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ミチノカナタ~~物戻る街で~~  作者: 流氷陽北
第二章:お願いの仕方は数あれど……。
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『結んだ禁忌の解き方』




「1日にひとこと?!わたくしと話せるのがそれだけなんですか」

 カトリーヌの狼狽はワタシの想像していた以上のものだった。

「レリー!そんな禁忌を結んだんですか?!ねえ、レリー!!」

黒の時間は何も見えないから、カトリーヌが色々聞いてきても頷くことさえできなかった。

カトリーヌは珍しく狼狽して、ワタシが答えられないのがわかると、泣き出してさえしまう。

「あぁレリー、あなたは優しすぎます!それはよくないことです。

わ、わたくし、レリーとこれまで通りお話したいです。ねえレリー、わたくしがお嫌いになって?だからわたくしと話さなくても、そんな禁忌を、ねえレリー」

 それを否定したくて首を横に振る。

違うの、カトリーヌ、ワタシ、カトリーヌのこと大好き。

だから、禁忌を結んだの、一番大切なものを禁忌にするのが、一番強い力になるから。

 そう思って、心で言い訳して、でもカトリーヌの欷泣を聞いてると胸が潰れてすごく後悔する。

「レリー、なんでレリー」

 ワタシ、禁忌を結んでよかった?

イオのことなんてまだよく知らない。

イオは狂ってしまったけど、見ているのは辛かったけれど、それはカトリーヌと一言しか話せなくなってまで、したかったこと?

そんな訳ない。

カトリーヌはすごく悲しそうで、だからワタシもいまさら悲しくなって、ぐすぐす泣いた。

「レリーレリーっひどいです。わたくしずっと、今までみたいにレリーと楽しい時間を過ごしたかったのに」

ごめんなさい、カトリーヌ、ワタシは禁忌を結んでしまった。

その約束はもう翻せない。




 カトリーヌは黒の時間が終わると、ワタシに嫌いになっていないかを確かめ、ワタシが頷くと、光涙を拭いて、また凛とした雰囲気に戻る。

「レリー、こうなってはしかたありません。わたくしは伝承に造詣の深いロービエンと一緒に十字の石の森に行き、禁忌を解く伝承を探します」

 禁忌を解く?そんな伝承あったかしらと思ったけど、カトリーヌは笑顔を見せる。

「幾つか聞いた覚えがございます、禁忌を解くには、禁忌で得たもの、得たいものを元に戻し、禁忌の結びを解けば、効力がなくなります。

実際に試すとなれば、改めて確認しなくてはなりません。

そのために1ヶ月はわたくしは十字の石の森で過ごします。

戻るまでイオさんの劇はお休みにしますから、レリーはここに残って、付き人としての務めを果たしてくださいね」

 付き人の務め。

不安だったけど、何回も頷く。

「よろしいですかレリー、お客さんがイオさんに訪ねて来たら、失礼がないようお通しして、できれば名前と用件も覚えておいてください。では楽しい時間を」

 ワタシが頷くのを見る間もなくカトリーヌは廊下を歩いて行ってしまう。

 十字の石の森の語り部は普通の会話には取り合わず、数週間の通しで物語を語るから、その確認をするなら、1から話を聞かなきゃいけない。

 でも、禁忌を解く方法もあったのね。

そう聞いて安堵する。

カトリーヌが言うには、ミレに頼んだことをもと通りにすれば、禁忌の結びは解けるらしいけど。

ワタシがミレに頼んだのは、イオの狂気を払うこと。

それはつまり、イオが正気に戻ったらワタシの禁忌は解けないということね。

じゃあワタシはカトリーヌと一言しか話せなくなるか、狂ったイオとずっと一緒にいることを選ばなきゃいけない?

もうっ、どっちでもワタシはイヤ!

 怒りさえわいてきて、イオの部屋の扉を開け放つ「トキ!イオは1ヶ月お休み!」

「なんで怒ってんだよ!」

「さっさと起こさないと、ワタシの禁忌解いちゃうんだから!早くしなさい、イオなんて、元々どうだってよかったんだから!」

「キミの禁忌がなんか関係あんのか?」

「ないわ!早くして」



 それから一週間、禁忌を解くか解かないか、ワタシは迷いながら過ごし、ほとんどの時間を、イオやトキと同じ部屋で過ごした。

すぐに助かるかしらって楽観していたけれど、トキは何日も何日も同じことを繰り返し、ワタシは半ば呆れて、もう早々に見切りをつけていた。

トキには無理ね、イオを助けるの。

「好きなんだって起きてくれよイオ!なあ、おい」

この男の、この恥ずかしい言葉はなに?

「俺は君とまた話したいんだよ!」

 同じ部屋でワタシまで恥ずかしくなるような、愛の叫びを聞かされ続けると、居たたまれなくなってきて、ワタシはまた嘆息する。

イオも起きないし、この男にはこれしか言うことないのかしら。

愛してる、起きてくれ、話したい、そればっかり。

 でも、一週間近くも睦言を聞かされ続けるとだんだんそれにも馴染んできて、今は乗り越える方法を編み出していた。

試しにトキの愛の囁きを自分のことに置き換えて、色々と想像してみる。

「なあ、狂ってても愛してるぜ」

 狂ってても愛してる、直接的で呆れてさえしまうけど。

少し想像してみる。

ワタシに恋人ができたら、こんな風に愛してくれるのかしら。

 気が触れたワタシの耳元で、ずっと愛を囁いてくれるの?

 ワタシは眼を閉じて、自分の理想の男性の姿を思い浮かべる。

あまりはっきりとした輪郭にはならなかったけれど、想像したつもりにはなった。

そして、その男の人が言っているつもりでトキの愛の囁きを聞く。

愛してるぜ、とか、大人になった君に話しかけた時覚えてるか?俺すっげえ嬉しくてさとか。

そんな耳をくすぐる柔らかい言葉なのに、トキの声は荒々しい情感があって滴るような愛情があって、自分が言われてるつもりになると、暖かさが身体を包んで、すーっと聞き続けていたくなる。

「ほら笑えって、お、ほっぺやわらけえのな、すっげえ可愛い」

ワタシの頬がつつかれる想像をしてみても、やっぱり形にならなくて、自分で自分の頬をぷにぷにつつく。

「あー笑わねえか?わりぃな、ちとつつきたくなってよ」

 うんいいわ、良い感じ。なんとなくいいわ。

これは癖になりそう。

「トキ」

「んだよ、レリー」

「あなたイオのこと本当に好きなのね」

「まあな、コイツと俺は似てんだよ」

 その時の笑顔はどういえばいいだろう。

それは言いようがないけれど、思ったよりも爽やかでいいものだった。

地味だから恋愛対象にはならなかったけれど……、少しいいなって思ってしまって、ワタシはまたトキとイオのやり取りに自分の空想を重ねる。



 その日からワタシは、トキの愛の言葉を聞くのが、楽しみになった。

 愛の物語はよく聞きに行っていたけれど、トキのそれは真摯で暖かで、本当の真心がこもっていて、耳を浸しているだけでワタシの胸の中がポーッと満たされていく気がした。

 最初は衣装のかっこいい男の人の姿を想像して、その愛の囁きを聞いていたけど、だんだんと想像するのをやめて、トキの声だけでよくなって、気づいたらトキの唇とか、仕草とかをじーっと見つめたまま、愛の囁きに耳を澄ます。

「あーどうしたら起きんだよ、泣くぜ俺」

ちょっと遠いわね、隣だとどんな感じかしら。

「おい、レリーなんで俺の隣にくんだ?」

「それは、まあ、あれね、気にしないで」

「いいけどよ。聞けイオ、俺は君が狂っててもさ、好きなんだよ。でもさ君、俺見てくんないだろ、それが辛くてさ」

 腕とか服がすごく近い、好きになってくれたらこんな感じ?

こんな近くで囁かれるのかしら。

トキに気づかれないように、トキの横顔を一瞬見上げ、気恥ずかしくなって視線を降ろしてからトキの服をキュッと掴む。

「なあイオ」

 トキはワタシの方は見ていなかったけど、同じベッドで愛の囁きを聞いていると、すごく心が満足して、顔があげられなくなる。

「好きなんだよ、俺ももっと早く言っときゃよかったな、君が好きだって」

うん……、自分が言われてるつもりで、ワタシもトキの腕に触れて心で呟く。

好き……。

「なあ、君に会えねえと俺辛いんだ。あーもうわかんねえけど」

……なんて返そうかしら、慣れてないわ。

……もう、イオのことも禁忌のことも、よくわからない。

ただこの愛らしい時間を楽しみたくて、ワタシは何時間もトキの声に耳を浸しながら、顔を俯かせトキの服を握っていた。



 トキが用事があるみたいで部屋から出ていってしまうと、ほっとワタシは嘆息する。

 トキの用事ってなにかしら、戻ってくるのはいつ?

それが気になって気になって、ワタシは窓の赤とオレンジに分かれた風景を見る。

 バラ庭園を歩くトキの背中がちょっとずつ小さくなって、見失いそうになったワタシは後を追おうか考えて。

自分の役目を思い出し、ほんの少し身体の力が抜ける。

窓の外にトキの後ろ姿が消えるまで見送って、トキの消えた風景を長いこと目で追ってしまう。

「もしかして、好きになっちゃったのかしら?」

 そう呟くと、すごく胸がぽわっとして、嬉しいのに苦しくなる。

ワタシはトキが好き?でもトキはイオが、後ろを振り返ると、気の触れたままのイオが居て、ワタシは少し安心しながら恐る恐るそれを口に乗せる。

「イオ、ごめんなさい、ワタシ、トキが好きになったみたいなの、だけどあなたを戻すためには努力するわ。

でも、もしカトリーヌが帰って来ても、あなたが意識を戻さないなら、……あの、ね?」

イオが、意識を戻さないなら、ワタシは禁忌を解いてもいい?

……トキがイオを諦めたら、ワタシにもトキは。

そう考えてからイオに謝って、でも、イオを見ていられなくなった。





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