『薔薇の劇場』
もう帰るから劇には出なくてもいいや、と想って部屋でのんびりしてたけど、帰る勇気もなくて、そわそわとテーブルから立ち上がる。
私が行かないと、詩人の人の未来が絶たれるらしいから、それがちょっと気になって、青藍の空になったから仕方なく劇場に向かう。
もっと明るく考えよ、歓待はしてくれるらしいし、劇に出たらみんな褒めてくれるかもしれない。
それなら一度くらい出てもいいかな。
だってこんな服じゃ、劇に出る機会なんて二度とないかもしれないし。
あんまり馬鹿にされるようならトーリスから去ればいいから。
だって人は人に何もできない、逃げようと思ったらなんでもすり抜けてしまえるから、私を閉じ込める術はないんだ。
劇場に行く前に、バラ庭園の休息所にいたレリーに声だけかけてみる。
「レリー、行ってくるね!」
声は聞こえたはずなのに、レリーは、椅子に座ったまま、プッチアに載ったステッキを気怠げに撫でるだけで、返事さえしてくれなかった。
声かけないからいいもんーって、叫んで劇場に向かう。
バラ庭園近くの劇場に入ると、席も通路もお客さんで埋め尽くされていた。
すごい人の量、こんなたくさんの人が私を見にきたの?
硬い椅子たちに、たくさんのランプ。
開ききった幕に、20人は横になって並べる大きな舞台。
もしかして歓声とかくれるかも?って、私がそこから微妙に見える位置を歩いていたら、行く手を塞ぐ人がいて「おやお嬢さん、そのような不快、愚劣な服装でなぜトーリスに?」
って嘲笑う。
いつものように馬鹿にされて、心の折れた私はいつもみたいにコソコソと人のいない方に流れていく、本当に今日は私が主演??
みんなやっぱり私の姿は見たくはないのかも?
ちょっと気持ちが動転して、どこに行けばいいかもわからずにさ迷ってると、通路を行った先に舞台裏の部屋を見つけて、足を止める。
声を聞く限り、みんなで集まって劇の話をしてるから、今日私と劇をやる人たち?
いつもだったらバカにされるけど、歓待されてるなら大丈夫かなって考えて、そろそろと部屋を覗いてみる。
部屋の中を見ると、人の輪の中に華やかなカトリーヌの衣装が見えたから「カトリーヌ!」って声をかける。
「あら、イオさん」
それでみんな私に気づいて、視線が集まったから、顔を伏せて、ちょっと緊張して中に入っていく。
「あのね、ちゃんと来たよ?」
「よくお越しくださいました。ようこそ!薔薇の劇場へ。イオさんに相応しい劇に仕上がりましたので、楽しみにしていてください」
カトリーヌの声が明るかったから、歓待してくれた?って思って、ぴょこって頭を上げると、カトリーヌ以外は逆に冷たい目を私に向けてる。
わ、すごい冷たい目。
やっぱり歓待じゃないよね。
でもカトリーヌは明るい声を掛けてくれたし、私、服これだから、追い出されないだけマシなのかも?
私の劇は気になるし、一度出たら満足だから、今だけは我慢しよう。
「あの!私、何やるの?セリフ知らないけど」
「本日はわたくしが舞台袖からあなたに代わり台詞を言います。
あなたは舞台の中央に立っていてくだされば結構です」
「終わるまで立っていればいいの?」
「はい、わたくしはこの者らに指示を出さなくてはなりません、イオさんは、隣室にてお待ちいただき、お声掛けしたら、舞台中央までお進みください」
「はい」
主役が突っ立ってるだけ、すごい舞台になりそう。
スミが昔教えてくれた、開演までの手順は、一時間を数える訓練した人が開演時間を計って、開演の一分前に幕を閉める。
閉められた幕は一分で戻るから、一分以内に役者が並んで、幕が開くと同時に開演、そういう手順になっていた。
「私の劇、ちょっとくらい美化してくれてるといいけど」
「時間です!」
「はぁい!」
カトリーヌに呼ばれて部屋から出ると、もう既に舞台の幕は閉められていて、あと一分で始まるんだって緊張してくる。
付き添ってたカトリーヌが舞台袖で止まり、私は押し出されるように、一人きりで舞台の中央に行く。
目の前には閉まりきった深紅の幕。
見渡しても広い舞台には誰もいない。
本当に私主演の劇なんだ。
始まったら歓声とかくれるのかな。
くれるよね、だってトーリスの人は私を歓待してくれてるんだから……、そう想像してみても慣れてないから、思いつかなくて、何にもそんな気がしない。
自信が無くなって来たから、もう一度自分に言い聞かせる。
私が呼ばれたのは、初めて物を動かしたからで、神様の友達になったから、だからみんな私がどういう人なのか知りたくて、劇を見る。
だから馬鹿にされたりはしないよね?
私すごいことして呼ばれてるんだから。
嫌なら見ないもんね?歓待するって言ってたから。
それはとても良いことのはずなのに、慣れてないから緊張して泣きそうになる。
神マネこーざを始めまーす、そう言って何度も数えた一分を、今は恐々と数える。
60から55、50を数えて46。
そこまで数えた時、すごいスピードで幕が開いて、目の前に劇場が広がる。
席を埋める、煌びやかな衣装の群れ。
目に映ったそれに圧倒される。
観客席は、舞台から見ると、この世のものとは思えないくらい美しくみえた。
トーリスの人の衣装は華麗で、金銀宝石はもとより、どの人も光を放つ装飾を持っていて、観客席全体が、強く、淡く、濃淡様々に輝いている。
色だって多彩で、黄色に緑色に青色、赤色、水とか火とか、そういうものでさえ不思議な動きを与えられ、美しい光を添えた。
すごく綺麗な観客たちだけど、でもなんでみんな黙ってるの?始まったのに何も言わない。
カラリスやランピスの劇場では演目が始まると早々に、歓声や野次が飛ぶのに、トーリスの人たちはすごい静かで何か言わなきゃいけないのかなって不安になる。
助けを求めて舞台袖にいるカトリーヌを見ると、カトリーヌは1つ頷いて、可愛らしく澄み切った声で、ミレへの祈りを高らかに謡い上げる。
『親愛なるミレ、あなたのつかの間の退屈を、我らの賑やかさでお和らげください。それでは開演致します』
始まった!舞台の内容はわからないけど、少しでも劇を良くしたくて、静かな観客席に向かって一応両手をあげてみる。
だって私のローブは地味だから、見てたって楽しくないと思うし、動きくらいつけないと。
主役だからこんな感じ?
チラッと舞台袖を見ると、カトリーヌが手を下ろすように、身振りをしていたから、慌てておろす。
わ、失敗、私が赤くなってる間に、カトリーヌが喋り始めて、劇が始まる。
声は範囲内の全員の頭に響くから、声の出所はわからないわけで、私の出した声だと思う人も多いはず。
『さあさお聞きなさい。これより話すはイオという名の醜い醜い少女の物語』
……醜い少女?
あんまり嬉しい始まりじゃないけど、私の話しだから仕方ないのかな。
『さて醜いなどと陳腐な装飾をつけましたが、その少女の醜さはどのような言葉を持ってしても語ることは出来ますまい。
なんせ、ブレンダンが始まって以来、これより醜い者はいないわけですから、当然当てはまる言葉がないのです。
口頭では伝えきれないおぞましさは想像で補っていただくとして、せめて言葉で伝えられることだけでも目一杯にお伝えしましょう。
少女の身なりはどのような人間よりも陰気で醜く、肌の他は泥のようなこげ茶色一色。
四肢髪首に光や宝石、金属、装飾の一片なく、その醜悪な出で立ちたるや、どのように寛大なお方たちであれ、目を逸らし、悪態を吐かずには居られぬほど、ああ惜しむらくは言葉の少なさよ、世に連なる千の罵詈を持ってしてもそのおぞましさを伝えること叶わぬのです。
しかしあなたがたは幸運、いや不運でもあるのでしょうが、……イオがここにいるため、その醜き出で立ちを、まずはとくとご鑑賞を』
何この説明?そんなに私って醜い?
私を見る、観衆の口から次々に失笑や嘲笑がもれ、私はでも俯きたくはなくて、自分のローブの裾をきゅっと掴む。
バカにするのはわかるよ?こげ茶色のローブも髪も靴も瞳も私は嫌いだもん。
私だってそう思ってるから、だからみんなと同じだもん。
『どれほどの醜さかはこれでお分かりになられたことでしょう。さて、そんな醜き少女が生まれたものなら、皆さん方も当然…………あら』
あら?それからカトリーヌはしばらく言葉を無くし、……やがて躊躇いがちに、言葉を続ける。
『お母さんは、寛大……だったようでございますわね』
それでスミを思い出して、ちょっと心が晴れる。
うんそう、大丈夫、私にはスミが居てくれる、スミは私と十五年一緒に居てくれたんだから、すごい寛大な人。
だからこのくらいなんてことない。
スミは私の子供時代の全部だったから、もっとスミとの関係を説明してくれるのかなって思ったけど、スミのことはそれだけで終わって私はちょっとがっかりする。
『お母さんの話はいいでしょう。明日以降の公演で補完していきます。
それでは、引き続き、不格好な者たちが集まるカラリスでの少女の日常です』
やっぱりあんまり良い劇じゃないかも。
そう感じた通り、カトリーヌの言葉と一緒に3人の役者が出て来て、私を取り囲んで罵声を浴びせてくる。
馬鹿にされるのは嫌だったけど、スミに勇気をもらった私は心の中で舌を出す。
と言うよりも、悪口言ってきた役者たちに、べーって本当に舌を出す。
「いいもん、私顔だけは可愛いから、裸になれば同じだもん!」
それが私の役のセリフにかぶってしまったらしい。
『こほ、イオのセリフはわたくしカトリーヌが代わりにしております。あぁなんて醜いこの出で立ち』
「いいもんいいもん!あなたたちがどんなにバカにしたってね、スミはそんな私とずっと一緒に居てくれたんだから、あなたたちとは違うよ!
あなたたちがね、わたしをバカにするなら、スミのすごさがね、際立つだけなの!」
『黙りなさい、イオ』
「だって、あなたたちは」
『黙りなさい、詩人の面子を潰す気ですか』
私はしぶしぶと口を閉じる。……だってあなたたちは聞いたでしょ、わたしのお母さんは寛大だったって、それなら私をバカにした人たちは寛大じゃないってことだもの。
その後も私を馬鹿にする内容が続いて辛かったけど、辛いときスミが一緒に居てくれたことを思い出して、私は俯かずに立っていられた。
劇は最後に哀れに思った神様が慰めに虹色石を私にくれたことに触れ、それで終わる。
これで終わり?私の神マネ講座は?スミとのことは?
これじゃ私がただ人目をはばかって生きてきただけみたいじゃない。
私もっと楽しかったもん。
私は不満だったのに、私の役をしたカトリーヌが舞台袖から、私の代わりとしてお礼を述べる
『そんな醜い私もここトーリスで救われました。
綺麗な衣装、豊かな心の紳士淑女の方々に囲まれて、今は幸福の中にいます、皆さんの寛大な心に感謝します』
劇の一回目は観客の歓声と共に終わって、なんだかがっかりする。これって本当に私を歓待するための劇?
なんだか私をバカにしてただけのような。
あの劇は歓待じゃないよね、怒ったから帰ろ。
トーリス見学はこれでおしまい!劇にももう出ない!
そう思ったら気楽になって、出ていく前に夜会だけは見て行こうって気になる。
もうどうせ出てくから気楽だし、一度も見たことのない夜会だけ見たら、トーリスとはお別れ。
夜会はバラ庭園で行われる、紳士淑女の社交場だとかで、ある一定以上の人たちはみんな参加できるんだとか。
夜会の時間になると、私は庭園の休息所の奥の椅子に座らせられて、そっぽを向いたレリーと、カトリーヌに両脇を固められる。




