第二章-4
キジュはベッケルに荷物を渡し、村長の家に再び戻ってきた。
事情を聞いたジャナリーも、キジュのためにグローリと掛け合うつもりでついてきていた。
「……だいぶ時間を食ったな」
キジュの呼び声に応じて、屋根の上からまたグローリは姿をあらわした。
「グローリさん。キジュさんは私達の命の恩人です。それなのに、この仕打ちはあんまりではないですか?」
グローリを見てすぐに話し出したのは、ジャナリーだった。
「……これでもかなり寛大な処分のはずだが」
ジャナリーにこれ以上有無をいわさぬように、睨みつける。
「ですが……」
「……それに、処分は俺が決めることではない。村長らが決めることだ。俺はそれまでこいつが逃げないようにする必要がある」
その発言に、今度はキジュが噛み付いた。
「逃げるって、僕が悪いことしたみたいじゃ無いか!」
グローリは、キジュを呆れて見る。
「……まだ知らないのか。まぁ、それはその娘に聞けばいい。それよりこちらの話が先立ったはずだな」
もっとも、キジュがそれを知らないのは、カードを預かる時にきちっとした説明を省いたグローリにも責任ではあるのだが、そんなことは、グローリにはどうでもよいことだった。
「……くっ!」
グローリの言葉に、キジュは言葉を詰まらせる。
こういう時でも、キジュにとって約束は約束なのである。
既にグローリは、そういったキジュの性格を見抜いていた。
「デーリッガ、俺が良いというまで、見張りを続けていろ」
グローリは相棒にそういうやいなや、屋根から飛び降り、キジュの目の前に着地した。
「……用件は簡単だ。俺の日課に付き合ってもらおう。剣を抜け」
ジャナリーの目の前で、昨日の光景が再び繰り広げられていた。
違う点といえば、二人とも殺しあうつもりではないということだけだろう。
ただ、頭では分かっていても、ジャナリーではそれが殺気が乗っている剣閃なのかそうでないのかなど分からない。
そもそも、二人の剣速に視線が追いついていかないのだから、判断のしようもないのだが。
キジュの右側面からの一撃を、グローリは自分の剣を当てて弾く。
と同時に、そのまま剣を滑らせキジュの剣を支えている左腕を斬りに行く。
ジャナリーの目で追えるのは、そこまでだ。
その瞬間、キジュの体はもうそこには無い。
弾かれた勢いそのままに、回転しつつかがみ、その剣撃はグローリの右太ももを薙ぎ払おうとしている。
グローリは、キジュのかがむ動作を察知し、自分の剣の先にキジュがいなくなることを予測し、角度を斜め右に切りかえるとともに、右足を半歩引く。
キジュはその剣が放つ風斬り音で、自分の回転している背中へと狙いが変わったことを感じ、避けきれないないと悟るや、剣の柄から右手を離し、グローリの剣柄を狙って裏拳を放つ。
ガツンと鈍い音がして、二人の動きは止まった。
キジュの裏拳を、グローリは柄底で受けきったが、続いてくる左腕だけの薙ぎ払いに対して踏み込みことができず、半歩下がって構え直す。
キジュも後ろに飛びのいて構える。
ここで、一息入れるのかとジャナリーが思った瞬間に、キジュはもう、間合いをつめるために飛び込む。
キジュには元からそのつもりは無い。
飛び込むしか選択肢が無いのだ。
息を整えている間は、それがそのまま、グローリが霊術を使う余裕になるからだ。
霊術を使うには、自然に宿る精霊を集めるために集中を行わなければいけない。
その霊術の難易度にもよるが、二人の最初の戦いで放たれた火球を例にすると、並みの霊術師ならば、一分ほどそれだけのために集中し続けなければならない。
それをグローリは剣を交えながら、同じ時間で繰り出してきたのだ。
(集中する時間を与えてはいけない……)
キジュは、あの時よりも早く、鋭く切り込む。
対するグローリは、更に速度を増すキジュの連撃に、傍目には防戦一方となってくる。
実際には手数を押さえ、その分、霊術のために集中しようとしていたのだが、キジュの剣速の緩急にそれが乱されていたためで、さばききれなくなったわけではない。
ただし、徐々に霊術にさこうとする余力が無くなってきているのも事実だ。
キジュの使う緩急は、次第に速度のそれだけではなくなってきた。
繰り出す、一撃、一撃の重さすらキジュはコントロールしだしたのだ。
それが、弾いた後の動きを予測させづらくし、否応なく、グローリの霊術のための集中を寸断する。
(……よくここまで強さを調整できる……)
確かに、握り込みの強さで剣撃の重さを制御するのはグローリにも分かるが、キジュの調整はそれでけの単純なものではない。
何段階において強さが変わるのだ。
ダン!
弾こうと思った一撃が思いのほか強く、グローリは受けに回らざるをえない。
その時、キジュの踏み込みの跡を見て気づく。
(……体重か。しかし、全ての連撃を一つ一つ制御しているとは、器用な奴だ……)
キジュの瞳は輝きだしていた。
これほどまでに自分の剣術に反応するものと初めてあったからだ。
道場では、あっという間に、父である師範以外、相手にならなくなっていた。
しかし、父相手では、簡単に打ちのめされてしまう。
だから、剣を振るっていて楽しいと思ったことは無かった。
それが旅にでる一つのきっかけでもあり、旅に出た後でもついて回ってきた。
旅先の悪党相手では門下生同様物足りないし、魔物相手ではそもそも、感情が入ることすらない。
また、キジュほどの腕前を持つものに会うこともなかった。
ゆえに、今の今まで剣を交えることに、そんな感情を持ったことはなかったのだが、ここにきて、初めてキジュは楽しいと思い始めていた。
次はどんな技を放つか、どんな連携をするか、いくつ虚技をいれるか。
相手は、それらに全力で答えてくれ、更に死なないのだ。
キジュにとって、これほど最適な相手はいなかったかもしれない。
ジャナリーは、二人の攻防を息もつかずに見守っていた。
目にもとまらない剣撃が延々と続くかのように思われた。
素人目には、互角か、やや、キジュが押しているようにも見える。
グローリの強さを知っていた彼女だけに、そのグローリと同等の戦いをしているのが、自分と同じ年の少女だとは信じられなくもあった。
しかし、終わりは来た。
キジュが、グローリの剣を交わし、一撃を入れようとしたその瞬間、彼女の動きが止まった。
彼女の背後の地面から蔦が伸び、彼女の右腕を絡め取ったからだ。
まさに、ここしかないというようなタイミングだった。
「……残念だったな」
グローリにしては珍しく、賞賛をしていた。
「ああ、もう! 嫌味だな君は!」
霊術を放たれる余裕を持たせてしまったキジュにとって、それは慰めの言葉には聞こえなかったし、褒め言葉にはなってもいない。
しかし、グローリは霊術を作り出すため、攻撃をかわされ切り込まれる危険を承知で、手を抜いた一撃を放たなければならないほど、追い込まれていたのだ。
キジュには伝わらなかったが、そうした敬意を払ったつもりの一言だった。
そして、確信していた。
昨日から考えていたことを実行に移すには、申し分ない強さであることを。
一息入れたところで、グローリはキジュに話しかけた。
「……もう一つ、用件を追加する」
「……何さ」
「……話は簡単だ。俺の変わりに、屋根の上に行き見張りをしろ。野盗がきたら、追い払え。期限は、村長たちが帰ってくるまでだ」
「ちょっと待ってよ。あんな大勢できたら防ぎようが無いだろ」
キジュは、安請け合いはしなかった。
確かに自分の腕なら彼らに後れを取ることは無いだろうが、一斉に襲ってきた時に、彼らの全員を食い止めることはどうか考えても無理だ。
カードを一枚、投げてよこして、グローリは続ける。
「やるやらないは自由だ。俺はしばらく村を空ける。お前がしなくてもだ。ただしするならば、このカードも返してやろう」
「ちょっと、そんなのずるいよ!」
「グローリさん、キジュさんにはキジュさんの……」
さすがに、これはあんまりだと思って、ジャナリーが間に入ろうとするが、グローリは聞きもせずに彼女をどけた。
「……構えろ」
キジュがどう対処していいか困っていた所に、無数の氷柱が周囲に現出しキジュめがけて襲い掛かってきた。
「!」
とっさに先ほどグローリから投げつけられた一枚を拾う。
「イン!!」
カードが光を発しその氷柱は全て封印される。
しかし、間髪を入れずに、今度は突風が発生しキジュをくるむ。
彼女のマントやスカートがはためき、髪が跳ねる。
その風は、すぐさま布を切り裂く烈風に変わった。
「イン!!!」
とても今の一枚をしまう余裕など無く投げ捨てると、今度は小盾からカードを抜き封印する。
そのカードの閃光が、次にキジュを襲ってくるものを照らし出す。
石礫だ。
拳大のとがった無数の石が、彼女を囲むようにくるくる浮かんでいる。
「イン!!!!」
それらが襲ってくる前に、再度、カードを引き抜き、中に封印する。
「……三つとも複数人相手に使えるものだ。これで十分だろう……」
顔面が真っ青になったキジュを尻目に、グローリは立ち去ろうとする。
「ちょっと待て! こんなことされて引き受けるわけないだろ!!」
冷や汗が引いた瞬間、キジュの怒りは爆発した。
後ろから駆けグローリの前に踊り出る。
そして、平手でグローリの頬を叩こうとした。
「……」
しかし、グローリは軽く飛び跳ねると、石塀の上に立ち、その上で何事も無かったように続ける。
「……やるやらないは自由だ。俺が見張りを止めた以上、いざという時には村人はどうしようもないがな」
「あんた、本当に性格悪いな!!!」
自分の性格まで見こした上でいっていることをキジュは悟り、去り行くグローリにはき捨てると、その場で地面を蹴っ飛ばしたが、後を追おうとはしなかった。
「良いのですか?」
ことの展開が急すぎて呆然としていたジャナリーが、申し訳なさそうにいう。
「仕方ないさ。見張りが遅れれば遅れるだけ、侵入者に気付かない可能性が高くなるんだから。そりゃ僕だって一発ぐらいぶん殴ってやりたかったけど、一発ぶつだけでどれだけ時間かかるか分からないんだよ? そんな時間かけたらどうなるか分からないじゃない?」
屋根の上に座ると、悔しそうに村の入り口に目を向ける。
そこには、ちょうど村を出て行くグローリの姿があった。
「私達のために、すみません」
「気にしないでいいよ。弱い僕がいけないんだから。それに友達を守るのは当たり前のことでしょ?」
悔し涙を浮かべながらも、キジュは作り笑顔を浮かべていた。




