006. 「強さ」とはなにか
〔9〕
40CPだ。
手持ちの札として、これは大きいとも言えるし小さいとも言える。
能力値なら3点は上げられるし、大きく有利な特徴も買える。
だが、それだけとも言える。強く有利さを打ち出せるほどの一極を賄ってしまえば、その一つで使い果たしてしまう程度のポイントでしかないと。
つまり、取捨選択を要する。何を選ぶ代わりに、何を選ばない――ではなく、一つを選ぶ以外のすべてを諦めるくらいの思い切りをだ。そうでなく半端な姿勢をとってしまえば、結局は不利でもないが言うほど有利でもない……という、何のためにポイントを使ったのかよく分からない結果に陥ってしまうだろう。
何が有利か。役に立つか。
まっさきに思いつくものと言えば「魔法の素質」だろう。
これを最大レベルの3まで上げてしまえば、おおよそどんな魔法の呪文にも適性が得られる。元から知力型のアトランとは相性がいいし、技能教本によっていかなる呪文も学べるというのならこれほど強力に機能する組み合わせもないだろう。
ただし、魔法の素質Lv3には35CPも使うことになるから、ほぼこれ一点でお終いとなる。そしてなにより――大きな、落とし穴が見える。
それは、学習時間だ。
はじめから修得済みの場合を除き、「うーぷす」においてキャラクターが成長するために新たに技能を学習する場合、1CP分に相当する学習時間はおおよそ二百時間を要する、と目安が定められていた。
もしこの通りだとした場合、呪文一つを覚えるのに教本の効果のおかげで独学ではないとしても(独学だとさらに二倍から四倍かかるとされる)、二百時間が単位になってくるわけだ。呪文は0.5CPだけ振って“かじる”ことは許されず必ず1CP以上費やして“しっかり学ぶ”必要があるし、前提呪文としての要件を満たすにもやはり1CP以上費やして学習が一定の完了を見ている必要がある。(その上で、技能レベルが最低12、ものによって15を超えている必要がある)
そしてやっかいなのが……この、「前提呪文」という法則だった。どんなに才ある魔術師だろうと、奥義に位置する呪文をそれだけ学ぶといったことは通用せず、初歩から順に、前提として必要とされる各種の呪文を修得しておく必要があるのだ。奥義級の呪文となると前提呪文の十種くらいは当たり前に要求してくる上、場合によって系統が異なる呪文を押さえる必要もあったりして、そうするとその前提になる呪文を学ぶための前提になる呪文のさらに前提に……という連鎖が発生して要求する総数が膨れ上がることも珍しくない。
総合して、魔術師が“一人前”になろうとすると、呪文数は少なくとも三十、多ければ五十ほど要求されることになる。
だが、呪文一つに二百時間以上、だ。
となると、たとえ学習のためだけに専念した生活を送れたとしても、一日あたり十二時間の学習時間とすると、呪文一つ覚えるのに約十七日、三十種覚えようとすると五百日強、となってくる。実に一年半近くもろくに身動きすることもできないという計算……これは、駄目だろう。
しかも、そんな学習ばかりに専念していられる状況とも限らない。もし、働きながら、あるいは移動しながらなどといった暮らしになれば、一日あたりの学習時間など三時間も確保できるかどうか。忙しければその日はまったく手付かずになるなんてことも珍しくないだろう。仮に一年の三分の二の日数は学習できたとして大ざっぱに二百五十日とするなら、かける三時間で年間あたり七百五十時間ほどしか消化できないということになる。呪文四つ分にも届かない。それで三十種を学び終わるまでとなると、八年かかる。
駄目だろう。
即効性に乏しすぎる。将来性が大きいことは間違いない……なにせ、どんな怪我や病気も治療して、死者の《復活》すら果たせる、空を自在に飛び、空間転移して逃げる、極まればそこまでたどり着けるかもしれないのだから。だがそれは、たどり着ければ、の話だ。たどり着けずに潰れてしまう可能性が圧倒的なようでは、絵空事だとしか言えない。
となると、次点で能力値か……。
能力値なら、状況に対し全般的な対応力の向上を図れる。関連する修得済み技能のレベルがその分だけ上がるし、あるいはちょっとメタ的な考え方になるかもしれないが「技能なし」の場合の判定にはおおむね能力値を基準にマイナスの修正がかかったものが用いられるから、能力値を上げるというのは全般の対応力が底上げされるということでもあるのだ。
とはいえもちろん、そればっかりですべて済むというほど甘くもなくて、「技能なし」時の判定が関連性のある別技能しか規定されていないものや、そもそも「技能なし」判定が許されていない専門分野などもあって、素の能力値がいかに高くとも技能なしでは状況の打破を試みることもできない、といったパターンもあるにはある。ただ比率を見ればそうしたパターンは少数であるので、能力値の有効性は大きいと言えるわけだ。
もし「アトラン」の能力値を上げるなら、長所の知力か、危険の回避に直結してくる敏捷力か……
おっと、だが能力値の操作を考えるなら、その前に確認しておくべきことがあった。
(聞こえますか聞こえますか。いまあなたの意識に以下略)
《あなたも真面目が続かない人ですね……。ちゃんと聞いておりますから、そういった試しを踏まれずとも大丈夫ですよ》
(どうも、すみません。能力値を上げ下げする場合の必要CPについて確認なんですけど、初期型でしょうか追加型でしょうか)
能力値は、基本的にキャラメイク時に決めてしまうもので、後からでも鍛えられるのだが必要CPが倍になる。このどちらが当てはまるかで消費CPあたりの有効性がまったく変わってきてしまうので重要だった。
《いまこの場でなら、初期型として対応可能です。まだ「アトラン」の肉体は“生まれ終わって”いないので、その程度には調整の自由を利かせられます。ただし、値の変動幅は二割以内に抑えたほうがよいでしょう。これは、我らの側の対応可否ではなく、あなた自身の安全のための忠告となります》
(なるほど。あまり大きく変えすぎると“己が崩れ”かねませんか……。ちなみに、それって能力値だけでなく特徴のほうにも同じことが言えますか?)
《特徴に関しても、必要CPは初期型の値で見てください。そして、複数段階のレベルがあるものを上げ下げするなら割合はあまり気にせず大丈夫でしょうが、既にあるものをゼロにして無くすのは止めた方がいいでしょう》
(む、そうなりますか。そうすると、“削ってまわし直す”ような大胆なリビルドは危険ですか)
《自我を成す根底の肉体性質が揺らぐわけですから、よほどに強靭な意志力判定を成功させられる自負でもあるなら、別かもしませんが。なお、有利な特徴を新たに追加する分に関しては、気にされるほどの影響は生じないでしょう。現地で目覚めてから“馴染む”まで一日二日ほどは感覚に戸惑うかもしれませんが、それは他の点もすべて含めて避けられない過程とも言えますので、結果としては大差がありません》
(やはり、そうした影響は免れませんか。ではもう一つあわせて確認なのですが、技能に関しては教本を使う形で現地に降り立ってから学ぶしかありませんか?)
《なるべく、そうしたほうがよいでしょう。CPを消費して追加インストールするような形がとれないわけではありませんが、あなたの意識は既に活動を再開しておりますので、自我や思考の構成状態に直接的な上書きがかかることによって混濁や崩壊が生じかねません。なおもって承知の上で実行を望まれるというのであれば我らとしては止めもしませんが……》
(いえ、そうとなれば、さすがに遠慮しておきます)
最後の手段として検討するにしても、いまの段階からそれを考えるのは気の逸った話だろう。
(ところで、キャラシートを見る限り、未使用CP欄には細かく言うと42点あるようですが、これは?)
《その端数の2CP分は、一種の安全マージンとして残されておくことを推奨します。存在の安定化を図る上で“緩衝枠”として役立ちますし、また現地に降り立ってから優先的かつ迅速に覚えねばならない技能を思い立った場合などに、保険としての機能も期待できるでしょう》
(分かりました。そうした次第であれば、こちらとしても異存はありません)
ふむ……。
けっこう制約が多いが。とはいえ、これはある意味では当たり前とも言えるか。
この前提を踏まえて、改めて考えるなら……
〔10〕
やはり、知力か?
アトランは元より知力型だ。より正確には、知力に根差した技能を活用するタイプだ。
引き換えのように体力を下げている。この体力の低さはゲームならともかく現実にサバイバルしないとならない状況としてはわりと影響が深刻なシロモノかもしれないが、さりとて応急処置のごとく短所をかばってみたところで、出来ることなど知れている。
限られたポイントだ。使うなら長所を伸ばすべきだろう。
この手の問題は、結局のところ己一人を前提とするかどうかなのだ。
アトランの現在の能力は、数名の仲間がいてチームを組む前提のものだ。互いの長所を組み合わせ、短所を補い合えるように。
その仲間の代わりにCPを使って対処を埋めようとしても、百も二百も好き放題使えるならともかく40点では明らかに足りない。半端になってしまう。
半端になってしまえば、改めて仲間を作ろうとした際にも売り込むべき長所が立たなくなってしまう。CPという絶対的な制約下で足し引きされる「うーぷす」のキャラ能力は、基本的にオールマイティーなどという夢想は成り立たず器用貧乏にしかならない。
知力を上げる……そのことには、アトランのキャラビルド上の観点としては皮肉も感じる。
もともと、アトランは知力を現在の14ではなく15に上げてしまうこともできたキャラだった。なぜかというと、有利な特徴としてずらずら取得している「意志の強さ」「鋭敏感覚」「音楽能力」「言語能力」、これらは結局のところ知力に基づいた意志力判定やら知覚判定やら、そして技能レベルに補強を加えるものなのだから、ここまで複数取得するくらいならその分のCPで知力をもう1点上げてしまえばよかったのだ。そうすれば各種INT系技能も軒並み底上げされるから、つまりは「より強いキャラ」に仕立て上げられた。
だが、そうはしなかった。
いかにも無味乾燥で、つまらないと思ったからだ。キャラの特色が表せないと。アトランは、普段は「好色」のおかげでだらしなく見え、「お祭り好き」や「好奇心」のせいで落ち着きのないうっかり屋のようにも見え、しかしいざというときには「意志の強さ」で締めるところを締め、「鋭敏感覚」で嘘を見抜き危険を察知し、かと思えば趣味の「グルメ」や音楽関係にも舌や耳の鋭さを存分に役立てたがるような、そういう自由さの中にカッコよさも備えた遊び人のキャラ像を目指していた。
知力一つでそれらすべてを機能としてなら兼ねられなくはなかったが、キャラシートの表記から思い浮かぶイメージが素っ気なく感じられてしまい、「強さ」の効率が一歩劣ることは承知していながらも現在のような能力構成を選択していたのだ。
それをいまさら、ひるがえす。
しかも理由が途方もない。
皮肉めいた笑みが浮かぶだろう。理由が言葉になるほどでなくとも。薄く笑わざるを得ないし、そして笑うなら皮肉の味になる。
とはいえ、知力を上げるとしても1点で十分だろう。
知力15になれば「至難」の呪歌についても1CPの初期修得状態で技能レベル15を求められる。技能や呪文類(含む呪歌)は、技能レベル15と20(もしくは21)を境目にボーナスが強く乗ってくるものが多いので(加えて、判定に際して振るサイコロの目に対する確率上の安定ラインやクリティカル値の向上などといった副次的効能も望めるので)、この1点を上げるなら効果は大きいが2点以上を無理して上げるほどの意義は薄い。
また、能力値は16以上に上げようとするとCP効率がさらに一段悪くなるので(14~15では15CPずつだった消費が、16~17では20CPずつになる)、知力を2点上げると残りが5CPとなってしまいそこでほぼ終わりである。それくらいならまだ他の低めな能力値を10CPずつの効率で補強したほうがマシだとなるから、やはり無理してまで知力振りを踏ん張る意義は薄い。
ならば、あわせて特徴も買うことになる。
そうなるとまた話は変わって、どちらというとメインとしては特徴を見据えて、余りのCPで知力を1点上げるかという形で考えたほうがよいだろ。
特徴は、CPをまとめて注ぎ込んだほうが強力だ。順当に考えるなら、知力に振る分の15CPを除いて、25CP分の特徴から選ぶという無難な選択が第一に浮かぶところなのだろうが、ここは……
ここは……
イメージが。
ぐるぐると巡る。頭のてっぺんから、もう一つ上のところを。
強さ。弱さ。護身。仲間。一人では無敵になれない。分担する。仲間。どうやって。出会う。出会うまでの。カバー。交渉。交渉したところで。説得力。元手。交渉できても。誰の。目的。己が率いるなら。示せるもの。どこを目指して。仲間。分担できる。背中を。信頼。強さ。弱さ。人の。組織。一人ではない力。もっとも強く働く……
世の中の。
人の世の力、脅威に負けず、備え、人類が生き抜けてきた力。本当の無敵。
無敵を目指せる可能性。それは。
(ふうぅー……)
深く、息を吐くように。あえてその思念を言霊に象る。
告げるためだ。外にも内にも。勝負の一線を。
力をあわせる。多数の目的を束ね、行動を分担する。
それは組織だ。
組織こそが“人間”の強さだ。ただし組織は、あとから参加した者が自らの都合に従わせることが難しい。己のための組織を欲するならば、その始まりから自らが発起者たらねばならない。
そのために必要なもの。それでいて他の物事にも広く役立つもの。
そんな狙い目が一つだけあるじゃあないか。
そう――
(金だ)
すべてがそこに備わる。
財産レベルを、上げよう。