スーツの男『伊戸川』
伊戸川が言葉を発してから10秒間見つめ合うだけだったが、伊戸川は痺れを切らして言った。
「まだ魔法を自在に使えないのですか…」
伊戸川の話でなんとなく俺の現状がわかった。
どうやらあの「手」は魔法だったようだ。伊戸川は「手」の魔法をみたいらしい。
疑問が一つあるが、伊戸川は魔法を見たいと言っていたが、なぜここにいるのかがわからない。俺でも今、初めて「手」の魔法の存在を知ったのだ。伊戸川が前から見たかったように聞いてきたのだから不思議だ。残念なことに意識的に「手」を出せない。
「では、私の魔法からお見せしましょう。」
その瞬間、重い衝撃が体を襲った。2mほど吹き飛ばされた。信悟の気持ちがわかった。だが、あのときと違う感覚であった。本当に「重い衝撃」だった。そこまで痛みはなかった。
「俺が見たかったのはそれだよ。」
痛みがなかったのは「手」が現れていたからだ。今も俺の体を守るように「手」ガードしていた。
「ちょっと動かして見てよ。」
伊戸川はこの「手」を見たいようだが、悪意があるのが明らかだ。普通なら見せたくないだろうが、優斗は違った。
「たくさん見せてやるよ。」
「面白いね〜」
優斗はそう言うと「手」が伊戸川に殴りかかるように動き始めた。右手左手と交互に伊戸川の顔を狙っていた。
「手」
も太いし、優斗は動かしなれていない。動きが遅い。誰でも避けることができる動きだった。
伊戸川は戦い馴れているように笑いながら避けている。
「なんだい? その程度なのかい?」
「くそっ」
優斗が見せると言ったのは、伊戸川を殴るために見せようとしたのだった。今日初めて魔法を使うのだから当たるわけがない。
優斗からしてみれば、信悟に危害を加え、優斗も痛みを受けた。悪と判断するのは当然だ。
「それだけしかできないの?」
「う、うるせぇ」
「じゃあ俺の魔法を見てみな。」
伊戸川は両手を叩くと空気が重くなった。優斗が身構えるが、体の左から壁がぶつかったような強い衝撃で飛ばされた。飛ばされたかと思うと右からも同じ衝撃を受け、左に飛ばされた。
「手」は伊戸川の近くにあり、ガードすることができない。
「ぐふっ」
「がほっ」
裏路地を悲鳴がこだまする。ピンポン玉のように打ち飛ばされ、力も強くなっている。優斗の痛みも蓄積されていき、伊戸川は楽しんでるように見える。
「がはっ」
優斗の悲鳴もどんどん大きくなっていった。
伊戸川は「手」が消えているのに気づいた。子供が遊び飽きたオモチャを捨てるよう、強い衝撃で優斗を倒して、魔法の連打を止めた。
優斗が一方的に飛ばされて、伊戸川との距離が10m近くある。
「これが俺の魔法さ、衝撃の魔法。普通の魔法使いじゃ使えないんだけど楽しめたかな?」
それほど大きくないが優斗に聞こえる声で言った。
「ああ、充分楽しめたよ。」
優斗は喋るのがやっとのようだが、伊戸川は気にしていない。
「じゃあ、一つ聞きたいけどいいかな?」
「なんだよ?」
「仲間にならないか?」
「?」
伊戸川が発した言葉は意外な言葉だった。魔法で優斗をボロボロにした相手が言ったのだから、優斗は驚いていた。
「君の力は面白いから、私達と日本を統べる仲間に相応しいよ。」
「何が言いたい?」
「簡単だよ。日本を征服するのだよ。この腐った世の中を。いらない人間を殺し、我々意外の魔法使いを殺し、我々が絶対である世界を日本に作るんだよ。」
伊戸川は日本征服と言った。日本を征服することは確かに魔法使いなら可能かもしれない。征服するのだから自分達のいいようにしか日本を動かさないことぐらい誰でもわかる。
そうなったら、残された人達はどうなる。伊戸川達の好きなように働かされ、殺され、利用される。康広や由香がいる日本を…
「日本征服って言ったよな〜」
「ああ、そうだが。」
「罪のない人間を殺して日本を支配しようなんて最低な人間に力を貸すわけない。」
「なぜだ?君も力になればいい思いができるぞ?。」
「てめぇみたいな悪党はみんなそう言うが、自分たちのことしか考えていないだろ。そんな奴に力を貸すなんてごめんだよ。」
「そうか、邪魔になるから殺させてもらおう。」
伊戸川は残念そうに優斗を見た。優斗を仲間にしたい伊戸川の魂胆はわからない。だが、優斗は誘いを受けることは考えられなかった。優斗と伊戸川の力は歴然としていた。殺されると分かっていても怯まなかった。
「そうか、殺すか…」
優斗は続けて言った。
「てめぇらに力を貸すぐらいなら死んだ方がマシだよ。俺はみんなが幸せに暮らせる世界にしたいんだよ。自分達だけ良ければいいと思ってる奴は俺は大っ嫌いなんだよ。」
優斗は力を振り絞り大声で叫んだ。
「胡散臭い眼鏡が。」
最後に優斗は一言は叫んだ。優斗はいたぶられた分を悪口で返した。負け犬の遠吠えだが、優斗は満足した表情だった。伊戸川が最後の一言で顔を真っ赤にし怒っているのがわかった。
「どうやら、死にたいようだったな、望みを叶えてやろう。」
伊戸川は優斗を睨みつけた。
優斗も黙って見ているだけではなかった。
伊戸川が面白いと言い、仲間にしたいと言っていた魔法を優斗が使えるのは偶然ではなかった。
伊戸川が仲間にしたい本当の意味を優斗は知らない。
「手」の魔法を使えるのは才能だったのかもしれない。
優斗は衝撃の魔法を何回も受けている内に、魔法を少し理解していた。
どう、魔法を発生させるか?
どう、魔法を消すか?
短時間の間に感覚として優斗の体に溶け込んでいた。
優斗は感覚を頼りに戦闘中に実験していたのだ。
最初の実験は意識を集中させて「手」を消すことだ。
「手」を消すことを頭に強くイメージするだけで簡単に消えた。
伊戸川は優斗が「手」の魔法の使い方を分かっていないと思っていた。弱ったと判断して衝撃の魔法を止めた。
伊戸川は完全に油断していた。
そして、優斗はまた実験をしている。
『伊戸川の足元から「手」を出せるか?』
優斗は集中している。痛みもある中、悪足掻きをしてやろうと強く思った。
その思いが現実となった。
伊戸川の足元の地面から「手」が出た。伊戸川は気づかない。視線は離れている優斗を見ている訳だから足元は見えていない。
さっきまでの「手」より細く、比べ物にならない速さで伊戸川の顎を目掛けて伸びている。
伊戸川が気づいたのは顎に感触があってからだ。
ボクサーのアッパーを喰らったように少し宙に浮いた。クリーンヒットした。
伊戸川は倒れなかったが、口から少し血を垂らしていた。脳が揺れて少しふらついているようにも見える。
数秒して伊戸川は口を開いた。
「今のは効きましたよ。」
優斗は必死に力を使った。
全力を出しきった。
優斗の全力では、伊戸川は倒せなかった。追撃する力も残っていない。悪足掻きにしては上出来だ。
ダメージを受けてるように見えた。
「『干渉』が効かないとは意外でした。もう、油断はしません。あなたには苦しんでもらいましょう。」
伊戸川は元気に叫んだ。
虫の息の人間を殺すにしては盛大に…
「そこまでよ。」
優斗は目を疑った。機動隊のような格好をした連中と中学生ぐらいの女子が目の前に現れたからだ。
「お早いお着きで…」
「派手にやりましたね。伊戸川さん。」
「良いところでしたが、今日は帰らせてもらいましょう。次は覚えていなさい。」
伊戸川は去った。風のようにいきなり…
救急車の音が優斗の耳に入った。周りも自分を守っている様子で安心した。
優斗は安心して眠りについた。
いろんなことがあり過ぎて疲れたようだ。
スースーと寝息を立てながら…