第一章-4
屋上で争いが起こっている時、その建物のベッドの下で、テムルは生きた心地も無く、必死に息を押し殺していた。
なぜ、野盗がこの場に戻ってきたのか彼には分かるはずもなく、自分がここにいるという事を悟られたのではないかと、戦々恐々だった。
「おい、早く上にのぼらねぇか!」
荒々しい男どもの声が、テムルのはらわたをズシっと突き刺す。
「そうあせるな。どうやら、あの女にルンクスの野郎、手も足も出ないようだぞ。いつも威張り散らしやがって頭にきてたんだ。ここらで高みの見物といこうじゃないか」
声と同時にベッドがドサっときしむ。
「それもそうだな。何も奴の手柄に貢献してやることもあるまい」
続いて、もう一人ベッドの縁にボスっと腰をかけた。
「うわっ……!」
小さい叫び声だがテムルは、思わず口にしてしまった。
ベッドの隙間から、盗賊の足が目の前に飛び込んでくる。
それだけならまだ耐えられたが、上でベッドに座る音をしたためどうしても抑えきれなかったのだ。
「なんだ!?」
部屋の中の数名がお互い見合わせ、そしてあたりを見回す。
「まて。確かベッドの下からだった」
その一言で、テムルの肝はつぶれた。
「おい! 下にいるんだろう。でてきな!! さもないと剣でベッドごと串刺しだぞ!」
心臓が口から飛び出しそうになったのをようやくこらえ、テムルはおどおどとベッドの下から這いずり出た。
部屋の中には盗賊が五人、威圧するように睨んでいる。
「ちっ! 男か。用無しだな。殺しちまうか?」
「まぁまて。こいつは、村の連中からも役立たずと思われて置いて行かれたって奴だろ。こんなの殺しても恥だ、恥」
どっと、その場で笑い声が起こる。
テムルもヘラヘラと乾いた声でわらった。
情けないと思うより、侮辱されたと怒るよりも、助かりたいと、ただそれだけしかなかった。
「しかしなぁ、それだと俺たちは面白くないだろ」
ベッドに寝そべっていた男が、変な笑いをしながらゆっくりと起き上がる。
「そりゃそうだが……やっぱり、やるのか?」
冷や汗すらもうでないテムルではあったが、その言葉で体温はまた下がった。
「賭けをやらねぇか?」
「賭けだって? 一体どんな賭けだ?」
「こうやるんだよ!」
男は起き上がり様小太刀を脇から引き抜くと、テムルの脇腹に、息もつかぬ間に突き刺した。
テムルは自分に起きたことを理解できず口をぱくつかせ、その場に倒れこむ。
床に赤黒い血が流れ出し、テムルの服を染めた。
「おいおい、これでどう賭けをしようというんだ? シャッド」
「こいつが、このまま生きるか死ぬかの賭けだ。こう見えても急所はちゃんと外しておいた。ただ、このままほっとけば血が全部出ておさらばさ。このままほっといて、俺たちが去れば生きるか死ぬか分からんだろう?」
「なるほど、それを賭けようというのか? しかし、それじゃぁ、こいつが死んだかどうか確かめないといけないだろう?」
「なに、また今度この村にくるじゃねぇか。そん時のお楽しみだ」
「そりゃ良いや……」
薄れていく意識の中で、テムルは自分の生死に対する掛け率を虚しく聞いていた。
ルンクスは、刀を正眼に構え相手を見据えていた。
肩の力を抜き呼吸を整え始めている。
「兄貴。どうします? いっそう、一緒に襲いかかりましょうか?」
周りの連中が焦れ切って、ルンクスに話し掛ける。
「うるせぇ! 黙ってみていろ! この女ただじゃすまさねぇ。八つ裂きにしてやるからな」
「とても君の腕では無理だと思うけどな」
野盗どもが静まるのとは逆に、少女はルンクスを挑発する。
しかし、それに動じない。
一方少女は、ルンクスの集中力にただならぬ気配を感じ、相手の目を、肩を、体を見据える。
一同が固唾を飲んで二人を見守った。
静寂はすぐに打ち破られた。
お互いの意思とは別の形で。
「全員撤退だ! グローリが戻ってきたぞ!!」
一人の伝令が村中を走り回る。
その声が、野盗たちの緊張感をはしらせ、少女の集中を途切れさせた。
ジャナリーに必ず、助けが来ると教えられていたからだ。
キジュはに安堵の表情を浮かべた。
その一瞬の隙をルンクスは見逃さなかった。
風が揺らめく。
少女の目に、刀は動いているようには、映らなかった。
しかし、風が確かに剣の走る音を伝えていた。
(まずい!)
直感が危険を報せたが、一瞬判断が遅れたため避けきれない。
何から避けるのかも、彼女の頭の中で定まらない。
結果、反射的にいつものように小盾をつける腕を振り上げていた。
カキーン! と高音の金属音が響く。
と同時にピキピキと亀裂が入る音がし、彼女の手械が屋根に落ちた。
「俺の残影剣を受け止めただと……」
呆けたままルンクスが唸る。
一方、少女も何が起きたか分からないまま、落ちた手械を見つめていた。
いや、偶然にも、鉄製の手械がルンクスの斬撃を受け止めた事だけは分かっていた。
ただ、その一撃がどう打ち込まれたかを理解できないでいたのだ。
「くそっ!」
先に我に返ったのは、ルンクスのほうだった。
「兄貴急いで下さい! 逃げ切れなくなる!」
顛末を見届けた野盗は、居ても立ってもいられなくなり、屋根から飛び降り、逃亡した。
「このままで、終わると思うなよ! いずれこの村で決着をつけてやるからな小娘!」
体を反転させると一気に屋根を飛び降りる。
「小娘じゃないやい! 僕にはれっきとキジュって名前があるんだ!」
逃げ去って行く男へ、大声で怒鳴る。
(もっとも、こんな村に長居なんかしないから、決着なんかつけないけどね)
キジュは、重い肩の荷を下ろすかのように、その場に座り込んだ。
真っ赤な柱のように、荷台は炎上していた。
荷台が動かないと知るや、野盗が腹いせに火をつけて逃げ出したからである。
その燃えている荷台の傍で、女たちが恨めしそうにそれを見上げている。
泣き崩れている女も居る。
彼女らは、一様にすすだらけの顔をしていた。
火をつけられた馬車から、命からがら逃げ出したためだ。
グローリは入り口付近にいた野盗を掃討すると、一目散に火柱がたつこの中央広場に来た。
駆けて来た男がグローリと分かるや否や、女たちは一斉に彼の周りに集まった。
グローリは、そんな彼女らの中心で一旦止まり、周りの様子を視認する。
彼の目に荒らされた村の中の様子が、改めて飛び込んでくる。
「……盗賊どもは他に居ないか?」
グローリは、盗族が南の囲いを壊し、街道沿いに逃げ出したことが分かると、喧々囂々とした輪をかきわけ駆け出した。
三騎が街道をそれだしていた。
追いつかれると思い、林を逃走経路として選んだのだろう。
前には、女たちがうつ伏せに寝かされた状態で乗せられていた。
気絶させられていて、身動き一つしない。
せめてと、村から連れ出してきた娘たちだ。
「頭! 後ろから奴が追ってきます!!」
一人が後ろを振り返り、驚きの声を上げた。
「安心しろ。あの村には馬は居なかったはずだ! かけてきたって追いつけやしない!」
頭は笑いながら相手にしない。
もう一騎も笑い後ろを振り返るが、顔色を変えた。
「やばい! 追いつかれますぜ!!」
そういうと、二人とも必死に馬に鞭を入れ始める。
「何を馬鹿なことを……」
頭も半信半疑で後ろを振り返った。
「……!」
自分の目を疑いたくもなるような光景が、そこにあった。
グローリが魔物につかまれ飛びながら追って来る。
「ち! あのコードリアスか!!」
忘れもしない。
彼らの仕事のたびに邪魔しに来ていた魔物だ。
「くそ!」
頭も続いて鞭を入れた。
しかし、圧倒的に追っ手の方が早かった。
そして、とうとう、シュジュの大森林に入っていく分岐路の前で、彼らはグローリに追いつかれたのだった。
デーリッガは、主人を足でつかんだまま、咆哮を上げる。
どんなに傷ついても、馬に遅れをとるようなことは無い。
並走していた馬たちは、恐れおののき走る速度をゆるめる。
盗賊どもがどんなに鞭打とうとも、減速を続け、ついにはそこから一歩も動かなくなった。
グローリはデーリッガに合図を送り、彼らの目の前に舞い降りる。
デーリッガは肩当てから足を離すと、また大空へと飛び立っていった。
そのとき起きた突風でたなびく黒色のマントを背に、いつのまにか抜刀した剣をグローリは構える。
「……さて、大人しくして貰おうか」