『奇響の音楽家』
私が座ってる椅子は背後と右側をバラの生け垣に囲まれた角にあって、どちらの方向からお客さんが来てもカトリーヌかレリーの身体で私を隠すようになっていた。
特にカトリーヌはドレスの背から広がる3対の布があるから、私の身体を完全に隠してしまう。
「なんで私を隠すの?醜いから?」
カトリーヌはすぐには答えてくれなくて、仕方なく休息所を眺める。
休息所は真っ白で半球体の天井を持ち、レリーのプッチアの向こうには白い柱とバラ庭園の優美な風景が覗き見えた。
カトリーヌが私に振り返って笑顔を見せる。
「あなたの身体を隠すのは、ミレのご友人を、おいそれと人の目に触れさせる訳には行かないからでございます。
そのため来客の応対はわたくしが代わりに行いますね」
「はぁー、やっぱりみんな私を見るのが嫌なの?」
「そうではなく、あなたが神聖な方だからです」
「私が神聖?そんなの劇ではなかった気がしましたが」
「劇は劇でございます。こうしてあなたのおそばに居られるだけで、わたくしは幸福を感じております」
「本当に、私といて嬉しい?」
「それはもう!望外の喜びです」
わ!初めて言われた。
カトリーヌは私と居て嬉しい?
ちょっとふてくされすぎてたかも。
一応、歓待してるつもりなのかな?帰りはするけど、えっと。
テーブルにもたれるのを止めて、固定された白椅子にちゃんと座る。
カトリーヌはそんな私に微笑んでくれて、私もつい微笑んでしまう。
カトリーヌは私といて嬉しい。
わ、わ。
喜んでる内に、休息所の入り口に誰かが来てて、声をかけられる。
「あのイオさんはどちらに」
「こちらにおられますが、神聖な方ですから、わたくしが代わりに」
「そうですか、本日の公演、いたく感激致しました。カトリーヌさんが主催と聞き及びましたが、話はどなたが?」
「ええ、居合わせた詩人5名の連名となっておりまして」
わー大変そうなやり取り。
カトリーヌが私の代わりにお客さんの応対してくれるから、私は気楽に座っていられた。
お客さんの言葉はだいたい今日の劇を褒め称えるもので、私はあんな散々な劇だったにも関わらず、褒められる度に嬉しくなってぴょこぴょこと喜んだ。
それからたくさんのお客さんが来たけど、その内の一人のお客さんがこんなことを言う。
「舞台は大変楽しめましたが、流れに逆らう所が数点見受けられましたね」
わ、初めての批判、しょうがないよね、あんな劇だから。
カトリーヌはなんて言うかなって思ったけど涼しい顔。
「あらご慧眼。まだ急造でございますから、至らぬ点が目についたことだと思います。
日を追うにつれ、清廉されてゆきますから、引き続きのご来場をお願いしますわね」
カトリーヌってすごい人なのかも?私はとっさに言えない。
「カトリーヌ、すごいっ」
「は?」
カトリーヌはそれからも来客と話してから、私に振り返ってこほんと、私に手を差し出す。
握手かな?
そう思って手を重ねると、カトリーヌはそうではなく、って、私の手をやんわりとどける。
そして来てるお客さんをさっと見て、また私に言う。
「シドニアさんが虹色石を見たいそうですので」
虹色石を渡せってことかな?
「はい!これ!」
カトリーヌの手に虹色石を載せると、カトリーヌが来客の人に見せる。
「これでございます」
「これがあの、虹色石ですか、大時計に使われていた?」
「ええ、物知りでございますわね、この虹色石はもう二度と、ええ永劫に時計に戻ることはございません。それでは奇跡の一分を共に数えましょう」
「あ、はい!では」「アオン」「ダー」『トゥリー』
「ん」
とそこでシドニアさんが片手で制する。
なんだろう?
「数えてる最中ですが、いやもの足りません、もう少し強く言ってもよろしいですか?」「強くとは?」
「私は数を、喜びを高らかに歌い叫びたいのです。ああ、塔から我らを眺める親愛なるミレ、我が声と、我が歓喜で耳目を満たしたまえ」
「どのようなものか聞かせて頂けますか?」
「っほん。こういうことです、け、ケエエーっ!イィイルうう!!コっ!オオォー!ィイグ!!』
わー、変な声!男の人は叫びながら不思議な抑揚をつけて数えていく。
『シィィイアアァァ!!』
しぃいああぁ、こんな数え方もあるんだ。
しぃいああぁっ
私もその人の叫びのあとを追って、数字をつぶやいてみる。
おほおどおお、なあぁおぃい、って。
しぃいああぁ、が私は好きかな。
それに引き寄せられて人がたくさん集まってくる。
「なんと賑やかな、ことによると虹色石を見てるのですかな」「ええ、シドニアさんが。今ダー・イェウグまで数えております」
『ダっアアァィイエェーっウグウウゥ!』
あはは、なにこの声、変な声!変な音!
だあぁー、いええーっうぐう。
ずーっと黙ってたレリーも顔を赤くして笑ってる。
「ほっほ、彼は奇響の音楽家ですからな、聞いていて愉快だ、それにしても興味深い、邪魔になるかもしれないが我にも数えさせてくれ」
「ええどうぞ、みなさんもご一緒に」
「私も……ですか?奇響の方とご一緒だと緊張しますね」
とこれは水が泡と光に変わっていくドレスの女の人。
その肩を男の人が叩く。
「いやあ良い機会だ。なあに、これは夜会だ。失敗はない、奇響の流れにのって我らも参加しよう」
「はい、では、こぉ」『コオォオーイグゥっ・デウウゥーグ!!』
それからもどんどん人が集まって集まったみんなで叫びながら一緒に数えていく。
私も笑いながらもちろん参加する、声がうらっかえるみたいな不思議な叫びで!
『ダアァァーっイェェっウグウゥゥ・アァイル・イヘアーァァェド!』
みんな喜んで数えて数える、奇響の音、変な声!
最後になると奇響の音楽家の人は喜びすぎてトーリスの人特有の澄ました喋り方をしなくなってしまう。
「トウウゥリィィ!イヘエアァァアド(60)!!おおお、ふふふ!ひひひ、黒の時間に入らぬとは、伝承にさえもなかったことだぞ!」
「遅れました遅れました、見せてくれ見せてくれ、私にも数えさせてほしい!」
間に合わなかった人たちが虹色石の前に集まってきて、また数え始めて、私もすごく嬉しくなる。
どんどん人垣が大きくなって、数える声も感嘆の声も大きくなって、その集まってきた人の衣装の輝きで休息所が光に包まれる。
トーリスの人の興奮した声なんて、ほとんど聞いたことないから、喜んでくれたのがすごく嬉しくて、舞台を褒められた時よりもっとドキドキして私は胸元をキュッと掴んでいた。
興奮も覚めやらぬまま、黒の時間近くになる。
なんでわかったのかって言うと、1時間を数える人が、黒の時間の5分前を告げたから。
夜会の開催者が告げる。
「さあさあ今宵も大いに騒ぎ、我らの存在する意義を存分に果たしました。
光こそがミレの目であり、耳であるならば黒の時間に騒いではなりますまい。
ミレが知らぬ間に公演が進み、関係が進み、お嘆きになられぬように、これにて夜会を解散しよう」
夜会の終わりを知った人たちが談笑しながらポツリポツリと離れていき、休息所には私とカトリーヌとレリーだけになる。
そうして黒の時間が来て、バラ庭園が真っ暗闇になって、私は隣に座ってるはずのカトリーヌに声をかける。
「楽しかったね!カトリーヌ、夜会はこれで終わり?」
「はい」
今は真っ暗だから、カトリーヌが声を出してくれないとどんな反応をしてるかはわからない。
「ね、聞いて聞いて、カトリーヌ」
「はい」
そんな真っ暗闇の中、私は色々な感想を言う。
最初はトーリスに来るのが怖かったこと。
劇はもうちょっと神マネ講座やスミのことに触れて欲しかったこと。
夜会でのカトリーヌは優しくてすごく楽しかったこと。
だからトーリスに来て良かったこと。
そういうことをはしゃぎながら話して、話して、話して。
自分の楽しかった気持ちをわかってほしくて、心を一緒にしたくて、話していたけど。
どうしてだろう?空がだんだんと黒の時間に変わっていくように、カトリーヌから反応がなくなってて、あれ?って思う。
隣にカトリーヌいるよね?
「ね、いるよね?カトリーヌ、明日はね、虹色石をね、色んな物に合わせて戻らないか試そうと思うの、……カトリーヌ、いるよね」
それにやっとカトリーヌが答える。
「虹色石はこのままわたくしが預かります」
「え?でも、それミレが私に」
「方々に見せる約束をしておりますので」
さっきのでカトリーヌに虹色石を渡していたから、そう言われるとどうしようもない。
速度を出すとすり抜ける関係上、人の持ってる物を取るのは見えてないと難しいから、カトリーヌが自分から渡してくれないと、虹色石は私のとこに来ない。
「あの、でもそれ、私明日使うから」
「あら、わたくしに見せる約束を反故にしろと仰いますか?」
カトリーヌの声が怖くなったから、私はちょっと怯える。
「ううん、じゃあ明後日渡してね?」
私がそう言うと、カトリーヌはどこか不機嫌な声を出す。
「それより、本日の劇は楽しんで頂けたようでございますわね」
「うん……」
不満もあったけど、みんなに褒められたのは嬉しかったから。
「それは何よりです。明日の劇はもっと楽しいものになるので、ご協力頂けますね?」
「え、劇?うーん、劇はねスミのこととか、神マネ講座とか、そういうのを増やしてほしいの。私の人生ね、スミと神マネ講座のことだけだったから」
「それについては詩人たちと話し合って変更を加えていきますが、イオさんには明朝の劇までに二点の台詞を覚えて頂きます」
台詞?
「何?」
「舞台最後の観衆やトーリスへの感謝と」
「感謝と?」
「醜い己の様を謝罪する言葉でございます」
「醜い?それって私の服?」
「ええ、そうです。言ってみてくださいますね、『醜く、無様で、不快にさせる、こんな服装で街に出てごめんなさい。みなさんの視界に入ってごめんなさい』劇の台詞ですよ」
「やだ、それ言いたくないもん」
「劇の台詞でございますよ、言って頂かなくては」
「なんで、私がそんなこと言わなきゃいけないの?私ね、そんなこと言ったこと一度もないもん」
「まあ、口の悪い。ご出演なされたくないのならば仕方ありません。イオさんに虹色石はお渡しできません」
「え、あの、私がミレに渡されたのに?」
「もちろんこれはイオさんがミレから渡されたもの、わたくしの物ではございません。条件を満たしたらお渡しします」
「条件?」
「あなたが劇に出演し、劇に慣れたとわたくしが感じたら渡す、と言う条件でございます」
「私が劇にでなきゃダメなの?」
「はい、わたくしには劇を完成させる責任がありますので、それまではあなたが逃げないようこれをお預かりします。良いですね?」
「あんな劇、私でたくないもん」
「出なくては虹色石は戻りませんよ。
劇に慣れたあかつきには、わたくしは必ずや約束を守り、虹色石を戻すでしょう。
ええ黒の時間が終わり次第、ミレのご覧になる前で禁忌を結んでも結構です」
「禁忌を結んでくれるの?」
「はい、もちろんイオさんも結んで頂きます」
「え、やだ」
「では虹色石はなかったことに」
「でも」
禁忌を結ぶのは約束みたいなものなんだけど、それよりもすごく強くて決して破ってはいけないもの。
もともと人は永遠に生き続ける。
人生が二百年で終わって記憶が無くなっても、人は光のポワポワに戻り、賑やかなブレンダンを眺めながら、また次の生を待つことになる。
そんな風にポワポワと肉体とを何度も繰り返しながら、人は賑やかな世界で永劫の時を生きる。
でも、禁忌を破った人はその生命の廻りから外れ、黒の時間に落とされて、永遠の時を一人で生きることになる。
永遠を暗闇で一人ぼっちで生きるのはすごく怖いから、ミレの見ている前で禁忌を結んだならば、この生が終わるまではそれを守らなければならない。
結びたくはなかったけど、虹色石は私に戻してほしかったから、私は仕方なく頷く。
カトリーヌとはお互いに禁忌を結ぶことになって、私は3つの禁忌を結ばされた。




