運び屋の備忘録 ~グローリ~ 序章-2
キュルーナ王国とセレルーネ王国の間にそびえるレイクル山。
その山の険しさに、街道は一つしかない。
その街道には、レイクル山を挟んで、セレルーネ王国側にザイクル町、キュルーナ王国側にイドレ町がある。
ザイクルから、三日ほど南下するとスワイライムに達し、さらに、二日ほど南下するとイドレ町に到着する。
そのため、霊峰レイクルの西側の中腹からやや下にあるキュルーナ王国領スワイライム村は、貧しいが戦略上での役目は、低くはない。
スワイライムを押さえ陣を敷けば、ザイクルから坂を上ってくる疲弊したキュルーナ王国軍の侵攻を、余裕をもって抑えることができる。
逆に奪われれば、スワイライムから坂を下って勢いを増しているキュルーナ王国軍の進軍を、阻まなければいけない。
この差は、改めて言うまでもなく非常に大きいものである。
そのような、重要な拠点であるにもかかわらず、近年は、警備兵の巡回も一月に一回と少なくなり、野盗の横行を許すようになったことには理由があった。
「カーク将軍。失礼します」
イドレから西に三日ほどいった先にある、キュルーナ北の最大防衛拠点のグルスアン砦の将軍室の前で、青い軍服を着た女が、部屋の中に向かって声をかける。
「ミーユか。入れ」
待ちわびたとばかりに返事が返ってくると、女性将校は、勢いよく扉を開け入室する。
「陛下の返事はどうだった?」
ミーユが扉を閉め終わると、間をおかずカークは切り出す。
「直ちに兵を集め、スワイライム村の救護に迎えとのことでした」
「そうか、そうか。うむ、陛下は民の苦難を分かっていらっしゃる」
二十を過ぎたばかりの青年は、主君の命に感激をする。
二週間前、レイクル山の噴火でスワイライムが甚大な被害を受けたと聞き、カークは村の救援のために兵を動かす許可を得るために、使いを送っていた。
それが、ミーユだった。
ミーユは厄介な役目を仰せつかったと思い、諜報員をスワイライム周辺に放ちながら、王都へ向かった。
ことは、三年前までさかのぼる。
キュルーナ王国の前王が崩御し、若干三歳の現王が後を継いだ。
当然、王といっても、文字通りの子供であり、国政を担うことなどできはしない。
そこで重臣たちは、王が成人するまでの間、内政に注力し外敵とは争わない方針を固めた。
そのため、国境の町村を疲弊化させることによって、仮に侵攻されたとしても補給を困難にし、その上で、国境よりも内側に配備した主力兵で迎撃するという策がとられた。
いうなれば、国境沿いの町や村は、外敵に対する足止め用の罠のようなものである。
そのことを知っているからこそ、ミーユは厄介だと感じていたのだ。
カーク将軍も、そのことを知らなかったわけではない。
しかし、天災にあい困っているであろう民衆を見捨てることができなかっただけだ。
いいかえれば、カーク将軍は、民を救うのが国の役目であるという理念の下、現実を憂い、王都にミーユを送ったのである。
若さゆえの情熱なのか、弱者への慈愛なのか、そのカークの志がどこから来ているのかは、ミーユにはさっぱりわからなっかった。
だが、その純粋さはミーユにとって宝のようなものであった。
五日後、ミーユは王都に到着した。
その道すがら、彼女独自の情報網を駆使し、スワイライム村や、ココヤスでおこったことの一部始終を抑えていた。
もともとココヤスには、セレルーネ王国宰相ゼスナーが来るということで、諜報部隊を配置していたのだが、そのことが、今回の情報収集に役に立った。
そして、その結果から導き出した彼女の答えは、危険の文字だった。
もちろん、レイクル山の噴火についてではない。
その後の顛末について、危うさを感じたのだ。
そのため、重臣たちへの根回しを行い、必要とあらば賄賂を贈った。
カーク将軍のためなら、手を汚すことに何の躊躇もなかった。
勅令は王と謁見したその場で下った。
ミーユが王都についてから、三日という異例の早さであった。
しかし、満足することなくすぐに王都を出ると、ミーユは、イドレへと向かった。
イドレに、スワイライムで捕縛された野盗八十人余りが、連行されてきたという情報が入ったからだ。
そこで得た情報は、彼女の想定をはるかに超え、危機感は確実なものとなった。
慌ててイドレからグルスアンへ戻り、今、カーク将軍の前へと報告に立っていた。
「それでは、兵を百ほど手配し、スワイライムへ向かわせることにしよう。部隊の長は私が選ぶので、貴女は、下がって休んでいいぞ」
「いえ、お言葉ですが、百では少なすぎます。五百ほど割いてくださいますよう、お願いいたします」
ミーユの言葉にカークは、驚いて目を見開く。
「驚きももっともでありますが、勅命とともに王は仰せになりました。天災の救助もさることながら、国の威信を示せと。ですので、五百は必要かと」
嘘である。
カークとともに見た勅使の内容に兵数がないのをいいことに、その場ででた口からのでまかせであった。
勅使に兵数の記載がないのは、あらかじめ災害時に動かす兵数が百兵程度と定められているからだ。
ましてや、国の威信など子供の王が思い至るはずもない。
しかし、ミーユに絶大の信頼を寄せているカークは、何の疑いもなくその言葉を信じた。
「そうか。陛下もこの大参事に何かを感じになられたのであろうか? 国の威信だけで五百兵も出させるとも思えんが。それとも百では追いつかぬほどの大参事ということだろうか? ミーユ何か情報は入っていないか?」
「とくには……」
これも嘘である。
ミーユは、すでにスワイライムが復旧をし、なおかつ、救護しなければならぬ者などいないことを知っていた。
「そうか。まぁ、詮索をしても仕方がない。勅使通り兵を用意するだけだ。ただ、五百ともなると、大将を誰にするか悩みどころではあるな」
その役を、誰に譲る気もミーユにはなかった。
「将軍、目の前にいるではないですか、適材が。是非、私めにその役目をお申し付けください」
カークは、また驚きながらも、今度はミーユが口をはさむ前に、答える。
「しかし、ここ二週間ばかり働きづめだったのだろう? 十八の若さとはいえ、無理をしているのではないか?」
「いえ、仕事が思いのほか順調であったため、それほど無理はしておりませぬ」
またも嘘である。
昼夜を問わずの移動だったため、この二週間で寝たのは五日ほどにすぎない。
「それでは、ミーユ、君に部隊の大将を命じる。速やかに部隊を編成し、明後日にはここ出発するように」
「明後日でありますか? 明日にでも問題はありませんが」
「君は働きづめだ。明日は休養に充てるように。大将が倒れれば部隊が動かなくなる。これは、命令だ、いいね?」
カークは、反論を許さないように、命令という言葉を使ったが、顔は笑っていた。
ミーユは、かしこまって、その命令を受けた。
「分かりました。それでは、今日中に部隊の編制を終え、明日は、休みをいただきます」
そういって、部屋を出ようとするミーユにカークは、声をかける。
「それと、公私混同と間違われぬように先に言っておくが、これは命令ではない。明日、私と一緒に夕食でもどうかな?」
ミーユは、心臓が早くなるのを無視して、表情を崩さず答える。
「お戯れを。将軍にふさわしい女性はいくらでもおいででしょう。私のような下級貴族に気を使っていただかなくても大丈夫です。私は、カーク将軍の目となり足となれれば、それで本望ですので」
最後の彼女の言葉に、嘘はなかった。
自分のような身分のものが傍にいるだけで、将軍の今後において足枷にしかならないことは、明白であった。
そこまで深い考えではなく軽い遊びということも、男性ならよくある話ではあるが、カーク将軍に限ってそれはないと、彼女にはわかっていた。
カークが次の言葉を口に出す前に、ミーユは頭を下げると、脈がないことをわからせるために、間髪を入れずに部屋を出た。
意気消沈しているカークの姿が目に浮かぶが、それよりも、今は、カークのために自分ができることに、打ち込むべきだとそれを振り払う。
そう、グルスアン砦を守るカーク将軍の最大の脅威になりうるであろう男への対処を講じることが、何よりも大事なのだと。
グローリという男への……。
お待たせいたしました。
宜しくお願いします。




