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ミチノカナタ~~物戻る街で~~  作者: 流氷陽北
第一章:安穏としていては……
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『ランピスの大通り』



 それからはスミとお喋りを続け、あっという間に祝福の日は終わり、リベーでスミと別れた。

「いままでありがとうスミ!」

「私こそ15年間ありがとうイオ。これからは友達としてね」

「うん!友達として」

 スミとはこれからも会えるから、お別れって言っても大したことはないんだけれど、家族って繋がりがなくなるのは少しだけ寂しかった。



 リベーを出ると狭い路地になっていて、同じような石造りの建物が沢山並んでいた。

 今は朝3時を過ぎたばかりの紫赤の時間だから、空は鮮やかな紫と赤に色調が分かれていて、路上にちょこっとだけ光のポワポワが浮かんでいる。

 これからどうやって生きていこう。

私は恋愛をするつもりはないし、芸術をする才能はないから、もっといい方法を考えてみようかな。

 それを考えるために私が調べてきたことをもう一回思い返す、文字なんて便利なものはないから、がんばって思い返すだけ。

 人は神様の作った完璧な世界をほんのちょこっとだけ弄る権利が与えられてる。

これは俗にいう『我が子のイタズラ』という二つの権利と一つの義務のこと。


 神さまのくれた権利の一つめは、『物を一分だけ動かす権利』

 ブレンダンの物ははるか以前に神様が造ったものだから、人がそれを動かせるのは一分の間だけ。

 例えばテーブルと椅子があって、椅子をずらして座ってみたとする。

 一分間は座っていられるけど、一分後には神様が気づいて椅子をまたテーブルの下に戻し、座っていた人は勢いよく弾き出されることになる。

だから皆、椅子は使わず、テーブルや窓枠に座る。

 物が一分で戻るその制約に例外があるとすれば服と身体だけ。

 身体と衣服だけは人間に与えられ、生まれてから着ているものだから、身体に触れている限り戻ることはない。

 だから着替えはできなくても、服を着崩したり、肌の露出を多くすることはできる。



 2つ目の権利は、『触ったり歩くことができる権利』


もともと神様は人に動いてほしくないみたいで、歩いたり触ったりは最低限までしか許していない。

そのせいで人のある速さを超えた部位は何でもすり抜けてしまう。

 物と物はぶつかるんだけど、人に何かが触れた場合、どちらかが速いとすり抜けてしまう。

 その速さの上限は結構少なくて勢いよく触ったりは出来ないし、走ることもできない。

 もし走ったりすれば足が地面をすり抜けて、そのまま地中に一分埋まることになる。

一分後にまた弾き出されるから、なんの問題もないけど、ちょっと面倒。

 ちなみに、刃物や尖ったものだと遅くてもすり抜けたりする。

 なんでそうなるかはわからないけど、調べてみても特に繋がりはないみたい。

 3つ目は義務で、『人間はただひたすら賑やかに、楽しく過ごすこと』

 それが人の生まれた意味で、神様がさせたいこと。

 人は何十年ぽ~っとしてても生きていけるから、寿命を迎える二百才前後までみんな楽しくおしゃべりだけして生きることができる。

つまり神様は世界を人に賑やかにしてもらいたいんだ。

 それは神様から直接聞いたわけじゃないけれど、伝承があるからみんな一度は聞いたことはある。

それはこんなお話。

『創造された当初のブレンダンは美しいが静かで、退屈なものだった。

街と山と十字の森、そして湖や緑光の草原、光の高原がその全てであった。

 静謐で動きのない世界、それを眺めるのに退屈した神は、ブレンダンにそっくりな世界を幾つも造り、一列に並べてみた。

 見通せないほどに並べ、奥行きができたものの、見回しても動くものはなく、また耳を満たすものもない。

神様はまた退屈して、今度は別の手段を思いついた。

動かないのが退屈なら動き回る物を作ろうじゃないか。

 神様は試しに、光を集めて人型を作り、よく喋る声と身振り手振りをする腕、歩き回る足を与えた。

しかし、生まれ出た人々は世界に不満を抱き、口々に文句を言った。

「これはどうしたことか!椅子には座れず、湖にも入れず、地面も踏みしめられない。これでは身体のある意味がないではないか!なぜ物に触れることさえできないのか!」

 神さまはもっともだと思って、人間に二つの権利と一つの義務を与えた。

それは私たちの持っているのと同じ、一分間物を動かす権利と触り歩くことのできる権利。

そして代わりとしてブレンダンを賑やかにし、楽しく生きる義務を負った。

 人々は感謝をし、神様の願った通りに腕を振り回し、ブレンダン中を動き回り、大いに笑った。

 賑やかになったブレンダンに神様は満足し、今も塔に住み人々の話に耳を傾け、愉快に暮らしている』

そんなお話。


 その伝承は私も好きだけれど、聞く度に思う。

なんで神様は人に何かを作る力を与えてくれなかったの?

 私がしてみたいのは神さまみたいに、椅子とか建物とか、それや木とかを作り出すこと。

ブレンダンは美しい土地だけど、やっぱり足りないところはあって、私ならもう少し綺麗にできるし、してみたい。

 喋ったり恋愛したりはいいから、何かを作りたい。

それが出来ないなら、私はなんで生まれて来たの?

 服を馬鹿にされるため?

そんなんじゃないと信じたい。

 オーミカに会うのはいつでもできるから、会うのをやめて、いつもの日課をすることにする。

 何も作ることのできないこの世界で、何かを作るために研究するっていう、大した成果のない日課だったけれど、大人になったら何か変わるかもしれない、だから急いで確かめてみたかった。

 

 大通りに近づくにつれ喧騒が大きくなり、透き通った笑い声に、歓声が幾重にも混ざるようになる。

そして現れる、人、人、人。

 ランピスの大通りは人がいっぱい集まる場所で、建物の間隔もずーっと広くって、道路は石畳、赤煉瓦の建物が並び、綺麗で清廉された通り。

 今は紫赤の暗めの時間帯だから、上空を渡すように伸びる二本の細いアーチは目立たなかったけど、青林檎石で設えられた噴水が白光を噴き出し、人々をいざなっていた。

人をかき分けつつ、光の噴水に着き、欄干に立って集まっている人々を見回す。

 3つの渦巻きの装飾が特徴的な噴水の周りにはよく私をからかっている子供数人と十数人の大人の人たちがいた。

「またイオかー」

「また今日もやるの?」

聞こえて来た雑言を気にしないようにして、大通り全体を見渡してみる。

 今見てくれてる人の他にも、華やかな衣装を纏う婦人や紳士がたくさんいて、歌ったり、朗々と声を張り上げ道行く人に恋愛譚を聴かせていたり、漫談する人、光の球で宙に絵を描くパフォーマンスをする人がいたりと様々。

 ランピスの大通りは話芸とか劇をする人が多いから、よっぽど興味を惹かないと注目してくれない。

 私のする催しは芸術じゃないから、今までは見向きもされなかったけれど、でも昨日私は大人になった。

身体を包んでた燐光は消えたから、みんなの態度も変わるかもしれない。

「イオちゃん燐光消えた?」

「消えた!もう私は大人なの」

 噴水にきていた二十才くらいの見た目の人が私を見上げてくる。

「祝福の日に消える淡き光は神の見えざる手だ。

人はそれに抱かれ育ち、あくる日に消え去ることで成長は止まる。

祝福の日を迎え、定着した姿に満足する者、不満を抱くもの、様々だが、イオちゃんはさしずめ」

 タキシードの人が長々と話していたからさっさと話を遮る。

「不満じゃないもん、恋愛なんてしないから」

「不満なのだろう、泥のような衣装では無理もない、可哀想に」

可哀想?お祝いだから他の人の時みたいに、賑やかにしてほしいのに。

タキシードの人の沈痛な様子に、周りの人々も笑いながらそれに習う。

『可哀想に』

 地味な服をバカにする人もいるけど、大体の人はこんな対応、哀れんでいたり、あえて気にしてないよって振る舞っていたり、本当に気にしてない人はちょっとしかいないんだ。

「可哀想って……、おめでとうが礼儀でしょ、地味な服でも!私は嬉しいもん、こんなローブでも!」

ちょっと切なくなりながら、そう言い返して、とりあえず大衆に向かって大きな声で言葉を投げかける。

「さーでは!大人になったところで!イオのー!神マネ講座っ!始めまーす!」


 口を開いた方が見栄えがいいけれど、言葉と口の開き方を間違えたら恥ずかしいから、口の開きは小さくして、大仰に両手をあげる。


「今日は!石を積んでみます、一分間戻らなければ成功です」

「石を積む?どのくらい?」

「一日中積みます」

「あー、それは楽しそうだ、ははは」

「どれ、向こうでトレビーの語りが始まるそうだ。それを見に行こう」

 噴水にいた人たちは愛想笑いしたあと、こそこそと離れていき、他のパフォーマンスしてるところに行ってしまう。

大人たちがバラバラと散って、残ってるのは私をからかう3人の子供だけになる。

「やーいっ」「やーい」「ヤーイ」

「やーいって、バカにするのも投げやりになってない?」

「まあね。地味イオが同じことしかしないから、バカにするのも大変だぜ」

「それならね、バカにしなきゃいいでしょ」

「やーい」「やーいっ」「ヤーイっ、泥~!一生地味~、あははっ」

 子どもたちも噴水のそばから離れていき、私はあっという間に一人になる。

 見回しても噴水の近くには誰もいなくて、しかたなく、欄干から降りて、石畳の隙間にあった小さな石を拾う。

 ずっと一人でやってるからもう慣れたけど、どうしたらいいのかな。

「はぁー、人がいなくなりましたが、神マネこーざ始めます、……まずは、石を三個拾います」

 呟きつつ石を拾い集めてから、立ち上がって、噴水に溢れる光の液体に石を投げ入れる。

「光に石をブクブク沈めて、積んでから神さまにお祈りして待ちます。

何か出来ますように、何か出来ますように。

二回唱えれば神さまも聞いてくれたはずです。

さあ!あとは石が一分戻らなければ成功です、戻らなければ……、あ!」


 小石は光の噴水から飛び上がって、すごい勢いで私の身体をすり抜け、そそくさと元の石畳の隙間にはまり込む。

さっきまで噴水の中にあったのが嘘みたいに元の位置。

 動かした物が一分経って戻る見慣れた光景だけど、いつもこんな調子だから、ちょっと打ちのめされる。

 動かしたら戻るし、傷つけても戻る。

それならどうやって物を作ればいいんだろう?

何回やっても成功しない。

私ってずっとこのままなのかな。

 それから、一人で延々と石を動かしてると、視界の端っこに脚が見えて、誰かが立っているのに気づく。

……誰?

 脚に意識を向けると、ジャラジャラと鎖がついた黒ズボンに、鈍い光を放つダークブラウンの靴。

 視線をあげると、上着は白いシャツにネックレスと黒ジャケット、ドレッドヘアの男の人だった。

なぜかジッと立ったまま、紫赤の空を背に私を見下ろしてる。

 芸術関係の人はもっと派手な服が多いから、普通の人?

 喋る気配がないから、私から声を掛ける。

「もしかして!私の神マネこーざを見に来たんですか?」

「んー」

 男の人は切れ長の目をしていて顔はまあまあ格好いいんだけど、ニヤニヤとしていてちょっと好きじゃない。

 でもせっかく興味持ってくれてるんだし。

「石を動かしてるから、見たいならいいですよ。どうせ戻るけど、成功するかもしれないし」

男は聞いていないのか、全く関係のないことを言う。

「君、燐光消えたよな、大人になったのか?」

 妙な質問、ううん質問は普通なんだけど、言い方が変、何か思惑が別にあるような。

「なりましたけど」


「大人に?」

「はあ」

 そう言った瞬間。

なんでだか男が破顔する。

「そうかあ!!ハッハハー!」

「……?」

「で、なにやってんだ?」

「噴水をね、作りたいの、彫刻でもいいけど」

「あ、そう」

「そうです」

「ま、頑張って」

「はい」

 男はそれで離れていって、私はまた一人になる。

 バカにしないなら悪い人じゃない?

でも協力はしてくれそうもない、覚悟はしているけど、一生こうしてるのは少し寂しい。




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