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ミチノカナタ~~物戻る街で~~  作者: 流氷陽北
第一章:安穏としていては……
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『祝福の日』



『――其は一つ、みちのかなた。

ノア、ヌァザ、ミレ、小さき楽園、彼方を目指すもの。

 其をのこし、いずれ消え逝く儚き精よ、汝らが大いなる祝福に包まれんことを。

永の旅路に幸あれ』






 ミチノカナタ、第一章。

安穏としていては……




 私はよく欠落した言葉を考える。

欠落した、と言うのはそのままの意味で、概念はあるのに抜け落ちて一度として使わない言葉のことを指す。

 例えば、『食べる』がそう。

 私たちは食べる必要がないから、食べると言う概念は日常で使わず、日常から欠落している。

 眠るもそう、眠るという概念はあるけど、眠ったこともなければ、眠る必要もないから、その言葉は使わず欠落している。

建てるもそうなら、文字もそう。

読むこともなければ、戦うこともない。

動物なんて見たこともない。

 色んな概念は口伝の中にちょこんと残ってたりするのに、誰に聞いても理由はまるで分からず、私はいつも悩んでしまう。

 そういう言葉は昔のすごい詩人が考えたのかもしれないし、私が知らないだけで、そういうものが欲しい人が存在するのかもしれなかった。

そういうのに想いを巡らすのはすごく好き。

 でも、それとは反対に大嫌いな言葉もある。

それは『恋愛』と言うつまらない語句。

 愛とか恋とか、広がりがなくて2人の間で完結するくらいの言葉なのに、居丈高に世界を埋めようとしてるからそれが嫌い。

 ブレンダンでは物がすぐに元の位置に戻るから、ほとんどの人はやることがなくて、恋愛だけで生きていく。

 付き合って結婚して、気が合わなくなったらすぐ離れて、また違う誰かを追い求める。

 それだけで二百年が埋まってしまうのは、あまり楽しそうに思えなくて、つまらなさそうだから恋愛は嫌い。

私は何かをしてみたい。

もちろん才能があるなら『aon mionaid(一分間)の芸術家』や語り部にはなれるけど、それがない私は恋愛以外に何ができるだろう?

私は何かを作りたい。

できれば何かを作ってみたい。

作ってみたいけど、この世界ではそれはできない。

 でもそれでも私だって何かができるはずなんだ、祝福の日を迎えるにあたってそう信じたかった。





「イオも祝福の日ね、おめでとうございます」

「ありがとうスミ」

 私のお母さんのスミは、椅子ではなくテーブルに腰掛けたまま、私をそう祝福してくれる。

 『祝福の日』は人の姿が定着する日の別名で、そんなにおめでたくもないんだけど、お祝いしてもらえるのはすごく嬉しい。

 今日過ごす“リベー”は神さまが造ったとされる一般的な建物で、レンガや石を積んだもの。

外にも彫り物がしてあるし、天井やドアの装飾に、くるくると巻かれた紋様とかがあってとても綺麗な建物。

別名、神さまの小さな家とも言うんだけど、実は“リベー”にはあんまり人が来ない。

 だいたいの人は人がたくさん集まる場所が好きだから、狭くて暗いリベーに来る人はほとんどいなくて、二人きりでお祝いするにはうってつけの場所だった。

私は窓枠に座り、室内に浮かぶ光のポワポワに目を細めながらスミに言葉をかける。


「身体の燐光も消えたし、私の姿が定着したからローブはこのままなのかな、私もスミみたいに、オシャレな服で定着したかったのに」

「イオは顔は可愛いから平気よ。服は舞台映えしないけど、恋愛ならなんとかなると思うわ。イオが恋愛したいなら、ですけどね」

「ハァー」

 『祝福の日』を迎えた私は地味なローブで、姿が定着してしまった。

 人は衣装と一緒に産まれてきて、その衣装を決して着替えることはできず、成長に合わせて、身長が伸びたり、アクセサリーや服飾が現れたりする。

たまに衣装そのものが変わる人もいる。

 そして30代前半までに祝福の日、“姿の定着”を迎えて、生きていく見た目が確定し、一生の容姿と服装が決まる。

 例えば、母のスミは108才だけど、23才で祝福の日を迎えたから、死ぬまでを23才の姿と服装のままで生きる。

 私も今日、祝福の日を迎えたから、これから一生この服と容姿で過ごすことになる。

 地味なこげ茶色のローブにこげ茶色の靴と髪と瞳、ポニーテールを纏める草紐に、子供みたいな15才の身体。

 自分の姿が地味なローブで定着したのもあって、羨望を交えてスミをうかがい見る。

 スミは、茶色のウェーブのかかったセミロングの髪をしていて、服は若草色のタイトスカート、薄い灰色生地に黒い横線が下方に入ったブラウス、アンサンブルの上着、白夜石の首飾りで上品な感じにまとまっていた。


 そんなスミと比べるまでもなく、私のローブは魅力に欠けていた。

 女の人は身体付きや顔も大切だけど、一番大切なのは衣装でオシャレなのより派手なのが好まれる。

金とか虹色とか光の繊維をふんだんにあしらって、飾りも沢山、裾をフワッと広げたようなドレスが人気だから、私みたいに地味なローブは最悪の物。

どのくらいダメかというと指さされて笑われることもいっぱいあるくらいにはダメ。

 恋愛はしないからいいけど、衣装が地味なせいで、芸術も向いてなんて、ちょっとズルい。

ハァー。

「拗ねてるの?イオ」

拗ねてはないけど。

「ううんっ、拗ねてないっ」

「そう?」

「でも、神さまのセンスを疑ってるの、神さまはなんでこんなに人から馬鹿にされるだけの地味ぃ~っ!なローブを作ったんだろうって、神さまじゃなくて、私がバカにされるのに」

 自分では気にしていないつもりだったけど、思ったより大きな声が出てしまって、スミが不思議そうに小首を傾げる。

「ローブは嫌い?」

「すごくね、嫌い、だって地味だから、このローブもね私が作れたら、もっと綺麗なのにした!泥と同じ色になんかしなかったもん」

「そう?私、そのローブ好きよ」

 え……?驚いてスミの目を二度見する。

「好きなのスミ?この地味なの、泥と同じ色だよ」

「私は好きよ、イオの着てるローブ」

 こんな地味なローブが好き?

どうしたってそんなことないと思うんだけど。

私の衣装は泥と同じこげ茶色だから、地味なのと泥を想像してしまって普通の人なら見るに耐えないもの。

だからスミが好きなんておかしい。

「ホントに好きなの?スミ、この地味なローブ」


「ええ好きよ」

 なんでこれが好き?この地味なローブが?このスミはおかしい。

おかしくなった。

あれかな、スミは優しいから慰めている?

「もしかしてスミは、私の一生がこんな地味ローブに決まったから慰めてるの?それはダメですよ、スミさん、わたしはご立腹しそうです」

「いいえ、違いますよ、褒めてるんですよイオさん」

 一応はスミが褒めてくれたんだから嬉しくならなきゃおかしいのに、かえって怒りたくなってしまう。

むーと頭に血が上ってその激情が漏れないように、頑張って抑える。

いくらお祝いだからってローブを慰めるのはダメ。

「す、スミも知ってるでしょ」

「なにを?」

「わたしが、このローブでずっと笑われて来たのっ、周りの子からね、イオの服は地味って笑われて、ずっとだよずっと!」

「ええ」

「地味なふく、なにあの子!って、なまえもね、私の名前も呼んでくれない子がいて!たくさんいて

みんなすごく綺麗な服なのに、アクセサリーもあるのに、私だけないから!スミさんにわかりますか?!地味な服の悲哀が!」

 謝ってほしかったのに、スミの表情にはゆとりがあって、ますます怒りたくなる。

「ス~ミっ!」

「辛かったのは知ってるわ、頑張ったのねイオ」

 他人事みたいに~!

「うんっそう、がんばったの!ローブはね地味で嫌だったけど!祝福の日が来るまでにね、もっとちがう綺麗なドレスに変わるかなって期待しててっ、でもね今日っ!!きょうっ祝福の日が来てね、わ、わたしずっと一生!地味なのになったの!」


「イオ」

「だからお祝いなんてホントは嬉しくないの!こんなローブ嬉しくないもん、スミさんはホントに私とずっと一緒にいたんですか、信じられません。話す気力もなくなりましたっ」

「良く聞いてイオ」

「い~やっ!聞かない!!」

「怒ると私が話せません。それとも私は離れた方がいい?もしかしたらイオと会えるの最後かもしれないけれど」

 最後?そう言われてビクリとする。

「お、怒ってないからね、おちついて」

「ならいるわね」

 私はまた怒りたくなったけど、それをなんとか抑えて、スミが時間を置いてくれたから、ちょっとは落ち着いてくる。

私の激情が抜けた頃に、スミは私に微笑みかけ、悪戯っぽく語りかけてくる。

「知ってる?イオの服はね、オーミカと同じものなの」

 オーミカ、名前は聞いたことがある。

 私のお父さんで、1日だけスミと結婚し、私が生まれる前にスミと別れた人だ。

 ブレンダンで生きるのに特に必要なものはないし、子供は産まれるまでは光の球でプカプカ浮かんでて、そのあとは親がいなくても勝手に育つから、結婚してすぐに別れるのもよくある話。

「オーミカって私のお父さんだよね、私と同じ茶色のローブだったの?」

「そう、綺麗な腕輪とエメラルドの髪飾りはあったけど、オーミカもね、イオみたいに、服装が地味で泥の色をしていたから、小さい頃は人があまりいないところが好きだったらしいの。

昔のことを語りたがらない人だったから理由はわからなかったけど、イオを見てたらなんとなくわかったわ」

「オーミカも服で笑われてたのね」

「それでねイオ、祝福の日が終わったらオーミカに会って来たら?きっとイオを幸せな方向に向かわせてくれるはずよ」

 そう言ったスミの声は熱っぽくて、スミはオーミカが今も好きなのかも、となんとなく思う。

でもオーミカ、どんな人だろう?

スミが好きになるんだから、とても気の長い人なんだろうけど、私は人付き合いがそんなに得意じゃないから、一人で会うのはちょっと怖い。

「オーミカに会うとき、スミも一緒に来る?」


「私は行かない」

「どーして?」

 スミはすぐには答えず、迷うような素振りをして、躊躇いがちに切り出してくる。

「祝福の日が終わったら、イオともお別れするわ、イオは今日で大人になって、私とも対等な関係になる。

これからはひとりの人間として付き合いましょ。

リツカの時もそうしたから平等にしたいの、ごめんなさいね」

「大人として?」

「ええ、ひとりの人として」

 そっかやっぱりお別れなんだ。

私は会ったことないけど姉のリツカの時もそうだったって聞いてたから覚悟はしていたけど、そう言われるのはすごく悲しい。

 スミみたいに親子って言うだけで15年も一緒にいてくれるのは、すごく珍しいことだけど、その分別れは辛くなる。

ずっと優しくしてくれたスミが大好きで、でも泣きたくはないから、お礼をする。

「うん、ありがとスミ、祝福の日まで一緒に居てくれて」

私の心からの言葉に、スミは頬を緩ませる。

「あのねイオ」

「うん」

 スミの眼差しは暖かくて、じっと見てると、吸い込まれそうになって、スミが手でまぶたを閉じるように示唆したから私はそっと目を閉じる。

そしてスミの暖かい音が耳朶に伝う。

「イオはこれからも恋愛はしないつもりなの?」

「しないつもり」

「あと二百年くらいあるのに?」

「うん」

「芸術やお話し関係も?」

「それよりもね、私にしかできないことをしたいの、まだ誰もしたことのないような、すごいこと、神さまみたいに物を作りたい」

「そう、頑張ってねイオ、私は、ほとんどの時間湖の近くにいるわ。だから、もし何か迷うことがあったり、辛くなったら湖に来て、イオのことはずっと好きだから、いつでも会いに来てね」

「うん!」




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