『ひとことの決別』
ワタシはカトリーヌから離れてすぐに薔薇の館にいるイオのところにむかった。
……イオはベッドに腰掛けたまま、虚ろな瞳を虚空に向けて、それに相応しい言葉を洩らしている。
あーとかうー、とか、髪かきむしったり、ワタシはそのイオの目の前に座って、ごめんなさいって謝ってから、本当の意味の禁忌を結ぶ。
禁忌を結ぶ本来の使い方は、ミレから力を貰うため、さあ狂ったイオ、戻って来てね。
ワタシはそのために一番大切なものを捧げるから。
『ワタシはミレと、これより話す禁忌を結びます。
ワタシ、レリーはカトリーヌと話しをしま……1日にひとことしか話をしません。
だから、イオの狂気を払う力をワタシにください。
禁忌を破ったのなら、ミレはワタシを視界から外してください。
ワタシの存在はブレンダンから消え、黒の時間の中で永遠を生きるでしょう。
ミレが私を見ている限り、ワタシは生涯においてこの禁忌を守ります』
そう禁忌を結んだ瞬間、スーッと気持ちが楽になって、イオを呼び戻せる気がしてきて、ワタシは身を翻す。
いつかワタシはこの禁忌を後悔する。
でもそれはイオを戻してから。
ワタシは衣装の周りに浮かぶプッチアに乗って、薔薇の館を飛び出す、これに乗ればどんなに速度をだしても地面に足が埋まることなく、飛んでいける。
プッチア(光り綿)に載ったオモチャのステッキを前に倒して速度をぐんぐん上げ、館も薔薇の生け垣も門も、その速さで全部すり抜ける。
オモチャのお城をつついて速度を落とし、お人形を撫でて高さを上げる、光り綿はワタシを乗せて高くに浮かんでいく。
さあトキはどこにいるかしら。
高い高い空の頂きから、小さくなったキラキラの街並みを見つめ、見えづらいから、お城の窓を覗きこみ、ステッキを撫でて、窓に映る街の夜景を拡大していく。
空から道行く人を眺めるのはワタシの一番の退屈しのぎ、でも今はそれを、人を探すのに使う。
トキは……トキは……、色々な路地の間を眺めていると、トキと言う男の人を見つけて、ワタシはステッキを振って高い空の上から、すごい速度で降りていく。
小さかった街の夜景がどんどん大きくなって彼の前に降り立ち、路地にもたれていたトキは驚いた顔をしていたけど、それがワタシだと知ると悪態を吐く。
「君なあ?何のようがあって、俺の前出てきてんだよ?おら!」
怒り狂ったトキは勢い良くワタシにグーをぶつけてきたけど、勢いがありすぎたから、ワタシの身体の中をすり抜ける。
トキはそのまま勢い余って、地面を透過して転び、リベーの壁にはまり込む。
はあ怖い、乱暴ね……でも、今は味方になるから、気分も楽。
「聞きなさい、トキ」
「あん?」
まずカトリーヌの嘘はばらしたくないから、カトリーヌの嘘の禁忌を確かめる
「あなたが聞いた禁忌は、付き人に拒否された人間はイオには近寄れないと言うものね」
「ああそうだぜ、君も拒否したんだろーが!なんで俺の前に出てきてんだよ!」
「ワタシが許可するわ。イオにはどちらかが許可すれば会えるの。イオに会うことをワタシが許可する。カトリーヌに隠れて…なら、」
恐らくカトリーヌは、どちらかが拒否したらダメと言う意味合いで、トキに嘘の禁忌を教えたんだろうけど、どうせ嘘の禁忌だから、厳密には正しくなくても構わない。
イオにはワタシが許可したら会えることにしてもらう。
「どういうこった?」
「何でもいいわ。いい?イオに何度でも会わせるから!
ワタシと一緒にイオのあれを治しなさい!キスでもなんでもして!ワタシ嫌なの!あんなイオと一生過ごしたくない。これ、掴んで」
「お、おう」
トキは理解はまだしていなかったようだけど浮かぶオモチャのお城を掴んだから、ワタシはオモチャのステッキを前に倒して、街中をもの凄い速度で飛んでいく。
プッチアは速いから館の二階にいるイオのところにはすぐにたどり着いた。
トキは覚悟はしていたみたいだけど、ベッドで放心しているイオを見ると、また心が揺らいだみたいだった。
「おおっイオ!俺がなんとかしてやるからな!!」
「ワタシ、イオをあんまり長く見れないから任せるわ」
「当たり前だろ、君なんかに任せられるかよ!いいかイオ、君は神マネ講座が大好きな奴なんだ!戻って来いよ!な?」
カラリスの人は熱いわね。
この人に任せておけば戻るかしら。
そう思って、ずーっとトキとイオの様子を眺めていたけど、トキはただひたすらイオに声をかけ続けるだけで、なんか違うんじゃないかって気がしてくる。
トキはトーリスの人じゃないし、別に上辺を取り繕うこともないわよね。
「声かけるだけなんて意味あるの?」
「あん?」
「キスくらいしてもいいんじゃないかしら」
「バカ、そんな卑怯な真似できるかよ。お、そうだ、それいいな、おいイオ、俺とキスしたくなけりゃあ、って同じことじゃねえか!やんねえって」
「あなた見た目より真摯ね、変な男なら意識ないならキス以上のことだってしちゃうのに、それともワタシが邪魔?」
「バカにしてんなよ、居なくたって手は出さねえよ!おい!イオ、だからって安心してんなよ?!俺は怖い男なんだからな!」
まあどっちでもいいわ、イオさえ戻れば、……それにしても、声大きい。
この大きさじゃカトリーヌにも聞こえるわね。
そう思った時、部屋の扉が開く。
四色宝石の粉を散りばめた3対の美しい羽、アップに纏めた髪からはカールに巻いた髪が横に零れ、綺麗と可愛いらしいが同居したような少女。
カトリーヌ。
「あら、トキさん、レリー、神のご友人に用がございまして?」
「あるぜえ、ひっひ、残念だったな!レリーが許可してくれたぜえ?
イオを戻すまでここに居ていいってよ」
「あらそうですか、禁忌に触れずに何よりでした。レリーいらっしゃい」
「はい」
はい?……これもひとことよね?今日カトリーヌと話せるひとことをもう使っちゃった。
カトリーヌは部屋から出てすぐにワタシを問い詰める。
「あの男を入れたのは、レリーの優しさですね?」
話せなくなったワタシはただ頷く。
「そういうレリーがわたくしは大好きです。
ですから、耳を傾けてほしいのですが、わたくしは劇の内容はもう変えるつもりはございません。
イオさんを罵る、あの常人には耐えられない劇は、イオさんが185年後に消えるまで続きます。
禁忌を結んだイオさんはそれに耐えねばなりません。
ここまでわかりますか?」
もうカトリーヌと話せないワタシは、こくこく頷く。
カトリーヌは微笑を浮かべる。
「イオさんは目覚めたあとも、1日に二度、何千人もの方から罵声を浴びせかけられるんです。
そしてその上に自分を貶める言葉まで唇にのせねばなりません。
イオさんはそれに耐えきれず、狂気に逃げました。
それなら今のように何の言葉もわからない方が、イオさんも嬉しいと思いませんか?
人には逃げる場が必要でございます。狂ったままと、正気に戻し、罵声を浴びせかけること、どちらが優しいかおわかりですね?」
カトリーヌはそう流暢にワタシに言って、「あとはレリーの好きにしてください。わたくしはレリーの友だちですから、命令はしません」ってワタシの頭を撫でる。
カトリーヌはあんまりくどくどとは言わない。
一回だけ相手の心に響くように言ってそれで終わり。
そんな風にカトリーヌはいつでもどんな相手にでも物怖じせず、凛として話す。
そういうカトリーヌがワタシは大好きで、八年前に出会ってから、ずっと傍にいた。
カトリーヌが居たから、トーリスのしきたりも理解ができて、毎日が楽しくなった。
そんなカトリーヌと話せるのは1日にひとことだけ?
そう思った時、黒の時間が来て、黒く染まり、周囲が真っ暗になる。
さっきまで目の前に居たカトリーヌも暗闇の中だ。
「あら黒の時間でございますね、もう少しお話しましょう」
黒の時間は日にちが替わって最初の三時間続く。
日にちが替わったから、ワタシはまたひとことだけカトリーヌと話せる。
だから、最初にそれを告げる。
「カトリーヌ、ワタシ、イオの狂気を解消する禁忌を結んだから、あなたと1日ひとことしか話せない」
「え?」
って、カトリーヌが驚いた声を出して、ワタシはひとこと以外何も言えなくなって、潰れるような気持ちで口を閉ざした。




