◆ 「集団創作小説」投稿用スレ 2話/あきか
3【2話/あきか】0109
――映画、読書、音楽。
青年は歩きながら、自分の好きな事を思い浮かべていく。
やがて足を止めて、青年はポケットへと目をやった。ポケットに入れた手には、進路希望調査の紙が握られている。
好きな事は沢山ある。なのに、そのどれも未来には繋がらない。
その事がたまらなく悲しくて、空しかった。
軽く息を吐いて、青年はとりあえず考えるのをやめることにした。こんな気分では、答えは出そうにない。
青年は顔を上げ、目の前の景色に顔をしかめた。
「…………」
そこは、映画館だった。壁に飾られたポスターが、それを物語っていた。
床には埃が降り積もっているが、誰かが忍び込んでいるらしく大量の足跡がある。
青年が振り返ると、壁には大きな穴が開いていた。穴の向こうには見慣れた町の風景が広がっている。
考え事に夢中で、気づかない内に入り込んでしまったのだろう。
「探索するか。もう入ってしまったことだし」
青年は誰かに言い訳するようにそう言って、近くにあった一番シアターのドアを開けた。
床には少しだけ剥がれた天井や壁が落ちていて、並べられた客席のいくつかは壊れている。
その客席の一つ。中央の一番いい席に誰かが座っているのが見えた。
先客はただ真っ直ぐにスクリーンを見ていて、青年に気づいた様子はない。
青年は、映画館のドアをそっとしめた。
先客が回したのだろうか、映写機の光が暗い映画館を照らしている。正面のスクリーンは現役で、今も一人の少女を映し出していた。
不安げな表情を浮かべながら、少女はゆっくりと青年に向かって進む。
やがて少女の体は、スクリーンからすり抜けるようにしてステージ上へと現れた。
「出てきた!?」
青年の驚く声に反応して、先客が振り返った。先客は少年だった。
彼の方は特に驚いた様子を見せず、すぐにまた正面を向いた。
「この映画館はね、私達――映画の登場人物が外に出ることができるの。フィルムが回っている間だけだけど。
それはそうと、貴方達食べ物か飲み物を持ってない? この際好き嫌いはしないわ。
一晩何も食べてないのよ」
少女の体はボロボロで、土で汚れていた。髪もボサボサで、目にはクマがある。
映画のスクリーンは森を映し出していた。木々は枯れていて、虫の鳴き声すらしない。
あの森では、食料は手に入りにくいだろう。
少年がそっけなく答える。
「嫌だよ。そんな意味のない事」
「じゃあ、今すぐ映画を止めてよ。そうしたら、私はこんな思いをせずにすむんだから」
「自分でやればいいじゃないか」
「私だって、他の子達みたいに外で遊びたいわ」
少女が頬を膨らませて、小さく呟く。映画館の静かさのお蔭か、その声ははっきりと青年の耳にも届いた。
「チョコならあるぞ」
気が付くと、青年はそう口にしていた。
青年は鞄を抱えるように持ち、中から板チョコレートを取り出した。
少し潰れて包装紙がぐちゃぐちゃになっていたが、食べる分には問題ない。
青年は鞄を背負い直し、持っていたチョコレートを握りしめ、階段を下り少女へと近づく。
視線を感じてそちらを見ると、少年が意外そうに青年を見ていた。
少女の元へ辿り着く。少女の目には涙が浮かんでいた。
少女は汚れた服の裾で涙を拭う。そんな彼女に青年は板チョコレートを差し出した。
ゆっくりとした動作で少女はそれを受け取り、ありがとう、と小さく礼を言う。
少女は恐る恐る板チョコレートの包みを取り、慎重に口に入れる。
「割れるし、溶けるし、面白いわね」
嬉しそうに頬張りながら、少女はそんな風に感想を漏らした。
――チョコ初めてなのか?
青年はその事を怪訝に思ったが、すぐに思い直す。
本当に映画から出てきたというのなら、少女は映画の世界しか知らないはずだ。
少女の世界には、チョコレートなど存在しないだろう。
「そんな事したって、結末は変わらないよ」
喜ぶ少女に少年が水を差した。知ってるわよ、と少女が口を尖らせる。
青年が振り返ると、少年は興味なさそうにスクリーンを見ていた。
その目が、青年へと向く。
「どういうことだ?」
「そのままだよ。フィルムが終わったらその子はまた映画に戻る。で、また飢えることになる。
お兄さんの行動は、一時しのぎにしかなってない」
少年の説明に、青年は映画のスクリーンを見た。
相変わらず荒廃した森が映るばかりで、話が進んだ様子はない。
「結構経ってるのに、風景が変わらないな」
「それはそうよ。この映画、森に捨てられた私がひたすら歩くだけだもの。
で、最後は死んで、カラスのエサになっちゃうの」
「酷い話だな。色々な意味で」
少年の言葉が本当なら、結末を変えない限り少女は救われないのだろう。
青年は何か方法がないかと少し考えて、昔観た映画を思い出した。
映画館を舞台にした話で、そこにフィルムを編集するシーンがあった。
あの要領で、少女の映画のフィルムを編集してしまえばいいのではないか、と。
「……仕方ない。なんとかしてやるから、少し待ってろ」
少女にそう言い残し、青年はシアターの出口へと向かう。歩きながら、映画の結末を考えた。
少しして、青年ははたと気が付いた。シアターを出たはずが、またスクリーンの前に居ることに。
そこに、人の姿はない。考え事をしている間に、別のシアターに迷い込んでいたのだった。
4【2話/あきか】0109
「よくこんなの持ってたね」
少年は青年の隣に立ち、青年が映画用カメラをいじる様子を眺めていた。
「爺さんから借りてきた。昔、趣味で映画撮ってたらしい。
それより、暇ならあいつを手伝ってやってくれ」
青年は少女の方へと目をやる。
彼女はステージ上に敷物を敷き、そこに食べ物を乗せていく。
時折首を横に振っているのは、必死に食欲と戦っているからだろう。
「面倒くさい」
「協調性ないな」
「それ、先生に昔言われた」
まったく手伝うそぶりを見せない少年に呆れつつ、青年はカメラの調整を終えた。
丁度少女の方も準備を終えた所で、青年に向かって嬉しそうに手を振っている。
「じゃあ、配置について」
青年に言われ、少女はスクリーンへと戻った。少年は、カメラの後ろに移動する。
絶対に映りたくないと言っていたので、うっかり映ることを避ける為だろう。
「スタート」
青年はそう言って、カメラを回す。少女は、スクリーンを出てステージの上に立った。
かなりぎこちない動作で辺りを何度か見まわす。
少しして、少女はステージ右端に置かれた食べ物へと駆け出した。
食べ物の前で立ち止まり、少女は座ると勢いよく食べ始めた。時折、水筒の水を飲んで喉を潤す。
全部食べそうな勢いだった。我慢していた分、本気で食べているのだろう。
青年は予め用意していたスケッチブックをカメラの前に出した。
音声を撮るのが手間なため、手書きのテロップを出すことにしたのだ。
『お腹を空かせていた少女は、どんどん口に運びます』
『しかし不思議な事に食べ物は減りません。次から次へと新しい食べ物が出てきます』
『水筒も同様で、中身が無くなることは決してありませんでした』
『少女はここで、飢えることなく過ごしたのでした』
これで、映像上は食べ物が増えていなくても増えているという設定になるはずだ。
――さて、カメラを止めるか。
青年が、カットと言おうとした時だった。少女が、いたずらっ子のような顔でカメラの方を見ているのに気が付いた。
少女はおもむろに立ち上がると、青年の元へと駆け寄る。そして、カメラの前に青年を引きずり出した。
「あっ、おい」
とっさに反応する事が出来ず、青年はカメラに映ってしまう。
くすくす、と少女が笑う。
「少女は優しいお兄さんと出会い、一緒に楽しく過ごすのでした。そんなストーリーもいいんじゃない?」
弾むような声で少女が言う。青年は抗議しようと思ったが、止めた。
よく考えたら、青年が考えた結末では少女は一人ぼっちだ。
――映画の中に自分と同じ顔の別人が居るって、変な感じだがまぁいいか。
そんな事を考える青年の視界に、少年の姿が映る。相変わらず興味なさそうに青年達をただ眺めていた。
青年は口の端を釣り上げると、カメラを少年へと向けた。
「そして、そこには面倒くさがりだけれど本当は優しい少年も居て、三人は仲良く暮らしたのでした。なんてのもいいんじゃないか?」
「え? う、うわああああ! 映りたくないって言ったじゃないか! 止めてよ!」
慌てて少年はカメラを止めようとする。その様子が可笑しくて、青年と少女は笑いあった。
しばらくの間、シアターに賑やかな三人の声が響いていた。
「それじゃあ、私は映画に戻るわ。お兄さん、今日はありがとう。
とても楽しかった。さようなら」
「ああ、さようなら」
青年は手を振り、少女を見送る。少女がスクリーンの中に入る。
丁度スタッフロールが流れているところで、もう少しでフィルムは止まることだろう。
青年は、先程撮影したフィルムへと目をやった。後は、このフィルムを使って映画を編集しなければならない。
青年は素人であり、当然ながらフィルム編集などできない。だが、なんとかなりそうな気がした。
「楽しかったな」
青年はぐったりと席に座る少年に語りかけた。疲れただけじゃないか、と少年が力なく答える。
「僕が映ってる所捨てておいてよ」
「却下。友達は多い方がいいだろ?」
少年が青年を睨む。青年は軽く笑って受け流し、映写室へと向かった。
歩きながら、少女の笑顔と今日の出来事を思い出す。
――そういえば、映画を自分が撮るって言う発想はなかったな。
なんとなしにポケットへと手をやる。そこには、相変わらず白紙のままの進路希望調査の紙がある。
映画監督、そんな単語が浮かんで青年は苦笑した。
叶えるのが難しそうな願いだ。それで食べていこうと言うなら、尚更。
――でも、目指すだけならタダだよな。
青年の顔がほころぶ。
映写室への階段を上る。その道はきっと、優しい未来に繋がっていた。