第二章-2
キジュは鉄格子の扉を開けると、通路に出て歩き始めた。
昨日グローリが捕らえた、野盗達の入っている部屋が続く。
口々に罵声や口に出来ないような言葉を聞かされるが、そんなことにはお構いなしに、階段を降りた。
一階まで降りて、入り口の前の待合室兼取調室に入り、椅子に座る。
「さて朝御飯どうしようか」
前の窓の外を、語り部たちがねり歩いていたが、キジュにとってはそんなことよりも、朝飯の方が何倍も重要だった。
昨日の夕飯はジャナリーの所で世話になったが、朝食のことまでは約束をしていなかった。
(森まで行って、兎でも捕まえてくるかな)
今すぐ食べられないとなると、お腹は現金なもので、すぐに空腹を訴えてくる。
グーという音が鳴り、お腹を抱え込むと、なにやら情けなささえ感じてくるものだ。
「おはようございます?」
そんな折、ジャナリーがバスケットを片手に入り口から顔をのぞかせた。
「あれ? 彼のほうは大丈夫なの?」
「ええ。近所の方が来て交代するから休みなさいといってくれて……」
寝ずの看病のためにジャナリーは、うっすらとくまが出来ている。
「それなら寝てなくちゃ。体が持たないよ?」
「そうなのでしょうけど……。気が張りつめてしまって、寝れなかったのです。それで、手伝いに来てくれた方々に食事をお作りして、余ったもので申し訳ないのですが、キジュさんにもと思いまして」
バスケットを持ち上げ、にっこり微笑む。
「それなら、ありがたく頂いとくね。ちょうどお腹も減っていた所だし。ジャナリーさん、ありがとう」
「ついでにわたくしも、ここで御飯食べて良いでしょうか? あそこで食べていると、……その……落ち着かないので……」
「それは分かるよ。汚い所だけどゆっくりしていってよ。僕の部屋じゃないけどね」
キジュがおどけてそういうと、その心遣いを察して、ジャナリーもまた笑顔を浮かべた。
目の前で、語り部たちが演奏を始めていた。
いつもならおのおの家に帰っていくのだが、彼女らも、珍しい客に興味があったのだろう。
のどかな演奏を聞きつつ、二人は遅い朝食を食べ、談笑していた。
「ところで、キジュさんはどうしてこの村にこられたのですか?」
「ちょっとした仕事。僕ね、運び屋なのさ」
「そうなのですか? それでは、もしかして、ペッケル様宛の配達ですか?」
その言葉に、キジュはキョトンと目を丸くして答える。
「そうだけど……何で分かったの?」
「大奥様宛のお薬をいつもご主人様が届けてくれるのです。ちょうど後一週間で、薬が無くなる所だったのですよ」
「へぇ。以前にも運び屋を使ったという話を聞いたんだけど、定期的に送られてきているんだね。持病のようだし」
「そうなのです。以前までは国の定期便を使っていたのですが、国同士のやり取りで、一回薬が届かなくなって大騒動になったのです。それで前回、三ヶ月前なのですけど、運び屋を雇って送ってきてくれたのです。今回は街道も寸断されてどうなることかと……。ありがとうございました」
「いや、仕事だからお礼をいわれることではないよ。それに、今は薬無いんだよね……」
にっこり微笑んでいたジャナリーはその言葉を聞いて、すぐに顔を曇らせた。
それをみて、キジュは慌てて説明をする。
「あっ、いや、そうじゃなくて。あの、グローリって人が持っているんだよ」
「え!? でも、あの時、グローリさんは、全て荷物を返してくれたのでは? 変なカード以外」
「それが問題なんだよねぇ……。いっても分からないと思うけど、あのカードの中にしまってあるんだ、全財産」
「カードの中にって……」
狐につままれたような顔をジャナリーは浮かべた。
キジュの持っていたカードは、全部で五枚。
背の色が赤・黄・青・白・黒と五色で分けられている。
世界中を探してみても、霊術や物質を封印し、さらには、それを放出することができるカードなどというものは、この五枚だけしか存在しない。
だからこそ、この五枚のカードをどうやって手に入れたか興味あるところだが、本人は人に聞かれても語ろうとせず、ただ、亡き友人の形見であるとだけを話すだけである。
それどころか、普段ならば、このカードの存在自体を、キジュは隠している。
その大事なカードをグローリにとられた。
彼と和解する条件として、彼女の大事なものを渡すことになったためだ。
いうなれば物質である。
深く考えれば、彼女がカードを渡す理由はなかったのだが、売り言葉に買い言葉で、彼女は良いようにグローリにあしらわれ、この状態になってしまっていたのだ。
五枚のうち三枚を引っこ抜かれることになった時、キジュの悔し涙は、隣で見ていたジャナリーでさへ、気の毒さで目を伏せたほどだ。
そのもっていかれた三枚のうち一枚に、キジュの荷物を詰めたカードがあった。
手元からカードが持っていかれた時はそれどころではなかったので、深く考えていなかったが、荷物を渡さなければいけなくなって初めて、事の重大さに気付いた。
これは、早急に荷物の入っているカードだけでも帰してもらわないとと思いながら、キジュは、まず、ジャナリーにカードのことを説明し、実戦してみせるために立ち上がる。
「うん。まぁ、論より証拠だね。ちょっと、まっていてね」
入り口を出て、語り部達の方に歩きだす。
彼女らもこちらに突然歩いてくるキジュに気付き、歌うのを止めた。
「おはよう。ちょっと頼み事をしていい?」
キジュは、一番自分に年が近そうな娘を選んで声をかけた。
「あ、あの私センナといいます。どんな詩をお望みですか?」
声を掛けられた語り部は、あがりながら、キジュに接した。
「僕は、キジュというの。よろしく。え~と、詩じゃないのだけど、いいかな?」
「え!?」
困惑したセンナをよそに、キジュは話し続ける。
「歌だと長すぎるんだよね。あの、さっきやっていた物真似お願いできる?種類は何でもいいから、短いのが良いんだけど」
「はぁ……」
センナに、いまだにこんな奇妙な注文をしたものはいなかった。
仲間も不思議そうな顔をして、こっちを見ていた。
「あの……私、詩は色々覚えていますが、物真似のほうは駆け出しで、二種類しか出来ないのですが……それで良いですか?」
普通、初めての客は、簡単な曲を頼むのが相場で、彼女はそういった曲しか披露した事が無かった。
ましてや、物真似を依頼してくる客など、全くいない。
指名でなければ仲間が変わりに出てきてやってくれるのだが、今回はそうはいかなかった。
指名された時は、よっぽどの事が無い限り、それをこなさなければいけないのが語り部の掟なのだから。
センナは自分がいじめられているような気さえしてきて、少し声が涙ぐんでいた。
「うん、それで良いよ」
当のキジュは、なぜ彼女がそんな声になったか分からなかったし、別に悪気があったわけでもない。
あっけらかんとしていうと、リストバンドから一枚カードを取り出した。
「では、この村を守ってくれるシルローという魔物の威嚇が条件にも合いますし、私が出来るものですので」
「ああ、火を帯びた魔物を主食にするあれか。うん、それでお願い」
村を守る魔物の鳴き声として、鶏の泣き声と一緒に、駆け出しの語り部には、まず、この鳴き真似が叩き込まれる。
センナは大きく息を吸い込み物真似の前の前口上を大声で始める。
破れかぶれという表現がぴったりだ。
「シルローは火山地帯に多く見かけられる、白い毛の兎の様な小型の魔物です。性質はおとなしく昆虫などを食べ、かつてはこのあたりにもすんでいたらしいのですが……」
キジュは、そんなセンナの説明を上の空で聞き、カードの準備をしていた。
「ギュールッピヅゥー!!」
説明が終わり、羽音と咆哮が混ざったようなその音を、センナは唇に手を当てて出した。
「イン!」
キジュは掛け声を発し、素早くカードを振る。
カードは光り、センナの発した音は直ぐに消えた。
哀れなセンナは、突然の掛け声で目を丸くし、声が急に消えたことで二度驚き、腰を抜かす。
語り部達は何が起きたかさっぱり分からずに、あっけに取られているばかりだった。
「どうしたのです? センナさん」
慌てて駆け寄ってきたジャナリーに助け起こされ、センナは泣きそうな顔になっていた。
「ごめん、驚かしちゃって。最初にいっておくべきだったね」
キジュは頭を掻きながら、センナに頭を下げた。
(だめですよ、キジュさん。センナさんはとても臆病な方なのですから)
耳元でそっとジャナリーに注意される。
(でも、これで良く分かったでしょう?)
キジュは少し悪いなと感じつつも、ジャナリーに得意そうに呟く。
(何がです? 私は向こうにいたので、何があったのまでは分からなかったのですが……。センナさんの声は聞こえていたのですけど)
キジュは、ガックリと肩を落とした。
結局、再度、キジュは、語り部やジャナリーにどういうことが起こるか説明し、センナに物真似を依頼するのだった。
センナは、面白がる仲間に説得され、渋々、もう一度、シルローの威嚇の真似をした。
新たに抜き出した一枚のカードが光り、センナの声を吸収する。
今度は皆が驚嘆し歓声を上げた。
「それで次に、今の声を取り出すから静かにしていてよ」
キジュは手に握っている一枚を振りぬき叫ぶ。
「ハツ!」
その声にカードは反応する。
「ギュールッピヅゥー!!」
こだまのようにセンナの声が再生され、その場のものは、また歓声を上げた。
「取り出すのはイメージを浮かべた方が早く取り出せるんだ。別にイメージ自体が間違っていても取り出せるけど、時間がかかっちゃう。今のはうまくイメージがまとまったかな。すぐ取り出せたでしょ」
歓声に気をよくしたキジュが、得意そうにカード中のものの取り出し方まで説明する。
もっとも、何がしまえるかまでは説明せず、このことは口外しないでねと口止めも忘れなかったが。
「あ、そうだ。センナさんこれお礼。さっきは驚かせてしまってごめんなさい」
キジュは、ポケットから十ジュール硬貨を取り出して手渡す。
この地方ではわからないが、一般的には、十ジュール硬貨は、何かの記念に渡される事があり、長くその幸せが続くようにと意味が込められている。
「本当に、ありがとうございます」
センナも手を出してキジュと握手をする。
握手が親交の表現というのは、この地方でも変わらない。
前日にジャナリーに教えてもらって、それは知っていた。