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ミチノカナタ~~物戻る街で~~  作者: 流氷陽北
第二章:お願いの仕方は数あれど……。
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『イオの味方は』




 トキという男の人はワタシの罵りを無視して、ワタシと、ワタシが支えるイオの方に歩いてくる。

その表情はなにか迷うような思い詰めたような、苦笑するようなそんな珍妙なもの。

「なあ、イカレたイオ、昨日初めて君の劇見たけどよ、俺驚いたぜ、君さああんな劇でてんのか?さすがにイカレてんなあ!ずっと悪し様に言われてるだけじゃねえか」

 この男はイオが狂ってるのを知ってる?

 ワタシは怖くなったけど、トキはワタシを見ず、イオはトキ以外のとこに、目をきょときょととさせてる。

トキは今度こそ苦笑する。

「おいおーい!無視すんなって、お、あれか?君がトーリス連れてかれる時、止めなかったの怒ってんのか?あれはさあ、歓待って言葉に騙されちゃったんだよねん。ほら俺、素直だから!まあ怒んなって」

 トキは一人でまくし立てたあと、わしわしとイオの髪を撫でる。

「てかよお、君だって好きでここにいるんだろ?

俺さああんな劇見て、びっくりしてよ、笑い転げちまって、なあ、イオ、俺勘違いしてたわ、神マネなんちゃらよりあの劇好きなんだろ、嫌なら逃げれるもんな?な?逃げないっつーことはそういうことだぜ?君は神マネ講座よか、あの劇が好きなわけだ。だから俺に怒んなって、自分のせいだろ」


やっぱりこの人はイオが狂ったのは知らない?

ワタシはちょっと怖くなって、「イオは神の友人よ、あなたみたいなじみな人とは話せません」と言って話させないようにする。

 男性があー?と言うように、まなじりをあげてドレッドの髪をかき、イオの顔を覗きこむ。

「んだあ?おいイオ、俺のこと無視してんのかよ。俺そんな悪いことしたかあ?ってよく見りゃなんでフード咥えてるんだよ。ぶはは、馬鹿だな、とって話せって!無視すんな」

 ダメって思った瞬間男性がイオの口からフードを外して、イオは話せるようになって、口の奥から言葉が漏れ出してくる。

それは虚ろな小さい声。

醜いの、とか、あれ?とかうーんとかの微かな呟き。

ただ口の中に漏れ出すだけの言葉に、男性は、ん?と眉を潜めて、イオの声に聞き耳を立てる。

やがて、首を傾げ、ワタシが聞きたくない言葉をいい始める。

「君なんか変だぞ。いつも変だけどよ、なんつーか、声ちいせえ、まずはっきり喋れ、名前言え、君の名前はな・ん・で・す・か、ほい」

 イオは虚空を見つめ、わ、とか、うーん、私恋しないのってまた呟いてる。

「名前言えないのか?んなわけねーよな、無視だよな?俺のこと無視してんだろ、いや、こんな無視聞いたことねーけど、まあいいや、君の名前はな・ん・で・す・か、これ答えたら帰ってやるぜ、俺と話したくねーんだろ、名前言ったら帰ってやる、返事しろ、な?」

 トキの顔はなんか赤くなっていて、ワタシはこの場を離れたくなる。

イオはその言葉に反応せず、うん醜いねとか、動物がねとか虚ろな瞳で虚空に何かを吐き出してる。

「どうしたんだよ、なあ、おい、ちゃんと喋れって、なあわかるだろ?」

男性は辛抱強くイオに声をかけていたけど、イオの気が狂ったのに気づくと、ワタシに詰め寄る。

「き、君ら、イオを歓待するっつったよな?どうなっちまってんだよこれ、喋らねえぞ」

 こういう時カトリーヌならどうするだろう?どうしたら、ワタシの心は落ち着くだろう?

カトリーヌに教えて貰ったことを思い出す、人に責められる時は、責められないように、噂を流されないように、相手や別の方に責任を転嫁するか、上手に言い訳を探してください。

どうしても方法がない時は、ほどほどに謝りましょう。

それを反芻して、なんとか言葉を出すことができる。

「ミレの友人は劇に出る義務があるの、ワタシには劇の内容は決められないし、それにそれにイオは歓待されて幸せなのよ」

「これが幸せな奴の顔かあ?口半開きで、目どっち見てっかわかんねえし、余計珍妙になっちまってるじゃねえか!俺わかんねえよ!なんだよこれ、わけわかんねえ、俺さあイオと話に来たんだよ」

 トキはワタシに怒るより先にただわめきちらし、半泣きになっていていたから、ワタシもパニックになりかけたけれど。

相手はどうせ地味な人だからどうだっていい、そう自分に言い聞かせて、平静を保つ。

「なんでイオがそうなったかはワタシ知ってるわ」

「なんでだよ?!」

「あなた、イカレたイオって言ってたじゃない?

言ったから本当にイカレちゃったんじゃないかしら。あなたに会うまで普通だったから!」

「お、お、俺が言ったからこうなったのか?」

「そ、そうよ、あなたがイオをこんなにしたの!どうしてくれるの、トキ、神の友人をこんなにして」

 何かしてはいけないことをした気がして、もの凄い心が動揺して、泣きそうになったけど。

 トキはどうしてだろう、自分を責めるはずのその言葉に縋る。

「だ、だな!俺のせいだ。俺の言葉は力あんからな!なら戻る!戻るんだよ!

イオ、俺の言葉でそうなったんなら聞いてくれ!君はイカレてねえ!イカレてねえから戻って来いよ!

俺さ、ずっと、君が好きだったんだよ!君さ、神マネ講座なんて地味なのずっとやってただろ?何年も何年も、諦めずによお、それが俺好きでさあ!かっけえよ!かわいいよ!好きなんだよ!どんな奴より俺にとっちゃあさ」

 トキはイオの身体を揺すって、言葉をどんどん重ねていく。

「俺、君の地味なナリも好きなんだよ、なら告白しろって思うだろ?ただ周りはそうじゃねえだろ?君バカにされてたろ?!恥ずかしくていえねえよ!んだし、俺自分から告白する流儀じゃねえんだよ、だから、ずりいよな、待ってたんだよ。君をバカにして、告白してくんの待ってたんだよ!ずりいよ俺!ずるいんだよ!

だけどよ!好きだぜイオ!ほら、俺から告白したぜ?だから戻って来い、な?答え聞かせてくれよ。恋愛しないもんって、振ってくれって」

 イオは当然のように聞いてなくて、ワタシはどうしようって気持ちが強くなって、その場から逃げ出したくなって、でも劇に連れて行かなきゃいけないから、動けずにいた。

 イオを戻そうとしてたトキがワタシを睨む。

「なんだよ、トーリス!イオはなあ、やっと上手く行ったんだぜ!十年だぜ?いや生まれてから十五年バカにされて、やっと虹色石が動いてよお!これから、これから幸せになるんじゃなかったのかよ!!んだよトーリス!んだよレリー!イオに何してんだよっ」


 ……ワタシはその言葉を聞いてることができずに、後ずさって、距離が少し離れたところでプッチアで浮き上がり、その場をあとにする。

背後からトキの叫び泣きが聞こえて、ワタシは逃げながら涙を零し、動揺を抑える。

どうしよう、どうしよう!ワタシはしてはいけないことをした。



 薔薇の館の庭の奥の生け垣の後ろにワタシは泣きながら隠れていた。

イオやトキのあの時の様子が怖くて、イオを劇に連れて行かなかったから、もう一生、生け垣にいようって決める。


「……イオには、かわいそうなことしたわよね。禁忌も破ったんじゃないかしら」

そうむせび泣いていた時、私の隠れる生け垣に燐光を纏った羽がひょこっと出てきて、遅れてカトリーヌが覗く。

「レリー!はぁー、やっと見つけました。夜会の時間ですよ?」

「……イオは?」

「わたくしが劇に連れて行きました。まったくもう、レリー、本当にトーリスから出て行ったんじゃないかって心配したじゃありませんか。わたくしレリーが大好きですから、出て行ったりはなさらないで」

「うん」

 カトリーヌは「ならよろしい。ほらお立ちになって」って微笑み、ワタシに手を伸ばす。

ワタシはそれを首をぶんぶん振って断って、緊張しながら尋ねる。

「トキって地味な男の人どうしたの?」

「あの男に何か言われましたか?」

「あの地味な人、イオが好きだったみたい」

「そうですか、色々喚いておられましたけど、イオさんの禁忌を教えたので、もう二度と現れないんじゃないかしら」

二度と戻らない?

「何教えたの?」

「イオさんの結んだ3つの禁忌に嘘を少しまぜて、『付き人である、わたくしかレリーが拒否している人間はイオに近寄ってはいけない』を付け加えて教えました。

彼はわたくしたちの許可がなければ、イオさんに近づくことはできません」

「じゃあカトリーヌは、あの人にもう二度とイオに近寄らないでって言ったの?」

「はい」

「あの男の人、イオが好きだったみたいだけど」

「それなら、なおさら狂ったイオさんのことは忘れた方が幸せですよ」

 それはすごく残酷な話、あの男の人は二度とイオに会えない?

ワタシの感情は揺らいだけれど、でもカトリーヌは笑顔を見せる。

「今度、オーミカやスミさんに会ったら、同じことをお伝えします。

あのお二人もイオを永久の黒の時間に閉じ込めたくはないでしょうから、禁忌と知れば理解を示すでしょう。

イオさんは狂っているので、それで全て終わりです。

さ、レリー、薔薇の館に戻りましょう。

どちらにせよ、係争はあまり気分がよろしくないものですね」

 ……トキやオーミカにもう二度と会わなくて済むと思うと、安心したけど、でも、ワタシの心のどこかが疼いてる。

トーリスのしきたりからすればカトリーヌのこの対応は正しいこと。

係争はどこまでも係争で、イオがどうなろうが構わない。

でも、ワタシは狂ったままのイオを見ていたくない。

だってそれはワタシのせいでもあるから。

ワタシはどうしたらいい?

 歩きながら考えて考えて、…………口からついて出た言葉に任せる。

それは久しぶりに出した、トーリスのしきたりを鑑みない私の本音だった。

「カトリーヌ、それはワタシの美意識には合わないわ。行きたいところがあるの、ごめんなさい」

ワタシは驚くカトリーヌの呼びかけを無視して、プッチアに乗り薔薇の館に向かう。





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