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ミチノカナタ~~物戻る街で~~  作者: 流氷陽北
第二章:お願いの仕方は数あれど……。
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『人生で最も悲惨な夜』




 レリーは何しに来たんだろう?ちょこっと顔を上げると追い詰められたようなレリーの顔があって、私も複雑な気分になる。

「なに?レリー」

「あの劇は本当?」

「……ううん」

「そう」

「……うん」

 また膝を引いた私の頬に、暖かい手のひらが押し付けられる。

そしてよくわからない、困ったようなレリーの声。

「ワタシ、あなたの味方になるわ、カトリーヌはちょっとやりすぎかもしれないから、だから、それだけ」

 ずっと嫌ってたのに味方?よくわからなくて、私がレリーの手にやんわり触れると、レリーは手をビクッと引っ込める。

何いまの?嫌がられた?

レリーはすぐに謝る。

「……ごめんなさい、あ、あなたの見た目慣れてないから、見てたら気持ち悪くなっちゃって、ま、また明日来るわ。明日は慣れると思うの」

 レリーはそう言って部屋から出て行ってしまう。

……私って醜いんだ。

レリーの悪気のない反応が、余計に傷ついて、膝をキュッと引く。

その時自分の醜い茶色のローブが目について、醜いのが嫌で、靴やローブを脱いで、裸でベッドに座ってみたけど、一分したらまた醜いのが身体に纏わりついて、私は手のひらでぐすぐすと涙を拭った。



 レリーはそれから劇や練習が終わる度に来てくれるようになった。

 レリーがポツポツと話してくれたことによると、レリーはずっとトーリスと十字の石の森だけで生きて来たから、派手で綺麗な服しか見たことなくて、地味で醜い服には馴染みがないらしい。

だから、私を見たら気持ち悪くなる、とも。

私の方を見てくれないのは辛かったけど、レリーは味方のつもりみたいだったから、私は何も言わなかった。

 レリーと会っていても、頭は次の劇のことでいっぱいで、レリーがどんな子なのかも、知る気力を持てないから、私も酷いことしてるのかも。


「イオはまた陰気なとこにいるのね」

 今の私には地下室の鉄の棒が縦に並んでる部屋が居心地がよくて、だいたいはその中に居た。

「……うん、私にはこうゆうとこの方が相応しいし、居心地がいいから」

 レリーは私が醜いとか自分を卑下すると怒るから、できるだけ、明るい言葉を選んだ。

 レリーはちょっと不満そうな顔をしたけど、私をチラッと見た後、申し訳なさそうに視線を外す。

 私から目を逸らしながら、レリーが聞いてくる。

「イオはもうトーリスから出る気はないの?」

「うん、スミに酷いことしちゃって顔が合わせられないから、ずっとここで劇やって過ごすかも、スミきっと劇見ちゃっただろうから、泣いてるよね」

「そう」

「ね、レリー」

「なぁに?」

「あの…と、…トー」

 その瞬間言葉に詰まる、何回も聞こうとして、聞けなくて、ようやく吐き出せた。

「トーリスの人、私のこと嫌いなの?」

 これはずっと思ってたこと、夜会に出ても、カトリーヌは私を隠したままだから、私は誰とも話したことがない。

劇が終わったあとも、誰も来ないし。

それって嫌いってことなのかな、でもカトリーヌはトーリスの人はあなたが好きって言ってくれてるし、もしかしたらって思って、レリーには聞けずにいた。

レリーはちょっと迷ってるみたいだった。

「カトリーヌには聞いた?トーリスの人間があなたをどう思っているか」

カトリーヌって名前を聞くと、心が圧迫されて、胸が苦しくなる。

声は出せそうもなかったから、二回頷いて肯定し、レリーは私を見てから、視線を逸らしつつ尋ねてくる。

「カトリーヌには聞いたのね?なんて言われたの?」

「ん、トーリスの人は心が広いから、醜くて、気持ち悪い私でも好きでいてくれてるって、い、いい場所だよね、トーリス、カトリーヌにね、お礼を何回も言ったよ」

 レリーは考えてたみたいだけど、ちょっと困ったような声を出す。

「ワタシ、トーリスのしきたりしか知らないの、その答えしかいえないから、イオになんて言ったらいいかわからない」

「私見て気持ち悪くなる?」

「なるわ」

 スーッと胸が冷える。

「う、ううん、いいの、私が悪いの、私もこの服装ね、嫌い、茶色でね、醜いローブも靴も気持ち悪くてたまらないから、何回も脱ぐんだ、気持ち悪くて着ていたくないのに、戻ってきて、なんでね着てなくちゃいけないんだろう」

「そうね、……大変ね。ちょっとローブ脱いで」

「うん」

気持ち悪いローブをぐすぐすと脱いで靴も脱いで裸になると、レリーはそれをお尻にひくように言ってくれる。

 私が裸身を丸めてローブに座ると、レリーはホッと息を吐く。

「イオも知ってるでしょう。服や装飾は触っている限りは戻ることはないの、だからそうやって敷いていれば、一分経っても着なくてすむわ」

 それは知っていたのに、なんで私は思いつかなかったんだろう。

 気持ち悪いローブに座ってるお尻はむずむずしたけど、でも身体に触れてないから、少し心は落ち着いた。

レリーが恐る恐る私の裸身を見つめ、私は怯えたけど、レリーは表情を輝かせる。

「イオっ」

「なに?」

「綺麗」

「え?」

「あなた、裸になると綺麗ね、顔も綺麗だし、肌も白くて、ちょっと胸は小さいけど、いいと思う。仕草もいいから衣装さえ除けばトーリスでも通用するわ」

「気持ち悪くない?」

「ええ、衣装の彩りがないから地味は地味だけど、ワタシでも見てられる、茶色一色がよくないのかしら」

 それを聞いて、私は久しぶりに嬉しくなった。

私にも綺麗なとこあったんだ。




「あら?イオさん、近頃少々明るいように見受けられますが」

 劇場の裏の部屋で、カトリーヌがそう聞いてきて、私は小さな声で、答える。

「レリーとね、友達になったの、だから、ちょっとだけ平気かも」

「レリーと……、それはそれは素晴らしいことでございます!近頃、イオさんが元気をなくされていて、わたくしも心配しておりました」

「ありがと、カトリーヌ」

「ええ」

 カトリーヌは綺麗で可愛らしい仕草で一瞬考え込んでから、また詩人の人たちを呼んで、話を始める。

私は気持ち悪いローブを着ているから、なるべく隅の方で小さくなっていたけど、カトリーヌは話を終えてすぐに戻ってくる。

カトリーヌが微笑んでると少し怖い。

「ではイオさん、近頃、劇に飽きてきたお客様も多いので、楽しませる要素を増やしましょう」

「ま、また劇変えるの?」

「はい、イオさんがまたお元気になりましたから」




劇の台詞は変えないみたいで、少し安心したけど、やっぱり劇は怖かった。

 もう今はだいたい私の台詞で回るようになっていて、スミの悪口を言うたびに心が痛んだ。

そしてスミとケンカして街に出た後の場面。

「醜いのに、リベーから出てきてごめんなさい、でも気持ち悪い私はスミからも疎まれて、リベーに居られないの、先に謝ります。みなさんの視界に入ってごめんなさい」

 動悸を抑えながら、それだけ言って、そこで、今までなかったカトリーヌの言葉が入る。

『さて、お集まりの皆さん、先日の公演までは、ここからしばらく、3人の役者が醜きイオに侮蔑の言葉を吐く、街の反応を象徴する場面になっておりました。

先日の夜会にて臨場感が足りないとのご指摘を賜りましたので、本日より趣向を変え、より街の様子に近づけるべく、観客のみなさんに、舞台上のイオを貶して頂きたいと思っております』

 観客の人たちが私を貶す?観客席にいる何千人が一斉にざわめいて、私の目からは観客席が蠢いて見えた。

カトリーヌの優しい声。

『もちろん、寛大なトーリスの方々には、イオがどれほどに醜かろうと、罵声の一つ浴びせるのも躊躇われることだろうと思います』

 観客席からその通り!!我々には品格がある。と何人かの言葉が返ってくる。

それにカトリーヌは答える。

『しかし、これはあくまでも劇、カラリスの街の反応であり、劇に臨場感を出すためのものであります。

役者三人ではどうしても臨場感が出せないため、それを押して、声高らかに、参加して頂きたいのでございます。劇をさらに良いものにするために、イオを罵って頂きたいのです』

 観客席がまたざわめいて、それなら参加しよう。

って言葉が次々に舞台に落ちてくる。

え、なに、私今からこの人たちに悪口言われるの?

何千人もの蠢く人たちの動きが、一度収まっていって。

笑い声が増え始め、私はきょときょとと観客席を見渡す。

『ご協力ありがとうございます。さあ、では醜きイオの心が折れるまで!泣いて許しを乞うまでに、カラリスの残酷な仕打ちをご再現ください』

 ひっ…その瞬間落ちてきた罵倒の量はどれほどのものだったんだろう。

 観客席が轟いた感じがして、劇場全体が罵声の渦になって、何千もの醜い言葉の奔流が舞台に降り注いだ。

言葉の一つ一つが私の存在を否定するものだから、嫌いなローブも嫌いな靴も、髪も目も声も身体つきも、少しだけ自信のあった顔のことも、全部何もかも悪いことのように言われて、心が圧迫して、亀裂が走って、真っ黒い言葉が心に染み込んでくる。

醜い!醜い醜い!視界に入るな、リベーを出るな。卑しい賤しい、性格も悪い、

悪い言葉の渦は、少しずつ、すごい早さで私に染み込み、私は逃れようとしてるのに、だんだんと自分の大切なものが消えていく感覚がした。

私って醜いの?

醜いよね、……だって、私良いとこ一つもない。

自分で自分の良いとこ一つも言えないの。

 でもなんでかな、そんなにつらくない、こんな罵声を浴びてるのに、私は平然としていられてる。

私ね、平気そう、何言われてるかもわからないの。

すごい悪口だけど私は平気。

 だから、ね、カトリーヌ……そろそろいいよね、私こんな言葉聞きたくない、こんな悪い言葉に浸かっていたくない。

罵声がね罵倒がね、心に入ってずーっと耳にこびりつくの。

こんな場面早く終わろう?

私はね、大丈夫だから。

 え?なに、カトリーヌ、口を開いてどうしたの?私が何か言わなきゃいけないの?

……私の台詞?あのくだらないセリフね。

でもこんな悪い言葉の渦の中で言いたくないもん。

私にだって尊厳はあるから言わないもん。

そう思ってるのに、私の視界の中で、知らない誰かが頭を抱えて泣き叫ぶ、醜い私を見ないでええ!私ね、醜いの、醜いの、醜くて、人を不快にさせるから、外に出ちゃいけないの!

誰だろう?こんな酷い場所で、真っ黒い、こんな醜い言葉を吐いてるのは?こんな子はよくないね。

スミに昔自分を貶めちゃダメって言われたもん。

ああまた自分を醜いって言った。

その子はすっごく醜い子だからお似合いだけど、どんな子だろう?

醜い茶色のローブに醜い靴、顔もね目も耳も髪も性格も全部醜いの。

だからみんなに嫌われてる。

自分にまで嫌われちゃった。こんな人いるのかな、誰だろう、私じゃないよ、私じゃない。

でもなんで私しか舞台に居ないんだろう。

なんで私はこんなところで泣いてるんだろう。

私はここで何をしてるの?




 心の中のぐちゃぐちゃがずーっと収まらなくなって、うまく喋れなくなってしまったみたい。

 私はちゃんと喋りたいのに、醜い私の方が、なんだか支離滅裂な話をしていて、レリーを困らせていた。





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