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ミチノカナタ~~物戻る街で~~  作者: 流氷陽北
第二章:お願いの仕方は数あれど……。
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『楯と王冠と二匹の獣の館』




 「さあ、着きました。御休みの際はこの庭内でおくつろぎください」

「薔薇がたくさんあるね!」

 私が連れてこられたところ、それはトーリス通りの奥深くにある広大な薔薇庭園だった。

薔薇庭園の中には丸みを帯びた白い建物や、小さな休息所が幾つもあって、時々吊されているランプがすごく幻想的。

「すごくね!きれー!トーリスにこんなところあったんだ」

 カトリーヌとレリーは少し前を離れて歩いていたから、ロービエンが話してくれる。


「この鮮やかな薔薇の園はトーリスの者のみが観覧出来る特別な場所です。どうです?美しいでしょう」

 こんなに広い薔薇庭園なのにトーリスの人しか知らない?確かにここは通りの奥まったとこにあって見つけずらいけど、それは不思議な感じがした。

 人はよっぽど厚い壁以外はすり抜けられるし、他人に歩みを邪魔する術はほとんどないから、どんなとこでも歩いていける。

それなのに……。

「知ってるのトーリスの人だけなの?なんで見つからないの、こんなに広いし綺麗なのに」

 ロービエンに尋ねると、ロービエンは少し自嘲するように言った。

「言葉ですかな」

「言葉?」

「なあに、難解な呪文の類ではございません。

人間は言葉で離れもすれば近寄りもする、面白きものでございますからな」

 ……人間は言葉で離れる?

よくわからないけど、離れる言葉なんて、悪口くらいしか思いつかない。

あ、でもそうかも、トーリスの人はカラリスとかランピスの人が来ると悪口よく言ってるから、悪口で追い払ってるってことかな、私もそれでトーリスに近寄らなくなったから。

「じゃあもしかして、トーリスから追い出すためにここの人は」

 私が話そうとした時、ロービエンはそっと自分の口に人差し指を当てる。

「しっ、口を滑らせては陰口を呼びますぞ。

一つの言葉で、友人を得ることもあれば、失うこともまたある。

これからあなたはトーリスの者として生きねばなりません。

関係を損ねたくないのならば、喉頭から出す前に、一つ考え、慎重に吟味し、しかる後に穏やかに、流麗に言の葉を発しなければならぬのです」

「言葉を慎重に?」

 ロービエンは穏やかに笑って。

「私のできる唯一の助言です、お忘れなきよう。あとのことはカトリーヌとレリーに任せてありますので、二人を大いに頼ってください」

 あとのこと?

それじゃあ、ロービエンはもう帰るのかな、二人よりかは話し易かったのに、そう思ったら、ロービエンは背筋と口髭を伸ばし、七色に輝く衣装をぴっぴっと正してから、前方の薔薇庭園を歩くカトリーヌに声を掛ける。

「カトリーヌ!」

「なんですか?ロービエン」

「申し訳ないが、私はこれで失礼する」

「こんなに早く?もう少し居てくださってもいいですのに、わたくしもお話ししたいことが色々とありますし」

「うむ、それも楽しみにしていたのだが、ビクーの語りを久方ぶりに聞きたくなった」

 ロービエンがそう言うと、カトリーヌはひどく落胆したみたいだった。

ドレスの背から左右に広がる3対の布がしゅんと萎れる。

これはなんて言う衣装だろう?すごく綺麗。

「あらそうですか、それは急がなくてはなりませんね。

薔薇庭園までのお付き添い感謝します」

「うむ、それではお三方、楽しい時間を」

 ロービエンが笑って、カトリーヌとレリーも「楽しい時間を」って答える。

 この言葉がトーリスの挨拶なのかも?

私も慌てて「楽しい時間を」って声にだす。

 ロービエンと別れてからはカトリーヌもレリーも何も言わなかったから、三人で黙々と薔薇庭園を歩く。

 赤橙の時間だから緑の葉までも赤く輝いて、真紅の庭園に私は目を奪われる。

楽しい時間を……、楽しい時間を……、私は本当にここで過ごしていくの?

一生ここにいる?何にも実感がわかない。

だって人って好きなとこ行くものだよね。

すり抜けることは簡単だから、どうせ誰にも邪魔できないし。

なのにどうやって一生引き留めるの?

離れられないくらいの歓待をしてくれるのかな?

そうだよね、私、物を動かしたんだから。

楽しい時間を……、楽しい時間を……、何回か呟いてる内に、庭園の薔薇の切れ目から大きな邸宅が現れる。


邸宅の外壁は二階分の赤レンガを積み上げたもので、その上の深緑の屋根にも窓が付いていた。

でもそれはそれは大きな邸宅で、薔薇に埋まるように建っていた。

「大きいね!それにすごく綺麗」

 カトリーヌはオレンジに染まる館を見て、眉一つ動かさずに説明を始める。

「この邸宅は『薔薇の館』もしくは『楯と王冠と二匹の獣の館』と呼ばれています。お忘れなきよう」

 わ、冷たい声。さっきロービエンと話してたときと違う。

それに気づかないふりをして、返事をする。

「長くて変な名前、でも獣?動物があるなら見たいかも」

 私がそう呟くとカトリーヌはムッとした顔をしたから、私は落ち着かなくなって、「ごめんね、そういう意味じゃないの」

って慌てて謝る。

カトリーヌとはまだほとんど話したことないけど、華やかで可愛らしい見た目の割に、ちょっと怖い人なのかも?ってなんとなく思う。

話しやすさはロービエン、カトリーヌ、レリーの順かな。

カトリーヌは私のこと好きじゃないみたいだけど、レリーなんて、話すどころか、私の方も見ずに浮いてるだけだから、話が出来そうもない。

 私は黒い棒に薔薇を絡めた門をくぐり抜け、庭を通って、館の深緑の扉にたどり着く。

 両開きの扉の左右には立派な動物の彫刻が彫ってあって、その形は楯に載った王冠と、その両側を二匹の獣が支えているものだった。

 これが邸宅の名前の由来かな。

盾と王冠と二匹の獣……。

どんな意味だろう?

その扉を開くと、広く美しい玄関が見えてくる。

 二階まで通じる吹き抜けに、装飾を施された金の欄干が美しく列をなす、広々とした空間。

シャンデリアから降り注ぐ光が、水でできた調度品にキラキラ反射して、その目映さに私は感嘆をもらす。

「わあ、すごいキレイ!水でできてる!硝子の下にも!」

床には白磁のタイルも敷いてあるんだけど、半分以上が透明な硝子で、下に透き通った水が光にたゆたってる。

玄関いっぱいを輝かせるみたいに、水と光が織りなす美の輝きが、わーっと私の心を晴れやかにした。

「わー、すごいっ、これ水なの?水って流れるの?」

床に張られた硝子の下には水が溢れてて、光の噴水みたいに流れてる。

なんで?なんで水が流れるの?

不思議に思って一生懸命見てると、渦巻きが3つ合わさったマークがあったから、流れてるのは水じゃなくて、光の噴水があって、それで光を流してるんだってわかってくる。

流れた光が水にキラキラ反射してそのキラキラが光の流れで動くから、まるで水が流れてるみたいに見えてすごく感動する。


それですごく気分が弾んで、わーっわーっ言っている内に、邸内を案内されたけど、やっぱり一番感動したのはその玄関で、思い出すだけで私はすごく嬉しい気分になった。

……だけど、カトリーヌやレリーの無感動な様子に、段々、段々と気持ちが萎んでしまう。

みんな見慣れてるのかな。

綺麗なのに。

楽しい時間を……、楽しい時間を……。

あんまり歓迎されてないなら、ずっとトーリスに居なくていいよね?

でも、トーリスは綺麗な場所も多いからもう少し我慢しよう、どうせいつでも逃げれるし、トーリスを見学できるのなんて今くらいしかないから。

 二階に上がって窓側にある庭園を一望できる部屋に私は連れて来られる。

「この部屋は?」

「主人の部屋、この部屋が今後あなたがお住みになる部屋でございます」

「住む?」

「ええ」

住む?伝承の中にしかない言葉、一つの部屋に毎日、長い時間居ることだったっけ。

 人がいなきゃ退屈しのぎどころか音さえもしないのに、なんで私が部屋に居なきゃいけないんだろう?

人を狭い場所に住まわせるのが、トーリスの歓待なのかな?

それとも嫌がらせ?これは断ってもいいよね。

「私ね、好きな場所に行くもん、カラリスにもランピスにも、山にも湖にも!神マネ講座は色んな場所行かなきゃいけないんだから、ここのね、物動かしたら、それでおしまい」

 私がそういうと、カトリーヌはふっと笑みを零す。

笑った?

でもすぐにそれを抑えると、また澄ました表情に戻る。

「あなたにはもう自由になる時間はありません」

「どういうこと?」

「これからは、毎日、12時間置きに、劇に出演して頂きます。

またあなたに会いたいと言う者が居れば、その応対も行って頂きます」

「劇を毎日?それがトーリスの歓待なの?」

「はい、ミレが物を動かすのを禁じられてから、世界で初めて物を動かしたあなたのために、詩人が精魂を込めて描く舞台でございます」

 わ、詩人の人がわざわざ私のために作ってくれたんだ。

それならでなきゃいけない?

「でも12時間に一回?この場所から、ミレの塔まで五時間くらいかかるよね、1、2、3、4、5で、あとは6、7、8、9、10、11、12だから、えっと7つ、七時間だけしか動けない?」

「帰りも加えれば十時間、公演の時間は一時間30分、あなたがミレの塔で過ごせるのは30分ほどです」

帰りが5時間なら、6、7、8、9、10で、あと11、12、一時間半だから11と30分で、うん、30分しか残らない。

「中央まででその時間ですから、ランピス、カラリス、十字の石の森に行っては、公演に間に合わなくなります」

「よくわからないけど、なんで毎日私がそれに出なきゃ駄目なの?」

「神の友人に選ばれた者は、トーリスの模範として、その生い立ちを伝えなくてはならないからです」

「トーリスの人の模範?私が?」

 カトリーヌは微かに頷く。

「はい。人間はミレを楽しませるために存在します。

それはつまり神に愛された者が最も尊い人間ということでございます。

あなたは神に最も好かれた人間として、劇に出演し、範を示す責任があります」

「私、地味なのに、みんなが私を見習うの?」

「そうなりますね」

 変なの。あんな綺麗な衣装の人たちが地味な私を見習う?

まあ形だけだよね、服装は変えられないし。

「それが歓待?」

「もちろんでございます。宣誓した詩人には、あなたの舞台を作る責任があります。

あなたがお出にならなければ、劇を描いた詩人の評判は地に落ち、詩人としての道を絶たれます。

それでも良いのなら、どうぞお好きなように」


私が劇にでなきゃ、詩人の人が詩人をやめなきゃいけない?

 それはちょっと可哀想。

好きなことできなくなるのはすごく辛いから。

でも私もやりたいことあるから、ずっとは出たくない。

どうしようかな、私が迷っていると、カトリーヌは澄ましたまま、つれつれと言葉を続ける。

「劇は本日21時が初演で、以後12時間置きに行われます。

場所はバラ庭園を出てすぐ左手の劇場でございます。

公演の後は夜会にてイオさんを御披露目します。

あとはレリーにお尋ねください。では楽しい時間を」

そう言って、去っていってしまう。

 劇は21時?ちょうど藍紫の時間。

それまでは時間あるし、出るかどうかはゆっくり考えればいいや。

そう思ってたら、今度はレリーが寄ってくる。

レリーは桃色に白の洋服とその周りに沢山のプッチア(光綿)を浮かばせ、お城やステッキ、お人形を載せた女の子。

纏めた後ろ髪を、髪の左側で綺麗に束ねてあって、カトリーヌより少し子供っぽい顔なのに、でも凄く品があって可愛らしくて、それなのに表情はなんとなーく気怠げ。

「イオ」

「なに?」

「あなたカトリーヌに嫌われて大変ね」

「私、カトリーヌに嫌われてるの?」

「そうね、ワタシにも」

「なんで?」

 レリーの瞳には私に対する明らかな嫌悪があって、私は居たたまれなくなる。

「あなたのこと尊敬はしてる、でも、ワタシの視界には入らないで」

「……なんで入っちゃダメなの、服が地味だから?」

「そうよ、では楽しい時間を」

 これって歓待されてないよね、……もう帰ろうかな。





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