはワタシに、カトリーヌさんを止めてあげた方がいいんじゃないですか?味方ほとんどいなくなってますよ、って忠告してくれたのだ。



 カトリーヌには既に味方がいない?

ワタシはカトリーヌが可哀想になって、それから数日の間、久しぶりにトーリスの人脈を回り、スミの公演のことやカトリーヌの噂のことを調べたり考えたりしながら、過ごした。

スミのことはよくわからなかったけれど、カトリーヌの噂は、行き過ぎた劇の内容や、イオに裸でお客さんの相手をさせてること。

そういったことからカトリーヌに悪評がたって、人心が離れていっているらしかった。

スミが噂を流しているのかしら。

ただイオについての話も聞いた。

 イオの部屋にはもうトーリスでも品位のない者たちが入り浸っているようで、良識のある者たちにとっては話題にあげることさえ躊躇われる状態らしい。


カトリーヌもよくわからないわね。

もうイオは堕ちきってる。

そんなイオにこだわって、自分の立場まで危うくする必要はないのに。

それともそれくらいワタシの禁忌を解きたいのかしら。

でもワタシはカトリーヌから心が離れたことを告げたばかりだし。

もうカトリーヌもあの劇を続ける理由がないと思うから、すぐにやめてくれるといいけど。


 数日で状況を把握してからまた夜会に行き、夜会でポツンとしてるカトリーヌに会うと、カトリーヌはワタシを見て喜んで、それから珍しく唇を尖らせる。

「わたくし、イオさんが嫌いです」

 イオが嫌い?

カトリーヌは処世術に長けた人だから、嫌いとかそういう直接的な表現を使うのは珍しい。

 何かあったのかしら。

カトリーヌは訥々と続ける。

「あの子には尊厳がありません。

わたくしが命じたからと言って、別に禁忌ではございません。イオさんにお会いする方々も、イオさんの許可がなくば触れることさえ叶わぬのです」

 もしかして自分の悪い噂でも聞いたのかしら、カトリーヌは自分に言い聞かせるようにぼやく。


「いいですかレリー、トーリスの人間はあのようになってはいけません。

どのような境遇であれ、イオさんのようになってはいけません。

 わたくしたちには、尊厳があります。

例え世界の全てが、自分を罵ろうと、自分だけは自分の尊厳を保持しなくてはならないのです。

イオさんは自らの意思でそれを捨てました。

わたくしは、だからあの子が嫌いです。もう視界の中にさえ入れたくない」


……カトリーヌは何をそこまで怒ってるのかしら。

イオを何千人にもに罵倒させ、追い詰めたのは自分なのに。

あれほど酷い方法をとっておいて、イオに怒る?

 今のカトリーヌの発言には少なからず反感を覚える。

 カトリーヌがワタシの顔色に気づき、「ごめんなさい」って謝る。

それを見て、でも、と続けて考える。

カトリーヌの交友は浅く広くで、ワタシとロービエンを除いて深く親しい相手はいない。

だからこのまま孤立を深めると、カトリーヌは一人になる。

自分の立場まで危うくするんだから、イオを追いつめるのなんてやめた方がいいのに。



 カトリーヌはその話が終わると、部屋に行く男たちの品格の無さにも触れ、もうその男たちの相手をしないように、女性たちに名前を流していることを教えてくれた。

ワタシはその中にチャートの名前がないのを知って安心する。

そういうことを徒然と聞いてる内に、休息所に夜会のお客さんが来た。

 それは七色の光が刻一刻と移り変わる服を着た。

綺麗な口髭を持つ男の人、ロービエン。

「ロービエン!」

 カトリーヌの声が一段弾む、カトリーヌはロービエンが好きだから、ワタシも頬を綻ばせる。

ロービエンがいれば、カトリーヌも一人にはならない。

それでワタシも安心したかったのだけれど。

 ただどうしてかしら、休息所の前に立つロービエンは目に見えて怒っていて、その憤怒の形相を見たカトリーヌがたじろぐ。

「あのロービエン?なにかありましたか」

 ロービエンの形相がさらにキツく鋭くなる。

「カトリーヌっ!!」




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